第333話珍しい事です!

あの後街を通り過ぎ、山のど真ん中にハクを降ろし、けもの道を突っ切って街道に出た。

たとえ通り過ぎたと言っても、ハクの図体は目立つし、きっと街では少し騒ぎになっているんじゃないだろうか。

ここに来る途中はかなり高い所を飛んでたので、まだ大丈夫だとは思うけど、近くを飛んでいたのを見た人は気が気じゃないだろう。


まあ、気にしても仕方ないので、とりあえず野営をして、明日という事に結論付けた。街まで少し遠めに着地したから、車か、グレットに乗っての移動だろうな。

クロトが無理しないように言っておかないとな。


「こんなもんかね」


野営用に作った即席かまどの上で、くつくつと音を立てるスープの味見をして呟く。スープだけど、中にはごろっごろ野菜と肉が入っておりませう。

具材だけ取り出して、煮物ですって言っていい位入ってる。肉も野菜も、結構腕輪に入ってるので、贅沢に突っ込んだスープであります。

野菜が大量に有るんだよなー。腐らす前に食い切りたい。一応氷と一緒に入れてるから、直ぐ悪くはならないと思うけど


『できたかー?』


ハクが後ろからのぞき込んできた。乗りかかられて重い。こいつ人型の時も竜の時と重さ変わんないんだよなぁ。

今更だけど、中全部筋肉なんじゃないのか、こいつの体。この細身でこの重さは普通の人間じゃ有りえない。


「重い」

『もっと重くなれるぞー?』

「重くしろとは言ってない・・・」


重くしてどうする。俺を潰すつもりか。ハクを押しのけると、シガルがクスクス笑いながらこちらに近づいて来た。


「タロウさん、配膳しようか」

「ん、お願い。俺はイナイ呼んでくるから」

「うん、こっちは・・・先に食べとくね」


シガルの言葉に頷き、イナイを呼びに行く。クロトにも手を振ってから、イナイの近くに転移する。

イナイは見晴らしのいい崖に座って、さっきまで居た平地の方を眺めている。

夜だし、距離も有るので素の視力では見えないが、彼らはまだ移動はしてないだろう。


「イナイ。食事、出来たよ」

「ああ、ありがとう」


イナイはこちらを振り返り、いつも通りの笑顔で応える。だが立つ気配はない。

俺はその横に座って、イナイと同じ方向を見る。やっぱり、夜なので平地そのものも見えないな。


「なあ、タロウ」


ぽやっと眺めていると、イナイが話しかけてきた。


「うん、なに?」

「あたしは今回、あの国を見捨てる選択を取った」

「え?」


見捨てる?

戦争を止めて、この国も、向こうの国も無事なのに?


