第331話ケリをつけるそうです!
「失礼いたします。セルエス殿下」
セルエスさんの部下に促され、すっと天幕に入り、膝をつく女性。ベレセーナさんの従者さんだ。
何しに来たんだろ。ベレセーナさんは居ないのかな?
「何の用かしらー?」
「その男と、少々話をさせて頂きたく願います」
「んー、別にいいわよー?というか、ただ動けないからそこに居るだけで、私達が預かってるわけじゃないわよー?」
「ありがとうございます」
従者さんは許可を出したセルエスさんに頭を下げ、男に近づく。なんだろう、大丈夫かな。
イナイとセルエスさんは、従者さんの事はあまり興味無さそうに、部下の人が持ってきた水を飲んでる。
「・・・無様ねケネレゲフ」
「そうだな」
「・・・嫌そうな顔すらもしないのね」
「事実だからな」
「・・・あなたのそういう所、大っ嫌いよ」
「そうか、すまない」
従者さんは、男を罵るが、男はこれっぽっちも堪える事無く、平然と返事をする。従者さんはその様子に、明らかに苛立たし気な態度になっている。
「本当に、何も言い訳しなかったわね」
「お前たちに、そんな嘘を吐いてどうする」
「ふざけないで、あなたはもっと大きな嘘をついていたでしょう」
「・・・そうだな、その通りだ」
そこで初めて、男は表情を曇らせた。その態度に、従者さんの方が驚いている。
「私達は席を外しましょうか?」
イナイが、二人の様子を見て、従者さんに訊ねた。俺も正直、その方が良い気がする。
「いえ、御迷惑でなければ、お気になさらないようお願いいたします。きかれて困る話もしませんので」
だが、従者さんはイナイの言葉に否と答える。そう言われても、この空気の中いるこちらも少し辛いのだけど。
男の方は従者さんの意志に反する気は無いようで、何も言わなかった。
「・・・ねえ、ケーネ。私は今でも、陛下があなたを裁いた今でも、あなたを許せないわ」
「そうか」
「だから、けじめをつけることにしたの」
従者さんは男に告げると、懐から短剣を取り出した。
「ちょ、ミューネさん、なにを――」
「黙っていろ」
不穏な空気を感じ、従者さんを止めようと口を開いたら、当事者であり、一番危険な立場であろう人間に止められた。
「おま、この状況で」
「黙っていろと言った。これは私達の話だ。お前が口を出す筋合いはない」
「な、おまえ、まさか」
こいつ、まさか命を差し出すとか、そういうつもりじゃないだろうな。ついさっき思い直したんじゃないのか。
「すみません、タロウ様。少しだけ、私どもの好きにさせて下さい。彼の命を奪うといった事は致しませんので」
「あ、そ、そうですか」
よかった。従者さん本人から、そう言われたなら安心出来る。
うん、嘘です。出来るわけが無い。許せないって言いつつ刃物持ってるんすよ。正直いつでも割って入る気満々ですよ。まだ刃を出してないから良いけど、出したら強化魔術使う準備しよ。
だが、俺の考えに反し、彼女はその短剣を男の足元に放り投げた。
「この短剣、返すわ」
「・・・そうか」
あの短剣、そいつのなのか。じゃあ、けじめって何の事なんだろ。
俺が疑問に思っていると、彼女はそのまま少し歩いて男の傍によっていき。
「ええ。それと――」
言葉の途中で、逆回し蹴りを思いっきり男の腹に入れた。男は踏ん張れないので、その勢いのまま少し後ろに飛ぶ。
わー、綺麗な蹴りだわー。その場で威力が出るように、しっかり回転してるわー。でも少し力が逃げてるけど。
「これが、私なりのけじめよ。今なら私の蹴りでも効くでしょ」
片足を上げて綺麗に立つ彼女を見るに、体術もやってんだなーと分かる。
まあ、今は弱体化してるから、多少は効くと思うけど。多分、普段通りなら食らっても全く問題ない威力の筈だ。だからこその、何の変哲もない蹴りを繰り出したのかもしれないけど。
「・・・」
男は痛そうな表情はするものの、うめき声も上げずに、のっそりと起き上がる。その様子を従者さんはため息を付いて見つめる。
「はぁーーー、少しだけすっきりした。陛下の裁きも有ったし、私の怒りはそれで終わりにしてあげる」
「・・・それでいいのか」
「しょうがないでしょ。そうするしか無いんだから。後は自分の中で折り合いつけるわよ。もう私達は『他人』だしね」
