ウムルへの帰還、恩師の式。

第340話ウムルに帰ります!

「タロウ、近いうちにウムルに帰るぞ」


夕食を食べていると、イナイが唐突に国に帰る旨を口にした。


「お姉ちゃん、ウムルに何か用事が出来たの?」


シガルが首を傾げながら問う。

俺も聞こうと思ったが、シガルの方が早かった。ウムルで何かあったんだろうか。


「結婚式の準備を手伝いに行く。仕上げだけな」

「ああ、もう、そんな時期かー」


そういえばもうすぐだった。セルエスさんのドレス姿はすぐ頭に浮かぶんだけど、リンさんのドレス姿って違和感あるんだよな。

なんかこう、女性らしい雰囲気というか、そういうのがなんとなく。

以前見た時は綺麗だったけどさ。なんかこう、普段の雰囲気がこう、ね。


「一応国には許可取ってるから、転移で帰るぞ」

「あれ、良いの?」

「セルに頼んで、この国にもウムルにも許可取ってる。問題ない」

「あー、そうなんだ」


ふと思ったけど、転移魔術ってかなり犯罪に使える魔術だよな。国は対策とかしてるんだろうか。

ちょっと気になったので、今更だけどイナイに聞いてみる。


「転移魔術ってさ、色々危険だよね」

「そうだな。暗殺にもはもってこいだな」

「あ、やっぱりそうなんだ」


どうやら危惧していた事は間違いない模様。そりゃそうだよな、場所を問わずにいきなり現れるんだから。

さらにそこから毒とか持ってたら、


「ただそうなると、王を守ってる魔術師の魔術阻害や、結界、障壁、接近戦闘職の人間、技工具の兵器なんかを、全部どうにかする腕か人間が必要だけどな」

「あー、対策してるって事?」

「基本的に重要人物や重要地区はな。そもそも転移魔術を感知されずに使うこと自体、なかなかに高難易度だ。最低限来るのが解れば多少なりとも対策はとれる」

「でも、本人が全部できる位強かったら?」


もし転移してきた人間が、そのすべてをクリアできるほど強かったら。

阻害を突破し、転移魔術をきれいに隠匿して成功させ、対象に接近するまで気が付かれないほどの阻害魔術を使い、魔術師たちの魔術をうち破り、近接戦闘もこなせる人間だったら。

もしそんな人間が居たら、それは簡単に暗殺を実行できるんじゃないだろうか。


「そんな事出来る人間は基本的に暗殺者になんねえよ。日の当たる場所で、もっといい暮らしができる。それだけの力が有るならな。

アロネス見てみろ。好き勝手やってやがるだろ。セルだって、出来るだろうけど、やるなら真正面から叩き潰すぞ。暗殺する意味がねぇ」


呆れたようにイナイに言われた。いわれてみれば確かにそういう物か。

それだけの力が有るなら、別に暗殺に走る必要というか、そういう仕事に就く必要が無いのかもしれない。


「まあ、例外もいるけどな。どっかの帝国の子飼いとか」

「子飼い?」

「まあ、そういう目的の連中を育ててる奴らもいるって事さ」

「やっぱりそういうの有るんだ・・・」


帝国って言うと、前にアロネスさんに教えて貰った国だよな。南東の方のでっかい国だっけ。

なんか、怖い国なイメージしか湧いてこないな。そもそも帝国って時点で、なんか怖そう。


「あの国は、ある意味宗教国家みたいなもんだしな。怖いわ」

「そうなの?」

「国主であらせられる皇帝陛下は、神の恩寵を賜った存在である。故に皇帝陛下が絶対の為政者であり、全ては皇帝陛下の下に従うものなり」


うわー、怖い。めっちゃ怖い。なんかもう国民洗脳されてそうな勢いだ。

昔の日本帝国の天皇陛下万歳と似たような感じだな。神風特攻とかしてくるのかしら・・・。


「なんか、怖いね・・・」


シガルも同じような気持ちだったのか、怖い国だと評した。ねー、やっぱ怖いよねー。

なんか、情報規制とか、思想操作とか、めっちゃやってそう。


「あれ、その割には、ポヘタはそういうの甘かったよね」

「まあ、基本的にそういう事の対象外の国だったからな。たとえ国主が暗殺された所で、竜が居るから軍隊は送れない。意味がねーんだよ。だからそういう対策は全然してなかった」


