第332話とりあえずここから離れます!
「お疲れ様、二人とも」
「・・・お帰り」
ハクの足元に戻ってきた俺達を、シガルとクロトが迎えてくれた。
俺はあんまり疲れてないけどね。今回今までと違って、本当に突っ立ってただけだし。向こうの王様も、イナイかセルエスさんの部下程度にしか思って無いと思う。
特に話を振られる事も無く、関わる事も無く、傍観して終わっていた。いやまあ、口出そうとしたの止められたんですけどね。
「ありがとう、シガル」
イナイは迎えてくれたシガルの頭を軽く撫でた後、クロトを抱えてその頭を撫でる。その様子はどことなく、何かがおかしい気がした。
いつも通りの優しい笑顔では有る物の、どこか、おかしい気が。
「ただいま、シガル」
俺もシガルに声をかけるが、シガルはイナイの顔を見て、少し首を傾げる。
「・・・ねえ、タロウさん、なんかお姉ちゃん」
「やっぱり、なんか変だよね」
シガルも気が付いたようで、小声で聞いてくる。やっぱりイナイの様子が少しおかしい。
いや、おかしいという点で言うならば、ベレセーナさん関連の事が有った頃からか。どこか冷たく、きつい印象が有った。
最初こそ貴族モードのイナイだからかな?と、思ってはいたけど、やっぱり違った。
イナイは立場があるから、せざるを得ない行動を選択してる時があるのは知ってるし、特に関わる気が無い時は、全力でメンドクサイですという反応を返していた事も有る。敵対した相手に冷たい反応を徹底することも有った。
だから、イナイが俺達に接する時と違う事が多々あるのは知ってるし、解ってる。
けど、だとしても、何かがおかしかった。
イナイは優しい人だ。たとえ立場が有ろうと無かろうと、本当に救いを求めてきた言葉に、救いを求めている人に、そこまで冷たく接することは無いと思う。
勿論、自業自得なら別―――。
「そういう、ことか」
自業自得。イナイにとって、今回の事は、全て自業自得と思っているんじゃないだろうか。
王様しかり。母親しかり。部下しかり。彼らが皆、彼らの立ち振る舞いが、選択が、この結果を作ったのだと。何よりも彼らは、人の上に立つ責務を持っているのだから。
だからこそ、母親の、ベレセーナさんの選択を求めた。生きる選択を。助けを願う意思を。本当の意味での、戦争の歯止めを願う心を。
だから、従者さんにはどこか優しかったのかもしれない。イナイも、セルエスさんも。あの人は、ただただ主人を、ベレセーナさんを守る、ただのその一心だった。
それでも、それだけじゃ説明が付かない態度があった気はする。特に、あの男、ケネレゲフに対して。
ただ、その理由は、今なんとなく分かった。なんとなく、本当に予想でしかないけど、理由は予想が付いている。
きっとそれは、俺と同じような理由じゃないだろうか。
「ところで、シガル」
イナイは後で話してくれるといった。一応イナイの態度の理由がなんとなく予想が付いた以上、あとはイナイが話してくれるまでは待とう。
なので俺は、そこで思考を切り替えて、シガルに問う。
「ん、なに?」
「ハクは、何時から寝てるの?」
座っているだけかと思ったら、寝とる。いやまあ、退屈だったんだと思うけどさ。前から思うけど、体型変化したまま寝るって、魔術維持しながら寝てるって事だから、すげえ器用だよな。
俺そっち方面やった事無いし練習しようかなぁ・・・。
基本寝る時は探知すらも使ってないからな、俺。
「あ、あはは、結構最初の方からかな。自由に動き回れないならねるって」
「まあ、退屈だったろうからなぁ。しゃあねえだろ」
シガルの言葉に、笑いながら応えるイナイ。その笑いそのものは無理やり笑っているわけでは無いのは分かる。
勿論、さっきの笑顔だって、無理やり笑っているわけじゃない。いつもの優しいイナイの笑いだ。けど、その笑いのどこかに、なにか、違う物が混ざっている。
それが少し、気になると同時に、寂しい。彼女が辛いと思う気持ちを、吐き出せてやれない事が。ただ、今無理やり聞いても、きっと彼女は嫌がるだろう。
「んじゃま、とりあえず一旦一番近くの街に行くか?」
「そうだね。どのへんなの?」
イナイに話しかけられ、直ぐに思考をイナイに向ける。とりあえず俺達はボランティアで来た様なものなので、特に居続ける必要もないし、街に行くのが順当だろう。
ただ、ハクは戻していいんだろうか。
「ハクは、どうすんの?」
「一旦街を通り過ぎて、人気のない所で戻ってもらうか」
とりあえず一番近い街を一度通り過ぎるらしい。まあ、街に直接降り立つわけにもいかないし、向こうの兵にも、威圧してる竜が実は子竜と悟らせるわけにもいかないだろう。
まあ、子竜だからって、弱い訳じゃないんだけど。
「じゃあ、ハク起こすね」
そう言って、シガルがハクの顔の近くまで歩いて行き、その顔を軽くぺちぺちしながら語りかける。
ハクはすぐに目を開け、小声でシガルと会話していた。
何であれで起きるのに、俺が叩いても落としても起きないんだあいつ。
「この時間からだと、街越えたら一旦野営だが、いいか?」
ここに付いたのは昼よりだいぶ前だったけど、その後軍を止めて、セルエスさんが部下を呼び出して、天幕用意して、話の場を作って、色々やってるうちに結構な時間がたっている。
なので、今の時点でもう夕方だ。
「別に良いけど、それだとむしろ、ここの方が安全じゃない?セルエスさんもいるし」
「それは、わかってんだけどな。とっととここから離れたいんだ。すまん」
「そっか、わかった」
「・・・ありがとな」
イナイはクロトを抱えたまま、俺に体を預けてくる。俺はそれを受け止め、頭を撫でる。
「礼言われるほどの事じゃないと思うよ」
「それでもさ」
「そっか」
正直、ありがとうも、ごめんなさいも、俺の方がよっぽど多い。だからこれぐらい本当に大したことじゃない。
このぐらい、気軽に言ってくれて構わない。
「じゃあ、グレット。悪いけど、もう少しだけ我慢してくれな。今度はさっきより短時間だと思うから」
グレットの頭を撫でつつ話しかけてみたが、楽しそうな顔でペロンと顔を舐められただけで、理解しているようには見えなかった。あれー?俺のいう事だけ通じてないとか?
悩んでいると、俺と同じ方向にグレットが首を傾げる。うーん、言葉を理解しているわけでは無いのか、やっぱり。状況から意味を察してるのかもしれない。
「ぷはっ、なにしてんだよ。くくっ」
その様を見て、クロトを降ろしたイナイが、堪えきらないとばかりに笑い出した。
・・・そんなに可笑しかったですかね。
「と、とりあえず、いこっか。ハク起きてるみたいだし」
「くくっ、そうだな」
イナイは笑いがまだ抑えられないようで、クロトの手を引きつつも、笑いながら歩く。
まあ、イナイが楽しそうならいいや。さてー、こっち側は割と開けてるっぽいけど、どんな街かねー。
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