「お前が連れて来なけりゃ、あたしは、手を打つ気は無かった」


もしかして、ベレセーナさんが居なければ、あの国を見捨ててたって事かな。セルエスさんが動いてるのは知ってたらしいし。


「ベレセーナさんの事?」

「ああ」


だとしても、仕方ないんじゃないだろうか。どういう理由にせよ、あの国が一方的に戦争を仕掛けようとしていたというのが真実である以上、止まらなければ戦うしかない。

ベレセーナさんとの出会いだって、ただの偶然だ。あれがなければただ大惨事が起きて終わってた。俺は、その事実を知る事なく、全てが終わっただろう。

だから、別にイナイが悪い訳じゃ―――。


そこで、もしかしてと思った。もしかしたら、知った上で放置していたのではと。ウムルは、彼女の所在も、目的も、全て知っていた上で、今回の事に関わっていたのなら。

それは、確かに、あの国を見捨てる事になる。戦争を止める術が有りながら、止めることを選ばなかった事になる。


「・・・もしかして、ベレセーナさんの居場所、知ってた?」

「・・・ああ」


イナイはこちらを見ずに答える。知った上で、あの人に接触しなかったのか。あの状況でも。


「勿論、スィーダがウムルに友好を示してたなら、別だった。けど、そうじゃない以上、ウムルからスィーダに接触するような事は、内政干渉と取られるのがオチだ。

王妃をうちが預かったとしても、良い話にはならねえだろうな。人質と思われるだけだろう」

「でも、国元に連れてけばその誤解は晴れるでしょ?」


そのあたりは、正直俺には今一判らない話になってしまうな。別に彼女を届けるだけで誤解がはれるのだし、良いんじゃないだろうか。

だが、イナイは首を横に振る。


「結局の所、あの王妃が死に場所を求めるのをやめない限り、どう足掻いても結末は一緒だったろうな。あの王は本当に若すぎる。年齢の話じゃ無く、心が幼い。

王妃自身が全てを話し、生きていく選択を選ばなければ、この事態は収められなかった。

いや、たとえ一時的に収まったとしても、いつか、何か問題が起きるだろうな。あの男の存在も有ったしな」


あの男。ベレセーナさんの自殺を手引きしていた男。でも、全てアイツが悪いという訳じゃないと思う。

あいつ一人ですべてやるのは無理だろうし、絶対他にも誰か関係者がいるはずだ。

何よりも、それを望んだ、ベレセーナさんが悪いと言えば悪い事になる。


「だから、お前が連れてきた時、聞いたんだよ。お前の意志か、あの女の意志か、てな」


ああ、そういえば聞かれたな。どっちの意志だって。


「あの女は、あの時足掻く心が無かった。あいつ自身が、心の底から、事態の解決のために足掻く気が無かった。楽な方へ、たとえその後事態が悪化したとしても関わりなく居られる選択を選んでた」


確かに、ベレセーナさんは、あの時点でも死ぬ気だった。生きて、彼らの下に辿り着いて、事態を止めるという意思はなかった。


「あたしには、どっちも気に食わなかったんだよ。本当の意味で民の事を、自分のガキの事を考えねえあの女も、王の座に就いときながら、結局我儘に人の命を捨てる選択を取ったあの王も。

どっちも、助ける気が無かった。ブルベやセルに迷惑かけてまで、助ける気は無かった」


王様に迷惑?

もしかして、ベレセーナさんに手を貸したのって、ウムルにとっては良くなかったんだろうか。

俺にはよく分からない。素直に聞いてみるか。


「何か、問題ありそうなの?」


俺が聞くと、イナイはぱたんと後ろに倒れ、こちらに顔を向けて語る。


「ウムルって国はな、元は只の田舎のちっせえ国だ。歴史も大してありゃあしねえ。んで今のウムルもそうだ。国力が有ろうが、新興国と大差ねえ。そんな国にとって、その国の在り方がぶれるのはあまりよろしくない。

