第343話親父さんが大変です!
「よっ、ふっ、とっ」
振り下ろされ、斬り返され、また振り下ろされ、今度はそのまま回転して振られる大剣。
それらを躱し、弾き、距離を取りつつ、いなしていく。
「くのっ、相変わらずちょこまかと!離れずにこっちにこんか!」
避けて、逃げて、反撃をしない俺にイライラしているのが見て取れる。
完全に踏み込む気のない移動が気に食わないようだ。因みに相手はシガルの親父さんである。
親父さんがどこからかシガルが帰ってきた事を聞きつけ、仕事を全て後回しにして帰ってきたらしい。
そして帰ってきて俺を視認すると、俺に向かって叫んだ。
「以前は不覚を取ったが今度はそうはいかんぞ!庭に出ろ小僧!」
と言って、大剣だけ持って庭に先に行かれてしまい、やるとも何とも返事する暇がなかった。
シガルはほっておいていいよと言ったけど、なんていうかそれはちょっと。なので庭で親父さんの相手をしている。
と言っても、俺はあんまりやる気ないんだけどな。怪我させたくないし。
「タロウさん頑張れー」
シガルから俺への応援が飛ぶ。それだけで親父さんの気合がさらに入るのが解る。
シガルさん、ガソリンを注がないで下さい。しかも今日、凄いやる気のない声援じゃないですか?
『父親の方は良いのか?』
「いいよ別に」
親父さんの怒りがさらに増した。何故シガルの発言でヘイトがこちらに向くのか。解るけど分からない。
何でそんなに親父さん嫌いかなー、シガルも。
「ていりゃあああああ!!」
親父さんが気合の掛け声とともに踏み込んでくる。その速度も、剣の振りの鋭さも、確かに以前やった時より速い。
何より以前と違うのは、強化無しでその鋭い剣撃を放ってきている事だ。
俺は基本的に強化はかけていないが、危なそうな瞬間に仙術を時々使って避けているような状態だ。以前は逃げるだけなら問題なかったが、今はところどころ危ない剣撃が混ざっている。
「ふふふ、さしもの貴様も余裕とはいかんようだな!」
どうやら、時々ヒヤッとする攻撃に対する表情で、俺の余裕がないと感じ取ったらしい。
いや、実際真剣でやってるから、そこまで余裕はない。何よりも先の通り、時折危ない剣撃が飛んでくる。
避ける瞬間少し焦るのはしょうがない。
「騎士隊の者達に頭を下げて、時間のある時に訓練に混ぜて貰っていたのだ!以前より鋭くなった剣撃、存分に味わうがいい!」
親父さん、騎士隊の人達と一緒に訓練してたのかよ。もしかして騎士隊長さんとかと手合わせしてたのかな。
もしそうだとしても、この上達っぷりは半端ない。
それに身体能力も明らかに上がっているし、やっぱこの世界の人達って、努力次第で凄い力手に入れる可能性持ってるな。
これで以前の様な強化をかけられたら怖いな。素手なら良いんだけど、剣戟だと怪我するのもさせるのも怖いし。
「なので、いい加減、近づいて来い!」
だが、大剣を振りつつ、逃げる俺を追いかけるのはなかなか大変なのは間違いない。
大剣は、リーチもあるし、威力もあるだろう。けど、その利点はまともに相手が勝負する気が有ればの話だ。
ぶっちゃけ俺は、あんまりやる気がない。なので怪我しないように下がって、回って、大剣の範囲から逃げるように避けている。
「近づいたら危ないじゃないですか」
「解っておるわ!だから近づいてこんか!」
親父さん、俺をぶった切る気自体は無いんだと思うけど、実力を示せないのがご不満の模様。
しゃあない、いくか。
仙術で身体強化をして、親父さんの大剣のリーチ内に突っ込んでいく。
「ふっ!」
だが、親父さんは以前なら反応しきれなかった速度に反応する。大剣で俺の胴を薙ぎ払わんと、横なぎに振るう。多分これぐらいは、最低限受けて対応するとは思われてんだと思うけど、思い切りよすぎて怖い。
俺はその剣を、踏み込む瞬間に逆手に持ち替えた剣で擦る様に合わせ、上体を落としつつ、剣を上に弾く。
「ぬおっ!?」
親父さんは予想外の動きについて行けなかったようで、剣にかけられた力に体が伸びた。その結果隙が生まれる。
俺は剣を弾いた動きを殺さず、回転しつつ親父さんの懐に潜り込み、親父さんの胴手前で剣先を止める。
「ぐぬっ!」
親父さんは剣を弾かれた体勢のまま、分かり易く悔しそうな顔をする。
「そこまでー。タロウさんの勝ちー」
そこで、気の抜けた声でシガルの止めが入った。
「シ、シガルちゃん、まだ、まだやれるぞ!」
「お父さん、負け認めないのはカッコ悪い」
「うぐっ」
親父さんはシガルにより大ダメージを受けて、剣を落として沈んだ。南無。
「はいはい、良いからそろそろ戻ってきなさい」
「あ、お母さん、お帰り」
そこで親父さんと手合わせしている間に帰って来ていた、シエリナさんから声がかかる。
「シガル、帰ってくるなら帰ってくると、連絡をくれればよかったのに」
「連絡飛ばすより、来た方が早かったんだよ。イナイお姉ちゃんも一緒だし」
「確かに、それもそうね。ステル様も泊っていかれるのかしら?」
「うん、今日はみんな泊まるよ」
どうやら、まだ中でメラさんと詳しい話はしていないようだ。メラさんには泊まる旨を既に伝えている。
イナイは家の中に居るので、多分イナイと少し話したんじゃないかな。
「ところで、あの大きい子は」
シエリナさんが、庭の端で丸まっているグレットの方を向いて質問する。
因みに、クロトはグレットに寄りかかって寝ています。あの子仲いいよなー。
一番仲良くしたいであろうハクさんは、若干不貞腐れつつシガルに纏わりついてました。
「私が飼ってる子だよ。荷物持ちにも、乗り物にも優秀なの。名前はエングレグレット。愛称はグレット」
「そう、他の子達は、ステル様所縁の方々かしら?」
ハクとクロトの事だろう。ハクはさっきまで纏わりついていたが、少し離れた位置で眺めている。
一応気を使ったのかな?
