第327話約束通りじゃないです!

男を背中から降ろし、丸まっているグレットに寄りかからせる。ちなみにグレットは震えて丸まっているが、顔だけシガルの膝の上である。

暫く皆無言で前を向いていたが、ボソッとイナイが何かを呟いたのが聞こえた気がした。


「イナイ、何かあった?」


一応イナイ以外には聞こえない程度に、声を抑えて聞いてみる。


「・・・予定と違う」


イナイは表情を変えず、俺に応えた。


「何か、問題有な感じ?」

「セルが約束守れば問題ないが・・・」


約束って言うと、時間稼ぎの事かな。

・・・あれ、もしかしてそれって。


「まさか、もう接触してるって事?」

「ああ。後少しだから、大丈夫だとは思うが」


イナイがはるか彼方の前方を見て呟くので、俺も同じ方向を向き、いつもより範囲広めに探知を使い、強化も使って先を見る。

確かに、結構な人数が集まっている。さっきの話だと、昼頃って言ってたのに、ゆっくり朝食をしていたとはいえ、早すぎる。


けど、まだ戦闘をしているという感じじゃないので、この速度なら十分間に合うと思う。少なくとも、戦闘らしい戦闘が始まる直前か直後には辿り着けるはずだ。

ただ気になったのは、セルエスさん、空飛んでたよね。今は下りたみたいだけど、飛んでたよね。

他に空飛ぶような人見かけた事無いから、ハク達、竜特有の魔術かと思ってたんだけど、普通に飛べるのか。

あの魔術は教えて貰ってないので、自力で覚えるしかないかな・・・。


「魔術だけで普通に、空飛べるんだね」

「あー、あいつは『飛べる』な」


ん、なんか今、言い方がおかしかった気がする。魔術でという言葉にじゃ無く、セルエスさん単体で答えられた気がする。


「イナイは無理なの?」

「あたしは地上歩いた方が早い。空に浮く事は出来ても、空を飛ぶことは出来ねぇな」


なるほど、そういう事か。気球と飛行機みたいなもんかね。ゆったりとした上空移動は出来ても、高機動での平行移動は出来ないと。

たしかに、そうなると『飛ぶ事』は出来ないって事になるのか。


「ただ、道具で補助すれば、多少どうにかなるぞ。亜竜の翼なんかが分かり易い例だ。あれで風を受けて、軌道を変える。まあ、セルはそういう一切合切を無視して飛べるけどな。

竜の魔術はそのあたり克服してる部分があるが、あれはあれで制御が難しいから、結局のところ人間には飛べると言えるほど、空を移動できる魔術を使える奴は稀だ」


なるほどねー。ハクが飛べるのは竜だからだと思ってたんだけど、別に飛ぶこと自体は出来るのか。

今まで上空に転移はしたけど、そのまま自由落下してたし、浮くぐらいは出来た方が便利そうだ。

ちょっと今度練習してみよう。便利そうだし。


「さて、間に合ったな」


雑談をしている間に、もう現場が間近に迫っていた。なんか、えらく大きな線が地上に引かれているのは、間違いなくあの人の仕業だろう。

明らかにやりすぎだと思うんすけど、大丈夫なんすかね。


「ハク!彼らの上空を通り、思い切り咆哮をお願いします!」

『解ったー!』


イナイの指示に楽しそうに応えたハクは、一度彼らの上空を通り過ぎ、旋回して中央辺りで思い切り咆哮をあげる。

俺達はその咆哮の被害にあわないように、保護魔術をイナイが皆にかけた。勿論あの男にも。


「う、わあ・・・」

「これは・・・事情を知らなければ恐ろしいでしょうね」


ハクの咆哮を見て、ベレセーナさんと従者さんが、驚きの様な、呆れたような反応をする。

下を見ると、確かに地上に居る兵たちが、恐れ慄き、動けなくなっているのが解る。退くことも、進むことも出来ないほどの恐怖。足がすくみ、思考が止まり、体が動かないほどの恐怖に支配されている。

その中でセルエスさんは、いつも通りにこやかに、こちらに手を振っていた。


「何処でも変わらないなー、あの人」

「あいつはどこ行ってもあんなんだ」


何処か諦めの入った声音で、俺の呟きに答えるイナイ。まあ、あの人、ゆったりしてるけど、まさに我が道を行くって人だもんなぁ。


「ハク!セルの横に皆を降ろしてください!」

『じゃあ、ちょっと移動するなー』


ハクはイナイの指示通り、セルエスさんの後ろまで移動し、地上に降り立ち、俺達を降ろすためにその手を地面に下ろす。


「は、母上!?それに、ケネレゲフも!?」


知らない男性が叫ぶ言葉から察するに、あの人がベレセーナさんの息子かな?

あれー、俺確か若い子って聞いてたんだけど、そんなに若くないような。ぱっと見少なくとも20越えてるように見えるんだけど。

まあ、見た目じゃ解らんか。なんか俺、ここじゃ童顔みたいだし。日本人の中でも、少し童顔ぎみみたいだから、尚の事みたいだけど。

イナイは真っ先にハクの手から降りて、セルエスさんの所に歩いて行くので、俺も慌ててついて行った。


「セル、話が違うぞ」

「御免なさいねー。思ったより動きが早かったものだから―」


兵たちがざわついているせいで、二人の会話は近くでないと聞こえない。なので、イナイは普段の口調でしゃべっている。


「それにしたって早すぎるだろ。こっちゃ食事済ませてすぐ来たんだぞ」

「うーん、情報部の子達は、もうちょっとかかるって言ってたんだけどねー?」

「・・・お前、自分の部隊動かした後の計算ちゃんと入れたか?」


イナイにそう言われ、セルエスさんは一層ニッコリと笑みを浮かべる。


「・・・入れてないわねー?」

「お前のせいじゃねえか・・・」


ニコニコ笑顔を崩さないセルエスさんに、ぐったりした表情を向けるイナイ。なんつーか、ほんとこの人ぶれないよな。

しかもこの人、多分解っててやったくさい。今の問答も絶対わかっててやってるぞこの人。


「間に合うって、信じていたからー」

「あー、もう、お前らは」


多分、あの、お前らって、リンさんとか、アロネスさんとか、ミルカさんとかも含まれてるんだろうなぁ。

なんとなく、俺も含まれてる気がしなくもないけど。


「でも、我儘を聞いたのはこっちが最初よー?」

「わかってるよ。だからこれ以上言わねえよ」


うん?何の話だろ。馬車の中ではそれらしい話してなかったと思うし、その前に何か話してたのかな?

そういえば、街でる前に別行動取ってたっけ。あの時かな。


「で、彼女がそうなのかしらー?」


従者さんに手を引かれ、ハクの手を降りるベレセーナさんを見て、セルエスさんは訊ねる。


「ああ、そうだ。彼女の意志で、連れて来た」

「そう。よかったわねー」


もしかすると、彼女に、彼女の意志で、彼女の本心からの願いで、彼女自身が止めに行くことを選択するために、直ぐ移動しなかったのかな。

移動の加減が解ってなかったから、その辺イナイに任せてたけど、そのための馬車移動だったのかもしれない。


そうこうしている間に、皆ハクの手から降り、セルエスさんの傍まで歩いてくる。

ハクはまだ、成竜のままだ。何故か元に戻らず、その場で座り、こちらを眺めている。まあ、その方が兵たちが下手な動きしないだろうし、良いか。


「この度は、我が国の愚行を・・・いえ、息子の愚行を止めて頂いた事、心より感謝いたします」


ベレセーナさんは、息子さんより先に、セルエスさんに跪き、頭を下げる。息子さん困惑してるけど、ほっといていいのかしら。


「いいえ。ステルの頼みですし、国王陛下は戦争を望んでいません。お気になさらず。

ステルは強い人間なので無茶を言ったでしょうが、私は仕方ないと思っています。人間誰しもが戦えるわけでは無い。

とはいえ、ここは、貴女が居ればこそ収める事が出来るのは事実。こちらから、お願いいたします」


何時だったか、イナイがしたのを見た事が有る礼を、ベレセーナさんにするセルエスさん。誰この人。俺こんなしっとりした語りで、優雅に礼をする人知らない。


「なので、気構えずに、よろしくー」


そしてすぐに普段のセルエスさんに戻り、手をひらひらさせる。本心がどこに有るのかさっぱりわからん感じに見えるが、多分考えてることは単純明快だと思う。

止まるならそれで良い。けど止まらないなら叩き潰すと思ってる。多分合ってると思う。だってこの人穏やかそうに見えるけど、あの面子の中で一番過激だもん。

身内には親身になる人なのは知ってるけど、敵認識の相手に容赦とか、全然見えないもん、この人。


「はい、重ね重ね、感謝いたします」


セルエスさんの言葉に、もう一度頭を下げ、立ち上がると、線を引かれたように抉られた地面の手前まで歩いて行く。

因みにあれをやったったのが実際誰なのかを聞く気は無い。だってわかるもん。

さて、どうなるかね。大人しく収まってほしいが。

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