第324話本当に国境を越えてしまうのですか?
「どうだ」
「何も、有りませんでした」
「又か!」
部下の報告を聞き、思わず叫ぶ。また、何もなかった。今まで調べていた、報告を受けていた奴らの拠点の悉く、何もない。
母も、その死体も、反乱軍の生き残りも。
何故だ。何が起こっている。ここに来るまでいくつもの拠点を通り過ぎた。この国境地に潜む連中が、どれだけ居たか、その数は少なくとも、一人も見つけられないような人数ではない。
ここまで、あと少し行軍すれば国を超えられるところまで来ているのに、何もないなどあまりに異常事態だ。
やつら、使いを出した際に、一斉に移動した?いや、それにしてはあまりにも素早すぎる。統率する将でもいれば別だが、烏合の衆に人を纏められるはずがない。
ならばあの使いの独断?いや、それにしては知りすぎているし、この事態の理由が付かない。
まさか、ケネレゲフの報告の後に、何かが有ったか、報告がどこかの兵を経由した時にズレたか?いや、いくら何でもここまでの誤情報は有り合えないだろう。
「どう、されますか」
「・・・知れた事。たとえ反乱軍の連中がおらずとも、かの国が母を売った事には変わらん。死体が出ないからこそ、余計に止まれん」
そうだ。死体が出ないならば、まだ生きている可能性がある。もしかしたら、あの国の向こうに潜む連中に捕らえられているのかもしれん。
ならば止まれない。絶対に止まれない。そして、あの国を許さない。
「行くぞ。別にここが最後ではない」
「はっ」
口では言ったものの、内心思っている。きっと次ももぬけの殻だろう、と。
不気味だ。俺の知らぬところで、何かが起きているのは確かだ。隣にケネレゲフが居ないのが不安でたまらんが、俺が動いた事は奴の耳にも入っている筈だ。
向こうに向かっている以上、どこかで合流する事だろう。ただ、今回ばかりは奴の失敗だ。多少の八つ当たりはさせてもらうぞ。
「ここもか」
「はっ。ここにも、何も」
「本当にどうなっている」
ここは、国境地にある反乱軍の拠点では、最後の拠点だ。最後まで来て、何もなかった。何も。
資材も、金も、何もだ。一切合切が無い。
「まるで夜逃げのようだな」
「まさか、本当にそうなのでは」
「・・・他国に助けを求めた?」
「可能性は、無くはないかと」
反乱軍が他国に助けを求める。何処に。奴らを助けたところで、何に利益も無い。自分で言うのもなんだが、この国は攻める価値は殆どない。
特別、産物が優秀なわけでもなければ、希少鉱石が多く取れる山があるわけでも無い。
もし、奴らが救いを求め、応える国があるとするならば。
「あの国のさらに向こうか」
お節介で、介入したがりの、ウムル王国。帝国やリガラットと違い、他国との関わりを、やたらと持とうとする国。
あの国が、裏で動いている?
まさか、この国に手を出させるために、奴らが動いた?
「考え過ぎ・・・か」
この国は確かにウムルと国交が有る。だとしても、それでウムルが動くには、あまりに早すぎる。
それにこんな小国を潰すためにウムルが動くなど、考え過ぎだろう。
「とはいえ、このままいけば戦わなければいけない相手、か」
解っている。あの国は強大だ。広い国土に、そこから取れる豊富な資源と、あふれる人材。
兵力は、比べる意味など無い程の物だろう。
だが、それでも、あいつがいる。ケネレゲフがいる。あいつと俺が居れば、押し通れる。
「・・・反乱軍がここにはおらず、国境は目と鼻の先。ならば、あとは、もう超えるのみ」
「・・・いき、ますか。陛下」
「ああ、いくぞ。行って、殺す。母を使ったものは、一人も許さん」
「・・・はっ」
俺の言葉に、少し、ほんの少し悲しそうな顔をして、応える部下に、心の中で謝る。
すまん。今俺がやっているのは、あまりに我儘な事だと解っている。だが、止まれんのだ。未熟な俺を許せ。
――――――――――それは、できないわよー。
俺が軍を進めようとしたその時、何処から聞こえたのか分からぬ声が響く。
「なんだ、今のは、何処から聞こえた!?」
周りを見るが、かの国の中に入る前の国境地なおかげか、まだ見晴らしが良い地にも関わらず、何も見つけられない。
兵たちにも動揺が走っているし、分けている直の部下からの連絡が来ない所を見ると、誰も、何もわからないようだ。
「こっちこっちー。うーえよー」
気の抜ける女の声音に、上を見上げる。そこには何かが浮いていた。あれは、魔術師か。空を飛べるとなると、相当の使い手か。声も魔術で広げているようだ。
どうやって飛んでいるのかは知らんが、あの位置では、魔術しか攻撃が届かん。
「貴様!何者だ!」
とりあえずは何よりも、その存在を確かめる。応えるとは思わんが、やるだけやってみた。
「ウムル王国、魔術師隊隊長、セルエス・ファウ・グラウギネブ・ウムルでーす」
人をこ馬鹿にしたような声音と語りで、聞き捨てならない事を言い放った。ウムル王国。ウムル王国だと!?
まさか、本当に奴らが動いていた!?
「ウムル王国の人間が!それも王族が何の用だ!」
「勿論あなた達を止めるためよー」
俺の言葉に、ウムルが最初から関わっていたのだと判断する材料の答えが返ってくる。
早すぎる。いくらなんでも早すぎる。そして理解できた。反乱軍の連中は、ウムルに縋ったのだと。
「ふざけるな!汚い手を使いおって!」
「・・・汚い手ー?」
「とぼける気か!」
「別にとぼけてるつもりは無いんだけどねー」
なんだあの女。喋っていると、物凄くイライラしてくる。いちいち癇に障る受け答えだ。
「伏兵は?」
だが、その怒りをこらえつつ、小声で部下に聞く。いくら何でも、あの女一人で戦場に来るなどありえない。
何処かに兵が。奴の兵が潜んでいる筈だ。
「まあー、よくわかんないけど、とりあえずー」
部下の報告を聞こうとしたその時、空に浮かぶ人影が、少し動いたように見えた。瞬間、目がくらむような閃光が走った。
「な、なんだ!?」
閃光を見た後遺症から立ち直ると、前方に展開する者達が、かなりざわついているのが分かった。そして俺にも見えた。馬に乗って、目線も高かったことも有る。
けど、そんな事が理由じゃない。そんな理由で、すぐわかったわけじゃない。
勿論、視認できたからこそだが、あれは、あんなものはふざけている。
「あの、一瞬で、やったのか」
前方の軍の進行方向に、線を引くように地面が抉られている。それも、視認が出来なくなるほどの広範囲に。
「此処越えたら戦闘開始、ってことで、覚悟しなさい」
先程の間延びした声とは違う。明らかに殺意の籠った冷たい声が、軍全体に響いた。まずい。あれはまずい。
あれは、ケネレゲフと同じ種類の存在だ。一人で全てを薙ぎ払う存在だ。
どうする。このまま進軍しても、全滅が見えているし、何より兵が進むとは思えん。あまりの異常事態に、兵に恐怖が伝播している。
どうする。引くのか。ここまで来て、引かなければいけないのか。母を貶めた存在を相手に引かなければならんと言うのか・・・!
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