「そっちの羽のある子はハク。私達の友達。あっちで寝てる子はクロト君。えっとその、ちょっと事情が有る子で、皆で面倒を見てるの」
「そう、ありがとう」
シエリナさんはハクの前に立ち礼をする。
「ハクさん、娘がお世話になっています。母のシエリナと言います」
『うん、よろしく!』
ハクはシエリナさんに応え、挨拶を返す。シエリナさんはその鳴き声に一瞬驚くが、その一瞬で終わる。
この人、基本的に動じないなぁ。
そしてスタスタとグレットの前まで歩いて行き、グレットの頭を撫でる。
クロトは人が近づいた気配で目が覚めたのか、ぽやっとした顔でシエリナさんを見つめていた。
「御免なさい。おこしちゃった?」
クロトが起きていることに気がついたシエリナさんは、しゃがみこんでクロトに謝る。
「・・・ううん、大丈夫」
「そう、ありがとう。初めまして。シガルの母です」
「・・・シガルお母さんのお母さん?」
クロトの発言に、崩れ落ちていた親父さんががばっと立ち上がり、シガルに詰め寄る。
シエリナさんは特に動じた様子はない。親父さんの行動を若干呆れた顔で見ているぐらいだ。
「シ、シガルちゃん!どういう事だい!」
「だからさっき私達で面倒見てる子って言ったじゃない」
「だ、だがお母さんって!」
「あの子は、私とイナイお姉ちゃんをそう呼んでるの」
親父さんは何を焦っているのだろう。単にシガルをお母さんと、そう呼ぶのが気に入らないのだろうか。
「あ、あの子はステル様が産んだ子なのかい!?」
「違うよ」
「じゃ、じゃああの男、既に子供がいたのか!?相手は!?ステル様以外にもいるのかあの男!?」
「・・・お父さん、人の話聞いてる?」
ああ、そういう事か。既に子供がいる男の所に嫁いでたのが気に食わないのかな。
いや、発言から察するに、既にほかの女性に子供を産ませてて、それを知らせてなかったのが気に食わない感じか?
まあ、そんな事実は無いです。
「うるさいお爺ちゃんねぇ」
「シエリナ!?」
シエリナさんはいつの間にかクロトを抱えながら、呆れたように親父さんに言う。
その発言に親父さんはオーバーアクションで驚く。疲れないのかなー。
「だってそうでしょう?シガルを母というなら、私はお婆ちゃんだし、あなたはお爺ちゃんでしょう」
「い、いや、だが、しかし」
「聞き分けの無い人ねぇ。ねークロト君」
狼狽える親父さんとは対照的に、にこやかにクロトに接するシエリナさん。それどころか自らお婆ちゃんと言う。
もしかして、孫欲しかったのかな。
「・・・お婆ちゃん・・・おじい・・ちゃん?」
「ぐぬっ!?」
クロトはシエリナさんに抱えられて、シエリナさんを見つめてお婆ちゃんと言った後、親父さんを見つめて、首をコテンと曲げながらおじいちゃんと呼ぶ。
親父さんはその動作に、またも後ずさりながら呻く。気に食わなかったのかな。
「お、お爺ちゃんですよー」
だが親父さんは、でれっとした表情になり、自らもお爺ちゃんと言った。
うん、なんつーか、切り替え早いなこの人も。まあ、クロトが単純に可愛かっただけかもしれないが。
「はいはい、お爺ちゃんお爺ちゃん。そろそろ家に戻ろ」
「あ、ああ」
「じゃあみんな、家に入りましょうか」
シガルが分かり易くため息を吐き、家に戻る提案をする。
親父さんは表情が戻っていないままシガルに返事をし、歩いて行くシガルについて行く。ちらちらクロトを見ながら去っていく様は、孫が気になるお爺ちゃんである。
どうやら俺に負けた衝撃より、クロトの可愛さが勝ったようだ。
「さあ、皆さんも行きましょう」
俺達もシエリナさんに先導され、家の中に戻る。グレット君は変わらず庭です。
ただ、ちゃんと雨よけの有る所に寝かされているので、雨の心配は無いです。
さっきご飯もシガルがあげてました。親父さん、完全に俺の方見てて、肉食ってるの全く見てなかったけど。
中に戻ると、メラさんとイナイが何やらにこやかに談笑していた。途切れ途切れに聞こえた言葉から察するに、何か道具の話をしていた感じだった。