彼女は他人という言葉を強調すると、短剣を蹴って、倒れている男の腹の上に乗せる。
あの短剣、二人には何か意味の有る物だったのだろうか。いや、あの態度から察するに、間違いなく有るんだろう。
「じゃあね。どこかでのたれ死んでない事を祈るわ、ケーネ兄さん」
この二人、兄妹だったのか。にしてはこれっぽっちも似てない。髪の色も目の色も違う。
「・・・他人じゃなかったのか?」
「・・・世迷言を言ったわ。さよなら、知らない人」
「ああ、さよならだ」
こいつ、俺並みに一言多いぞ。でもなんか、こいつの場合わざとやってる気がするけど。まあ、俺もわざとやる時あるけどさ。明らかに嫌いだなって思った相手なら。
従者さんは、やはり苛立たし気に男から離れると、セルエスさんの前で跪く。
「殿下、お騒がせ致しました。無礼をお許しください」
「いいえー。・・・ケリはついたのかしら?」
「・・・え、は、はい」
セルエスさんは、いきなりいつもの胡散臭い口調から、凄く優しい声音で彼女に聞く。ちゃんと、終わらせたのかと。その目は、口調に相応しい優しい目をしている。目がちゃんと開いてるの久々に見た。
従者さんは、いきなりのセルエスさんの変貌に、一瞬戸惑い、返事も少し慌てて返した。
「そう。じゃあ、気を付けてお帰り。陛下によろしく伝えておいてね」
「はっ、失礼いたします」
従者さんが天幕を出て行くその瞬間まで、何時もの笑顔とは違う顔で、彼女を見送っていた。何が琴線に触れたのか知らないけど、セルエスさんにとっては、彼女はそういう態度で見送れる人らしい。
対する男は短剣を拾い、よろよろと立ち上がる。
「・・・セルエス殿下、ステル様、失礼いたします」
「ええ、きをつけてねー」
「お気をつけて」
男は頭を軽く下げると、よろよろと歩きながら、天幕を出て行こうとする。
セルエスさんもイナイも止める気配も、気にする気配も無い。
「お、おい、そんな状態でどうすんだよ。魔物だっているんだぞ。お前絶対回復してないだろ」
「だからといって、スィーダの人間でもウムルの人間でも無い者が、何時までもここには居られんだろう」
それは、そうなのかもしれないけど、そのまま出てったらお前、その辺の野生動物にも負けそうだぞ。
「・・・どうにかするさ。どうにかな」
薄く笑いながらいう男に何も言えなくなり、俺は男が出て行くのをそのまま見送った。
「・・・本当に大丈夫かよ、あいつ」
「本人がそう言ったんだ。なんとかなんだろ」
「そうねー」
俺の心配をあっさりと否定する二人。俺が心配し過ぎなのかなぁ。
「さて、あたし達は行くけど、セルはどうする?」
「まだちょっと離れられないかなー。スィーダ王がどう思ってたとしても、事実として、兵がまだここに居るからねー」
「そうだな。じゃあ、あたしらは行くぞ」
「うんー。後はこっちでうまいことやっとくねー」
イナイは、セルエスさんの言葉に、背を向けたまま手を振って天幕出て行く。
「ほら、ぽやーっとしてないで、タロウ君も行きなさいー」
「あ、はい。じゃあセルエスさん、また」
「うん、またねー」
やっと、セルエスさんのちゃんとした笑顔を見て、手を振って出て行き、イナイを追いかける。
「イナイ、今回なんか冷たくなかった?」
イナイはステル様モードであっても、なんだかんだ、救いを求める手合いや、筋を通す手合いには冷たくはなかったと思う。
でも今回、なんか、突き放した感じが多かった。もちろん理由は有るんだろうけど。
「・・・そうかもな」
「あんまり言いたくない感じ?」
「今はな。後で気分が落ち着いたら話すよ」
「ん、わかった」
言いたくない事を、無理やり聞く趣味は無い。落ち着いたら今度話してくれるでしょ。
それにしてもあいつ、あの状態で魔術使うか。やっぱ、まともにやったら勝てないな。もう俺の探知から消えた。
探そうと思えば探せるかもしれないが、やる意味はないので止めとこ。
・・・きっと、大丈夫だろ。本人が、どうにかするって言ってたんだ。うん、気にしない。気にしないぞ。
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