ああ、なるほど、こっそり人を動かせても、大々的に動かすと竜が出て来るから、やるだけ無駄なのか。

でもこれからはそうはいかないだろうし、ちゃんと対策してるんだろうか。

王女様、大丈夫かしら。


「王女殿下にはウムルから数人派遣してるし、あのガラバウって小僧が側に付くって話だ。問題ねえよ」


心配しているのが顔に出ていたのか、イナイが補足してくれる。


「え、そうなの?あいつ王女様の護衛なの?」

「ああ、大出世だな。まあ、今後も専属でやるのかどうかは知らねえがな」


あいつ、王族の護衛とか、それまでを考えたら、かなりいい仕事に就けてるんじゃないだろうか。

まあ、あの国であいつに勝てる奴なんて、数える程もいるのかどうか。獣化したらかなり強いからなー。

あいつ、武術も学べばいいのに。どうせ素手で戦うんだから。

まあ、なんにせよ、彼女が無事ならば良いや。頑張ってる彼女が不幸になるようなことは有ってほしくない。


「そっか、ならよかった」


安堵の言葉を吐くと、シガルがなにか不思議な顔をしていた。悩んでいるのか困っているのか、不思議な顔。


「シガル、どしたの」

「んー、いや、うん、ごめんなさい。何でもないの」

「そう?」

「うん、気にしないで」


どうしたんだろうか。まあ、本人が気にしないでほしいって言ってるし、そっとしておくか。

まあ、なんとなく、王女様に良い感情が無いからかなーとは思うけど。


『飛んで帰っても良いぞ?』

「あー、ポヘタならそれでも良かったんだけどな。流石にそう何度も騒ぎを起こすわけにはいかなくてな」

『ふーん』


俺達がこの街に来る前に、セルエスさんの部隊、魔術師隊の人達や騎士さん、兵士さん達がハクの件を収めたらしい。

ハクを見た人達は結構なパニックだったらしいが、ウムルの従える竜という事で納得してもらったそうな。

従えてるわけでは無いんだけどねー。でもまあ、丸く収める為にそういう事にしたらしい。

実際ウムルの軍隊が展開して、野盗と化していた連中を捕えた上で、特に何事も起きてないので、割とすんなり受け入れらたらしい。


「じゃあ、一回街を出て、転移する感じ?」

「そうだな。つってもこの国、すげー緩いから、言わなくても気が付かれない可能性たけーんだけどな」

「あ、それは俺も思った」


最初の村しかり、次の街も結構緩い感じだったし、この街に至ってはスルーだ。

なんか、日本の雰囲気を思い出す。パスポート?何それ必要なの?って感じだ。まあ、国外の人には少し厳しいけど。


「まあ、そんなわけだから、明日直ぐとは言わねーけど、動けるようにしといてくれ」

「俺は別に明日でもいいよ?」

「あたしも良いよー」

『私は別に構わない』

「・・・お父さんたちについてく」


イナイに言葉に、明日直ぐで構わないと皆が返事をする。今ここにいないけど、グレットが居たら、一緒に「がふっ」て鳴いてそうな気がする。


「そっか。じゃあ、明日の昼頃にゆるりと行くか。一回樹海に戻るけど、いいか?」

「りょうかーい」


樹海か。そういえばあの家、管理はどうしてるんだろう。前に帰ったとき、なんかちゃんと掃除されてる感じが有った。

イナイの事だから、何か対策してるんだとは思うけど。


「お姉ちゃん、あたし一回家に戻っても良いかな」

「ああ、大丈夫だ」


そうか、折角帰るんだし、家に顔出したいよな。俺も挨拶しに行った方が良いかしら。


「ありがとう。ハク、一緒に来る?」

『行く!』


ハクはシガルに元気よく答える。


「俺も行っていいかな」

「タロウさんも?いいの?」


俺が一緒に言っていいか聞くと、凄い不思議そうな顔で返された。


「え、ダメ?」

「駄目じゃないけど、お父さん、多分、また何かやってくるよ」

「あー・・・」


なるほど、そういう事か。でも俺、あの親父さん嫌いになれないんだよなぁ。


「いいよ。あと俺、親父さん結構好きだよ」

「そ、そうなんだ」


シガルにしては珍しく、理解できないといった感じだ。親父さん、悪い人じゃないと思うんだけどなぁ。

娘だとやっぱり、何か思う所が有るんだろうか。


「じゃあ、王都に着いたら、とりあえずあたしも一旦挨拶に行くよ」

「イナイお姉ちゃんも?」

「あたしが行くと迷惑か?」

「そんな事ないよ。もう、いじわる」

「ははっ。わりいわりい」


てなるとみんなで挨拶に行くことになるか。大所帯だな。


「・・・お母さんのお家。楽しみ」


クロトが静かに楽しそうに呟いていた。そういえばウムルに行くのも初めてだし、楽しめるかもしれない。

よし、時間が有ったらクロトと一緒に迷子になりに行くか。


迷子にならないという選択肢は無いです。

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