第336話致命的な弱点です!
「この辺なら、多少暴れても大丈夫かな」
人気のない山の中、一人呟く。周囲を見渡しても、探知で探してみても、人の気配は感じない。
とはいっても、野生動物は多くいるので、暴れすぎると大変な事になりそうでは有るので、あまりやりすぎないようにはしなければ。
「んー、でも、何からしたもんか」
今日は、新しい事を、何か出来るようになりたいと思って、多少やらかしても人の迷惑にならないよう山奥まで入った。
ホント言うと平地が良かったけど、そうなると国境地の方に行くしかない。けど、あっちで今暴れるのはちょっとまずいと思う。だって、つい最近まで軍が居たところで何かあったら、街の人は不安になるだろう。
「セルエスさんはへーきとは言ってたけど、何が有るか分からないからなぁ」
あの宿について翌日、セルエスさんが、数日中にウムルに引き上げるから、その前に挨拶に来たと、部屋に尋ねに来た。
その際にもう軍が移動をしている話を聞いているので、もう国境地には、少なくとも町の近くに軍は居ない筈だ。
「とはいえ、多分、あいつまだあのあたりに潜んでる筈だし、見られたくないってのもあるしな」
あの男。ケネレゲフだったっけか。見つけられてないからはっきりとは分からないけど、多分まだあのあたりに潜んでると思う。
あいつに見られるのはなんとなく嫌だ。
「弱点、嫌でも気が付かされたしな」
いや、正直、もっと前からなんとなく分かってた。俺がこの世界で生きるには、致命的な弱点が有る事に。
勿論ただ生きるだけなら別に問題ないとは思う。特に平和な地で生活するなら、何も。
けど、そうじゃない。俺は皆と約束してしまっている。少なくともミルカさんとは、いつかちゃんと相手になると約束している。
そんな俺にとっては、何よりも「ミルカ・グラネス」を相手にするには、致命的と言っていい弱点が有る。
「薄々思ってたけど、やっぱりこの世界の人と、俺は、違うんだよなぁ」
以前、イナイとシガルとの事もそうだけど、リンさんや、アルネさん、ウッブルネさん。それに、ここに来るまでに出会った人達。
ギーナさんやバルフさんは勿論の事、ナマラさん、ワグナさん、ガラバウ、アマラナ支部長、宿屋の親父さん、メリエブお婆さん。
そしてあの男、ケネレゲフ。
彼らはきっと、例外の存在じゃない。彼らは強くとも『普通の人間』なんだ。この世界では特に珍しくもない、普通の人間。勿論、あの域まで強くなった人間は珍しいのだろう。だが、その存在が当たり前に認められる程度に、この世界にとっては普通の事なんだ。
そして、この世界の普通の人間は、俺の世界の人間より、はるかに強靭な身体能力を持っている。
彼らの誰もかれもが、強化魔術など必要なく、素の身体能力で、明らかに俺の世界の人間からは逸脱している能力を持っていた。
最初は、魔力がある世界だし、そういう物かとも、思っていた。旅の初め頃は、特に。例外的に、リンさんが特別な程度だと。
けど、違った。先に上げた人達以外にも、俺の素の身体能力ではどうにもならない可能性のある人達を何度か見かけている。
けど、俺はどれだけ血反吐を吐いた訓練をしたところで、あの域に届くような身体能力の上昇は見られていない。
ガラバウとの最初の勝負だって、あいつが武術を修めていないから何とかなっただけで、純粋な身体能力で勝負すれば、完全に話にならない。
ミルカさんや、ワグナさんも、身体能力はそこまで高くないように見えて、かなり高い。
幾らなんでも、あそこまで自在に体の筋肉を思い通りに動かすなんて、普通出来やしない。あの二人も、例に漏れず『この世界の人間』の身体能力だ。
つまり、俺はこの世界では、かなり貧弱な体の持ち主だという事だ。
どれだけ鍛えても、恐らく元の世界の常識を超える身体能力は手に入れられないだろう。あの男との勝負は、それを痛感するには、良い機会だった。
勿論強化魔術の精度をもっと上げれるように成れば、もっと動けるようにはなるだろう。けど、きっと、それじゃ足りない。
それじゃ届かない。あの人達には、きっと、一生かかっても届かない。目に焼き付いた物が。リンさんのあの一撃の記憶が、俺にそう確信させる。
あの人達は、あの一撃に対抗する術を持っている。
少なくとも、イナイ、ミルカさん、セルエスさんの三人は、あのリンさんと戦う事が出来る。
「このままじゃ、どう足掻いても、そこに届く気がしない」