軽々しく戦争なんかする気はねえとしても、その力を振るうと決めた時は容赦なく振るうのは当然。

だが、今回あの女に接触した話が他国に流れれば、それはウムルがこの事態を作り出したというデマが作られる可能性が起きる」


なんだそれ。そんなことして何の意味が有るんだ。


「ウムルを良く思ってねえ人間も少なからず存在する。そういう連中にとっちゃ、ウムルを責める良い口実になる。

全てウムルが仕組み、スィーダを従えるために画策したのだと。事実最初はあの女もそう思ってたしな。

そうなるといろんなとこから、つまんねー嫌がらせが生まれる。国内国外問わずな」


マジか。てことは俺、かなり迷惑かけた事になる。謝って済む問題じゃないけど、謝らないと。


「ごめん、イナイ。そんな大事になると思って無かった」


だが、俺が謝ると、イナイはいきなり笑いだした。何でですかイナイさん。また俺変なことしましたか。

イナイはしょうがねえなあという顔で俺を見て口をひらく。


「ばーか。そんなん何時だって有るんだよ。別にお前がそこまで神妙になる事じゃねえよ。よくある話だ」

「でも、迷惑かかったのは事実でしょ?」

「たいしたこたぁ、ねえよ。それに今回、こっちから接触はしてねえ。頼み込んできたのは向こうだ。こっちは交渉も何も持ちかけてねえからな。

まあ、はたから見ればどっちだろうが関係ねえから、実際に面倒が起きた時、スィーダが正直に言うかどうかだな。お前が気にする必要はねえよ」


そう言って、イナイは手をパタパタと降る。ならこれ以上、謝るのも、逆に迷惑な話かな。

謝る必要ないって言ってるのに、謝られるのは逆に困らせる時あるし。


「だから、そういう意味では、理想的なケリがついたともいえるな。本人が本心から頭を下げ、首謀者は処罰され、スィーダは今回の事で国に対する謝罪もする気でいる。

こちらの要請も、無下に断んねーだろ。むしろ協力的に応える可能性も有る。だから大丈夫だ」

「そっか。なら、いいんだけど」


そこから少し、二人とも無言になる。イナイは起き上がらずに空を見ているし、俺はそんなイナイを見つめている。

けど、しばらくして、ぽつりと、彼女は呟いた。


「思い出してたんだ。昔の事」


むくりと起き上がり、俺を見ずに語り続ける。


「あたしの両親の事を、思い出してた。今回、そのせいで、どうにも気に食わなかった」


イナイの両親。人質に取られ、それでも首を縦に振らなかったイナイ。

国を救う事を、人を救う事を優先した、昔の話。


「何かを成す為の犠牲を良しという訳じゃねえ。けど、それでも、決めたなら食いしばらなきゃいけねぇ時がある。背負ったものを投げ出すなんて話にもならねぇ。

あのガキは、それが解って無い。大きなものを背負った自覚がない。まだ若いから仕方ねえのかも知れねえけど、王としては最悪だ」


イナイは、頭をガシガシかきながら言葉を続ける。きっとそれが、イナイの態度が冷たかった理由。彼らに対し、突き放す様な態度だった理由。

やっぱり、俺と同じで、家族の事を、彼女は引きずっていた。


「母親の方も、大事な人間を失った時の辛さが解ってねぇ。どれだけ心にキツイもんを抱えることになるかこれっぽっちも解ってねぇ。

あたしは、どうしても、それが気に食わなかった。蓋を開けりゃ、なんてこたねえ。ただの独りよがりの我儘さ。

それが今回、あたしがどうにも連中に胸糞悪かった理由だ」


そこで、イナイはこちらに顔を向けた。


「そんなくっだらねえ理由だ。・・・失望したか?」


そんな風に言う彼女の顔は、何とも言えない表情だった。

何かを望んでいるような、何かを怖がっているような、今にも泣いてしまいそうな、色んな感情が混ざった表情。


「まさか」


俺はそう答え、彼女を抱き寄せて、頭を優しくなでる。


「むしろ普段が強過ぎるし、頼りになりすぎなんだよ、イナイは。そんなイナイが少し弱い所見せた位で、失望なんてするわけないじゃない。

それに、くだらなくなんかない。絶対にくだらない理由じゃないよ」


抱きしめながらイナイに素直な言葉を伝える。何処まで伝わっているかはわからないが、イナイはその言葉に頷いて応え、胸に顔をうずめる。


「むしろ、そんなに気分が良くない事なのに、ちゃんとやったと思うよ」

「・・・うん」

「それに、俺が我儘聞いてもらったようなもんだし。イナイには助けられたって思ってる。イナイが我儘なら、俺はもっと我儘だよ」

「・・・うん」

「だから、ありがとうかな、今回も。うん、今回もだね。いつも頼ってばっかりだ」

「・・・うん」


俺はイナイの頭を撫でながら語り掛け、イナイが頷く。ただそれだけがしばらく続いた。イナイは顔を上げず、ずっと俺の胸の中にいる。

その表情わからないけど、解ってることが有る。彼女は今、珍しく俺に思いっきり甘えているんだ。


確かにイナイは今回、自分の感情任せの冷たい態度を取ったのかもしれない。

けど、だからってベレセーナさんの言葉を全て突っぱねたわけじゃない。取るべき選択を取り、取らせるべき選択を突き付けた。

それこそ、イナイの怒りだったり、悲しみをぶちまけた言葉だったのだとは思うけど、それでも、イナイはやるべきをやった。

嫌だからって投げだしたわけでも、叩き潰したわけでも無い。きちんと彼女の想いには応えた。


「だから、大丈夫だよ。泣きたかったら泣いたっていいし、甘えたかったら甘えていい。イナイだって俺に言ってくれただろ。辛かったら辛いで良いんだって」

「・・・うん」


下を向き、頷くだけのイナイの頭をなでる。暫くそうしていると、イナイがありがとうと呟くのが聞こえた。

俺はうんと応え、しばらくの間、ずっと彼女を抱きしめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る