第335話まだ、治らないのですか?

「ここなら、一息つけるか・・・」


既に何もない、ただの伽藍洞と化した反乱軍の拠点の1つだが、体を休める程度は使える。

むしろ誰も居ない事が助かる。


「食料の類を気にする余裕は、まだないな・・・」


自分の体の痛みを確かめ、本調子とは程遠い状態なのを痛感する。座って体勢を変えるだけで痛みが走る。

魔術での治療も叶わず、むしろ痛みを増幅するだけ。

その上魔術の使用が、かなりやりにくい。魔力を纏めるだけで、かなり集中力を使う。


「これが仙術か。いい経験と言うには厳しいな」


小僧が口にした言葉の節々から、受けた痛みは気功仙術だと察した。魔術による回復は、乱れた生命力をさらに乱すだけなので効果が無いと。

あの小僧の攻撃に、理解不能な物が混ざっていた理由が解けたが、あんな物、凡人に使いこなせるような物では無い。

食らったからこそ分かる。これは使い手自身の生命も危険に晒す業だ。こんなものを平然とした顔で使っている小僧はどうかしている。


「負けたな・・・」


体を走る痛みに、この痛みを与えた小僧を思い出す。

剣技を磨いて、魔術を磨いて、今の実力に近しい力を手に入れて以降の敗北は、初めてだった。勿論ウムルの化け物たちに挑むことをしなかった事も理由ではあるが。

奴との戦い、負けるとは思わなかった。そうだ、思わなかった。魔術の技量が有る事は察せたが、それでも負ける気は無かった。負けるとは、思えなかった。

その予想通り、あの小僧は、私の動きについてこれていなかった。私の速度に、ついてこれてはいなかった。



あの最後の一瞬以外。



あの時、あの小僧は、ほんの少し、こちらの反応速度を超えていた。こちらも本気で踏み込んだにもかかわらず、その上を行った。

うまく誘いに引っかかってくれたおかげでその隙を付けたが、あれが無ければ、早々に地に伏していただろう。

あの時は余裕がなかったが、今ならあの小僧の怖さが理解できる。あの小僧は、終始んだ。


あの小僧が何気に使っていた道具や魔術。その中に、あの時使っていれば、もっと楽だったと察せられる物が有った。

明らかに、自身に制限をかけていた事が、否応にも理解できた。


小僧は、完全に手加減をしていたんだ。私を殺さないように。必要以上の外傷を与えないように。私を生け捕りにするために。その結果が、私の一撃を食らう結果になった。ただそれだけの事。

何の事は無い、私は私の有利を悟る事も無く、その手加減の下に与えられた仮初の勝利を餌に、決定的な敗北を貰っただけだ。


「道化だな。何が逃げるだけならだ。最初から、話になっていなかった」


あの小僧は、おそらくあの技工剣以外にも、何か手を持っている。私はその手札を開く相手とすら認識されていなかったという事だ。

見せられる範囲の手札でしか、相手にならなかった。その事実。


何より小僧の恐ろしい所は、その実力がまるで分らない所だろう。

奴と相対した時、自身の感覚と、目の前の出来事の乖離を感じた。明らかに、そこまでの実力を有する人間とは、思えなかった。感じられなかった。

奴からは、最初から最後までを感じなかった。


一歩でも間違えば殺されると。その恐怖を、奴からは一切感じなかった。

勿論手加減をしていたことも理由だろう。だが、奴は何かがおかしい。その実力を肌で感じ、頭で理解し、理屈でその実力の程を整理すれば、小僧がどれだけの力量を持っているのか、ある程度察する事が出来る。

だが、あの小僧から感じた物は、その辺にいる雑魚と何ら変わりない物だった。


あまりにも理解できない化け物。そう思うと、すとんと、落ちる物が有った。

そう、化け物。奴は一種の化け物だ。人の理解の範疇を逸脱したものを持っている化け物だと。

そして私達には、私には、感覚で感じ取れないのだと。


そう理解すると、一気に恐怖が表に出た。手の見えない、力量の感じない化け物。

ウムルはそんな男を飼っているのだと。


ウムルの英雄のあの女どころか、軍属でもないただの男に敗北した。逃げる事すら許されずに。

そんな男が陛下の懸念材料になるわけにはいかない。何物をも打倒せる力が有るならばともかく、それすらも出来ず、職務も全うできなかった自身が、陛下の下に戻るのは、ただ陛下の邪魔にしかならない。

その程度の男が国内に不和を、あの仲間たちに不和を呼び起こす存在では、在ってはならない。


だが、生かされてしまった。陛下の温情だという事は分かっていても、陛下に仕える事だけが生きがいだった自身にとって、死を渡された事よりも辛い罰だ。

もしかしたら、陛下は、それを分かった上で、私を生かしたのではないかとも思った。それだけの怒りだったのだと。

だが、違った。あの方はまだ、私を必要としてくれている。私を使う気でいてくれている。

ならば、生き永らえたこの身は、その為に使う。


「ウムルの二人には感謝せねば」


あの二人がわざわざ私の進むべき道を口にしてくれなければ、気が付かなかったかもしれない。

あのまま野に出て、そのあたりの野生動物に食われて終わっていたかもしれない。いや、きっと、それを良しとしただろう。

だが、気が付かされた。私が生かされた一番の理由を。


陛下は私に、ベレセーナ様を守らせるおつもりだ。あの方を殺す事を良しとした私に、今度こそ守れと。

おそらく今回の事で、ベレセーナ様は確実に人質となる。今回の騒動を全てつまびらかにする以上、陛下の強行の原因であるベレセーナ様を手元に置いておくことは、大きな保険になる。

武力を持たないこの国が、その選択をしない筈がない。何年になるか分からないが、ベレセーナ様は国の監視下の元、窮屈な生活をすることになるだろう。


国元の人間が何人も大っぴらに、ベレセーナ様の護衛につくのは不可能だろう。人質としての意味がなくなってしまう。

恐らくミューネが付くことが許される程度。

ならば私は、陰から万が一に備え、ベレセーナ様を守れるように潜伏しておく。もはや、陛下の部下でも何でもない、この身なら、何が起ころうが陛下に迷惑はかからない。


「だが、その前に、まずは回復せねば」


あれから数日たつのに、まだ全快する様子が無い。念入りにやってくれたものだ。いや、それだけですんで良かったと考えるべきか。

どちらにせよ、まずは体を治し、片腕で戦うために、戦い方を作り直さねば。

あの化け物共を相手にしても、せめて戦える程度には、ならなければ。

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