今までとは違う、本当にこのままじゃ届かないという確信。頑張れば、いつか届くかななんて、希望的観測は一切持てない。絶対に届かないという確信が、今の俺の中には有る。
だから、このままじゃ駄目だ。もっと、やれることを、手札を、増やさないと。
「とはいっても、思いつく事が今のとこ無いんだよなぁ」
とりあえず思いついたら即実行したくて山の中に来たけど、道中も頭悩ませたのに、いい案が無い。
魔術の種類そのものは、もしかしたら別系統が存在するかもしれないけど、それを見つけられなかったら結局意味がない。
それに、見つけられたからと言って、魔力がそんな長時間持つかどうか。
「まてよ」
俺は、別系統の魔術と、仙術を並行して使って強化していた。けど、よく考えたら技工剣も系統的には同じ魔術の筈だ。
なのに、俺の魔術に、さらに上から保護がかけられている。
「もしかして、やりようによっては、同じ魔術でも重ねられる、のかな」
でもそれは、以前試したことが有る。身体強化を二重に使うと、制御がきかなった事が、樹海の頃に有った。
でも、今はその頃と違って、大分制御も上手くなってる。あの時は未熟だっただけで、今なら出来るのかもしれない。
俺は試しに強化魔術を使って、状態を維持しつつ、その上からさらに強化魔術を使おうとした。
「うっ、がっ」
魔術を行使する寸前、何かが自分の体を引き裂くような、凄まじい痛みが走り、思わず制御を手放してしまう。
樹海に居た頃に何度も味わった、制御に失敗した時の感覚が、体を襲う。
「うぐっ、まずっ」
その瞬間、魔力が半端に流れ、半端に戻り、中途半端に行使された魔術により、力のある魔力が体内を駆け巡り、体を蹂躙する。やばい、不味い、早く纏めないと。
必死になって、魔力を散らし、何とか制御を取り戻して、痛む体に治癒をかける。
「うっはぁ、痛かったぁ。こんな人気のない所で倒れたら、しゃれにならんぞ」
下手すりゃ、野生動物に食われてチーンだ。あぶねーあぶねー。
「同じ魔術で二重掛けは、やっぱ普通は無理、って事かな」
いいアイデアかなーと思ったんだけどな。けど、ならなんで技工剣を使ってる時は平気なんだろう。
技工剣の制御と、自分の魔術の制御は、並行しても特に困った事は無い。
「そこに、何かヒントがある気がする」
道具を媒体にすればいいのだろうか。外部出力か、制御装置的な物を使えば、そっちの制御は別物としてやれない事もない、か?
だとしてもある程度の制御はいるはずだ。ならそれは魔術の行使と、魔力の運用は同じような物じゃないんだろうか。
「いや、よく考えれば、技工剣は、自分の魔力で構成している物とは、少し違うか」
魔導技工剣は、魔力を魔力水晶に注いで、その魔力によって起動する。なら、その魔力の質は、本来の魔力とは別物になるのかもしれない。
俺の目に映る結果としての現象は、俺の魔力にしか見えてない。だからその辺、今まで思いついて無かった。
もしかして、イナイが外装を作り出したのはそれが理由だろうか。変質した魔力で制御される、別の形になった魔術。
そして何よりも、元からその魔術が発動するように組み込まれているから、制御を全て自分でやる必要が無い。
その代り、出力変動がきちんと可能な作りじゃないと、一瞬で吹き飛ぶと思うけど。
「イナイの様な外装を、作る?・・・それも一つの手ではある、か」
ただ、そんな代物を俺が作れる気がしないという事を除けばだが。イナイに作ってもらうのは、何か違う気がする。
そもそも、そのイナイにしても、外装無しで俺より強い。
「あーもう、どうしたらいいんだ!」
やはりいい案が思いつかず、髪を両手でかき乱しながら叫ぶ。
「・・・少しでも体鍛えるのは、疎かにしないようにだけは、気を付けないとな」
休養の日を作ったり、どうしても訓練できない日が有るのは想定の上で、体の維持は必須だ。
「せめてあの時の、バルフさんとやったときの感覚。あの、自分が自分じゃないような感覚。あれを物に出来ればまた違う気がするんだけど、自分でも分かんないんだよなぁ、あれ」
そこまで口にして、ふと気が付いた。
「あれ、俺、あいつとやったとき、あんなに怖かったのに、あの状態にならなかったな」
まあ、そこに気が付いたからって、どうにかなるもんでもないんだけど。
火事場の馬鹿力だったのかしらん。
結局その日は特に何か思い浮かぶことも無く、とりあえず訓練だけして終わった。
うーん、なんか、なんかないかな。
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