もしかして、メラさんは技工具に興味がある人なのかな。
「お帰りなさい」
イナイが俺達を視認すると、迎えの言葉をくれた。
「ただいま、イナイ」
俺が返事をしたところで、親父さんがはっとした表情を見せ、イナイの前で跪く。
「ス、ステル様、先ほどは挨拶もせずに申し訳御座いません!小僧の顔を見たら思わず!」
「構いませんよ。私にとっては、貴方も父になる可能性が有るのですから。あまり気にしないで下さい」
「わ、私がステル様の!?」
イナイの娘発言に驚く親父さん。今日は親父さん驚いてばっかだなー。
前の時もちょっと思ったんだけど、ほんと疲れないのかしら。
「そうでしょう?ねえ、シガル」
「そうだね。結果的にそうなるね」
「あらあら、娘が増えたわね」
「良かったねぇ、シエリナさん」
イナイとシガルの言葉に、喜ぶシエリナさんとメラさん。親父さんだけなんか空気が違う。
親父さん一人だけ流れに付いて行けていない。なんか、凄い親近感。
「なんなら、イナイ、と呼び捨てにして下さっても結構ですよ?」
「そ、そんな恐れ多い!」
イナイの発言にぶんぶんと首を振る親父さん。シエリナさんも小声で、流石にそれは無理よねぇと言っていた。
そう考えると、シガルはあっという間に順応したな。子供ならではだったのかなぁ、ああいうのは。
「では、イナイ様、でよろしいですか?」
「様では無くても良いのですが」
「・・・それでは、イナイさん?」
「ええ、お母様」
シエリナさんは無理とは言いつつも、イナイを名前で呼ぶことにしたようだ。けど、流石に呼び捨ては気が引けるのかな。
イナイはイナイで、シエリナさんをお母様と呼んだ。なんかこう、親戚の家に集まったみたいな感じになってきたな。
いや、シガルと結婚したら、実際そうなのか。
「い、イナイ、さん」
「はい、お父様」
親父さんもイナイの名を呼ぶ。めっちゃ堅い。いやまあ、親父さん達からしたら、上の人だもんな。そりゃ砕けるには勇気要るよな。
その勇気に応えたイナイが柔らかい笑顔でお父様と呼ぶと、親父さんは呆けた顔になった。シガルから脇を小突かれて正気に戻ったけど。
「今日は家族が増えたお祝いかしら」
「そうね。前はそんな実感はなかったけど、家族が増えたんですものね。今日は目いっぱいご馳走にしましょうか」
メラさんがシエリナさんに聞くと、シエリナさんもそれに頷き、談笑しつつ、パタパタと部屋を出て行く。
確かに前の時は家族が増えたっていうより、俺が認められるために来たって感じだもんな。
「私達も手伝いましょう」
「うん、いこっかお姉ちゃん」
イナイとシガルもその手伝いにと、ついて行った。
残されたのは俺と、クロトと、ハクと、親父さん。
俺、どうしよう。親父さんと何か世間話でもした方が良いのかな。
「く、クロト君は、本とか、興味あるかな?」
「・・・本?」
だが親父さんは、ターゲットをクロトに固定した模様。めっちゃ笑顔で接しております。
俺の事は若干どうでも良くなっているんじゃなかろうか。
「ああ、簡単な絵本から、ちょっと難しい学術書まで、うちにはいっぱいあるけど、興味ないかな?」
「・・・お父さん、行ってきて良い?」
「クロトが行きたいなら勿論」
どうやら興味はあるようなので、許可を出す。そういうのは俺の事は気にしなくていいんだけどな。家の中だし。外だと迷子になるから言ってほしいけど。
親父さんはクロトが俺に許可を求めた事に若干顔を顰め、許可を出すと舌打ちをしたが、気にしない事にする。
「・・・じゃあ、行く」
「そうかそうか、じゃあお爺ちゃんと行こうか!」
「・・・うん、お爺ちゃん」
親父さんはでれっでれの表情でクロトの手をゆっくり引いて、部屋を出て行った。
『なんか、愉快な男だな』
ハクに言われたくはないと思う。お前だって大概だよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます