第325話間に合うのですか?

さて、良い感じに恐慌状態になってくれてるみたい。一応予定通りね。

こちらとしては、あまり戦闘をする気は無いから、引いてくれた方が有りがたいのだけど・・・。

とはいえ、素直にそれを言っちゃうと、おそらく突っ込んでくるわよね。あの王子様少し血の気が多そうだし。おっと、今は王様か。


あら、どうやら王様が一番前まで出て来るみたいね。勇気が有るのか、無謀なのか。流石に今のを見て考えなしに突っ込んでくるなら、やるしかない。

兄さんには悪いけど、私はそこまで優しくない。ここまで明確に退ける状態にしたんだから、これで攻撃してくるなら容赦はしない。やりたいわけではないけども。


「名乗りが遅れたことを詫びよう!先の我が言葉に答えたことから、我が身が何者かは知っているのだろうが、あえて名乗る!

我が名はベルウィネック・スィーダ・フランジュラ!スィーダ国の王だ!そなたがウムルの者だというならば話がしたい!」


どうやら考えなしに突っ込んでくるわけでは無さそう。本当に話をする気か、降りてきたところを攻撃する気か、どちらかしら。

まあ、話をするっていうなら、とりあえず降りてあげようかしら。

自分が地を抉り、線を引いた所から、少し離れた位置に降り立つ。ただそれだけで、兵が少し怯むあたり、上手く行っているわね。


「話って、なにかしらー?」


ゆっくりと線の傍まで歩きながら、スィーダ王に問う。


「無論、なぜ我らを攻撃しようとするのか、教えて貰おう」

「勿論、そちらが攻撃の意志を見せなければ、こちらとしても何もする気は無いわよー?」

「ならば引いて頂こう。我が国はウムルと敵対をしようという訳ではない」


それは勿論知っている。けど、だからってこの国を攻めたら、結局同じ事なのよねー。この国を責めるだけの理由が無いと、あたし達は退けないわよ?


「残念だけど、この国の警護を、少しの間引き受けててねー。これ以上他国の『軍』は進ませられないわー」


正確には少し違うけど、同じ事。武力を持った集団を、これ以上この国には進ませない。


「我々は、我が国の後始末を付けているだけだ」


まあ、確かに現状そうよねー。


「後始末、ねー」

「この国境地には我が国の反乱軍の残党が潜んでいた。その排除に乗り出しただけだ。ウムルが関わる筋合いでは無かろう」

「あらー、そうー?」


私の返事に、イラつきの表情を隠さないスィーダ王。まだ若いわねー。うちの兄さんみたいに、公の場ではどれだけ内心いやでも自信満々な表情で居ないと。


「でも、そうだとすると、なんで今更なのかしらー?」

「なに?」

「反乱軍の処遇については、既に何度もギレバラドアから打診が有った筈よー?」


そう、何度も。既に何度も、国境地に潜み、国にちょっかいを出す連中をどうにかしてほしいと、スィーダには使いを出していた。

なのに今更。本当に今更。それもこんな大々的に、こちらに連絡なしで軍を動かすなんて、筋が通らない。


「こちらにはこちらの都合が有る。反乱軍、などと言ってもやつらは所詮、野盗の類と変わらん。ならば対処は本来自国でやる物だろう」

「ならなんで今更?」

「こちらの都合と言った。ウムルには関係ない」


そうねぇ、現時点では全く関係ないわねー。現時点では。もしここを踏み切られると関係ありになっちゃうけど。

若き王もさすがにそれは解っているらしいから、踏み込んでは来ないけど。


「でもねー、だからって今まで無視してきたのに、今更国内領土傍まで軍を率いて来られちゃ、流石に止めるわよー?」

「調子の良い事を。流石に知らんわけではあるまい。この国の連中は反乱軍に加担していた。奴らに資材援助をしていた。なのに扱いきれなくなったら我々にどうにかしろなどと、都合のいい話があるか」


それを言われると痛いのよねー。私もそれは思ってた事だから。利益を見て不利益を見なかった国が悪い。

自分で対処できない不利益を被る可能性、そしてそれに対処をする算段を立てていなかった。だからこそ、私は彼らを止めただけで済ませているわけだけど。

それに、彼が進む理由がねー。イナイちゃんと、アロネスの事を考えると、どうしてもねー。


「そうねぇ。その通りだと思うわー」

「ならば、ウムルには関わりなく願おう。これはかの国と我が国の問題だ」

「んー、でもー」


首を傾げながら言葉を継ぐ私に、明らかに早く言えといった雰囲気のスィーダ王。タロウ君並みに分かり易いわねー。

もっとも、余裕がないだけかもしれないけど。


「国境地と、国内の反乱軍なら、ぜーんぶ捕らえちゃったわよー?」

「なに!?」


私の言葉に怒りが完全に飛び、驚きで声を上げる。傍に居る子たちは、彼の直属の部下かしら。その子達も驚き、何かを話し合っている。


「・・・事実か」

「ええー」

「貴様一人でか」

「いいえー?部下も連れて来てるわよー?」


出来るかと聞かれれば出来るけど、面倒くさい。そして私の今の言葉で、伏兵が居ると踏んだんだろう。彼の部下の子達が数人人垣に消える。

そういうのはもうちょっと離れた位置でやったほうが良いと思うわ、おねーさん。


「なるほど、だからこその、この場でのその余裕か」

「・・・へえ、そう思うの?」


彼の言葉に、挑発に応えて、魔力を走らせる。彼が解るかどうかは分からない。でも分からないなら相手にならないどころか、戦う事すらかなわないわよ?

だが、彼はそれを感じ取り、一瞬身構える。だが王としての矜持か、彼自身の矜持か、怯えるそぶりはその一瞬。直ぐに堂々とした佇まいになる。


「なるほど、化け物め」

「誉め言葉としてうけとっておくわー」


にっこり笑って返す。化け物なんて、言われ慣れている。今更そんな返し、私にはいつもの事だ。

それにうちの国には、もっと化け物がいる。


完全に接近されればロウやミルカちゃんの方が強いし、魔術戦でも変な道具や精霊のせいで攻めにくすぎるアロネスもいるし、総合力で言えばイナイちゃんは安定して強い。

なにより、本物の騎士がいる。彼女がいる。リンちゃんが、いる。


「私一人に怯むようじゃ、この先にはいかない方が国の為だし、貴方の為だとおもうわよー?」

「・・・・」


忌々しそうに睨む彼を、少し懐かしく思ってしまった。子供の頃の弟と相対してる時を思い出す。

ああ、いけない。そんな風に思ってしまうと、目の前の子を消滅させようと思いかねない。なしなし。


「貴様等。まさか最初からか」

「何の事かしらー?」

「とぼけるな。最初から知っていたな。何処までだ。何処からだ。何時から貴様らが関与していた!」

「残念だけど、関与したのは本当に数日前よー」

「バカを言うな。何処に潜ませているか知らんが、軍勢をつれてそんなに早く動けるわけが無いだろう」


彼の言う事は常識的な言葉だ。確かに、数日で軍を他国に運び、さらにそこからまた移動、現地に到着後展開、そしてほぼ撤収済みなどと言うのは不可能だ。

本来なら。そう、本来なら不可能だ。


「でも残念。我が国にはその手段があるのよー」


他国の王都に置いた転移装置。その国が危機に瀕した時に、直ぐに駆けつけられるようにと、友好国に提供した技工具。

あれが有る以上、それこそ全軍を率いようというわけでも無い限り、移動にさほど時間はかからない。そして何より、私が率いる部隊は魔術師隊だ。移動は尚の事時間がかからない。

特に今回連れて来た面子は、転移程度、精度はともかく使えて当たり前の者しか連れて来ていない。


「そうか、ならば、貴様らも敵という事だな」

「・・・私は争う気は無いわよー?」


頭に血が上っているわねー。勝てない相手だと解っているけど、退きたくない。感情が退くことを選択しない。そんな感じね。

今に一歩。越えてはいけない一歩。越えたら取り返しがつかない一歩を踏み出しそうな彼を見つめる。


「貴様が本当に、反乱軍を全て捕え、既に撤収しているというならば、貴様は、ウムルは、我が国と敵対する意思があるという事だろう」


お母様の事でしょうね。確かに、あの使いの言った言葉が真実ならば、既に彼の母、もしくはその死体が私達の手元に有る事になる。

けど、残念ながら、その事実はない。何処にも、彼の母はいなかった。当たり前よね。捕まってないんだから。


「残念だけど、何を言っているのか、私には分からないわー?」

「――っ!」


私の態度が気に食わない。今にも切りかかりたい。そんな感情が駄々漏れすぎる。でも、もしそれをしたら、貴方は二度と母に会えない。

もう少し。もう少し頑張りなさい。


「ウムルの王族は世の評判とはだいぶ違うようだな」

「そうかしらー。まあ、私は好きにやらせてもらっているからねー」


自分を抑える為か、無意識に剣を握っていた手を放し、馬の手綱を握り直す。手から血が出てるわね。押し通りたい衝動を必死で殺している。

そうよ、それで良い。


「さてー、間に合ったみたいねー」

「間に合った?貴様、一体何を――」


私は睨む彼に無防備に背中を向け、後ろを見る。いや、空を見る。その行動に戸惑いの声を上げるが、その言葉は途中で止まる。

何故ならその空には、綺麗な白竜が、私達の上空を通り過ぎ、旋回し、そして―――。





「―――――――――――――――――――!!!!」





この世のどの動物でも出す事が出来なさそうな咆哮を、その身体のみで放ち、そこにいるすべての存在をすくみ上らせた。

勿論、私を除いて。

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