第323話届く想いです!
「ぐっ・・あ・・・」
うめき声が聞こえたので、そちらに目を向けると、簡易椅子に座らせていた男が目を覚まして、苦しそうに周囲を目だけで確認していた。
「これ・・がぁ!・・・ぐぅ・・・」
何か疑問を口にしつつ起き上がろうとしたのだろう。苦しそうに一瞬叫び、堪えるように呻く。
「やめといたほうがいいぞ。動くとかなり痛いと思うから」
仙術のダメージがかなりある筈だ。こいつの動きを完全に止められたおかげで、一切余すところなく、しっかり全身に仙術ぶち込めたからな。
恐らく今のこいつの体は全身どこを動かしても痛むはずだ。さっきの目だけの確認すら、少し痛みが走っただろう。
「なん・・だ・・これ・・は・・・」
男が治癒魔術を使ったのが分かったが、残念ながらそれは魔術じゃ治らない。筋肉の疲労や断裂なんかは治せるが、気功そのものが乱れている状態では、何の意味もない。
軽く乱れているだけなら、筋肉痛の様な痛みが走る程度まで回復できるが、あそこまでいくと逆効果だ。
こいつの体は今、こいつ自信の生命力で自身を潰そうとしているようなもんだ。
「単純な外傷への攻撃じゃないから、治癒魔術じゃ治らないぞ」
「・・・そ・・んな・・・ばかな・・」
信じられない物を見る目で俺を見つめる。こっちだって勘弁してほしかったぞ。俺より強い相手に勝たなきゃいけなかったんだから。
こいつと戦っている間、何度も自分の死が頭にちらついた。何度も踏み込みを戸惑いそうになった。特に最後の一合は、本当に怖かった。
技工剣を、イナイの剣を信じて無ければ、踏み込めなかった。
「とりあえず、イナイ達を呼ぼうかねー」
俺は立ち上がり、男が起きた事を皆に伝え、皆を集める。従者さんが一番乗りだったけど、主人置いていくのはどうなんすか。信用されてるのかもしれないけど。
「起きましたか」
イナイがノンビリを歩いて来て、俺の隣に立つ。他のメンツも集まってきたが、グレットは丸まって寝ている。
まあ、あいつの毛皮、下手な刃物通らないみたいだし、ほっておいて大丈夫かな。
「起きたね。予想通り動けないよ」
「でしょうね。経験が有るのでわかります」
それってつまり、同じ状態にミルカさんにされたって事かな。あの人も訓練の時は容赦しない時あるからな・・・。
「・・・ケネレゲフ、まさかあなたがこんな事を」
「ミュー・・・ネ・・か・・・」
やっぱりこの二人、知り合いだったか。さっきの反応からそうだとは思ったけど。
従者さんの顔は表情こそ静かに見えるが、目が怒りで満ちている。対する男はどこか申し訳なさそうな表情に見える。
「なぜ、なぜ貴方が。貴方は、貴方だけは・・・!」
「・・・私・・だから、さ」
「何故!」
「疑問、に、思わな・・・かった、のか・・・」
「一体何を!」
苦しそうにしながらも、素直に従者さんと受け答えをする男。イナイは口を出す気がないようだし、俺も傍観してよっと。
すげーシリアスすぎて口出す事が出来ないともいう。
「陛下、が、軍を、動、かし・・てい、るのは、知って・・・・いるか」
「ええ、ステル様から聞いているわ」
「なら、ば、なぜ、疑問に・・・おもわ、なかった。この移動そく、どでは・・・・間にあわ・・ないと」
「それは・・・」
それは俺も思った。この移動速度で間に合うのかねーと。向こうの国の中心と、この国までの距離がどれほどの物なのか知らないが、少なくとも日が陰る前に野営をするほどノンビリするような事態じゃ無い筈だ。
イナイの事だから、何か理由があると思って黙ってたけど、こいつは何か知っているのだろうか。
「すで、に、ウムルの・・軍、は・・配置が終わっている、はず、だ」
「っ!早すぎるでしょ!」
「ウム、ル、は、そう・・・・いう国、だ。うし、ろの、女、に、確かめて、みろ」
男の言葉に、従者さんはイナイの方を向く。イナイはその視線を受け止め、口を開いた。
「ええ、おそらく終わっているでしょう。ウムルは友好国の危機に素早く対応できるよう、ウムルから他国の王都へ飛べる転移装置を置いています。
とうに王都から現地へ向かっている頃合いでしょう。スィーダ王が軍を率いて国境に辿り着くころには、既にわが軍が構えている筈です」
「そ、そんな、あなたは戦争を止めようとしていたのでは!」
イナイの返事に俺も驚く。イナイの言った事が正しいなら、スィーダ軍と全面戦争をすると言う意味にとれた。
イナイらしくない。止める手段が有るのに、そちらを取らないなんて。
「イナイ、なんで」
思わず、俺も聞いてしまった。そんな俺に振り向き、声を出さす口だけで応える。
(大丈夫だ)
間違いなく、彼女はそう言った。笑顔で、優しい笑顔でそう言った。なら、あとは信じよう。きっと何か考えが有るんだ。
「この、じょう、きょうで・・ウム、ルに、負い目、を・・つく・・る以外の、選択しがある、か」
「だ、だからって!貴方が戦えばどうにか!」
「な、って、いるよう、に、みえる、か?」
「―――っ」
まさに説得力のある言葉に、言葉が出なくなる従者さん。
「あの、国、は・・化け、物だ。まともに、戦え、ば・・かて・・や・・しない」
従者さんは、怒りをぶつければいいのか、彼の考えを肯定するべきなのか、自分でもどうしたらいいのか分からないんだろう。
だって、彼の言葉は、多分に真実が含まれているのだから。彼がどれだけ強かろうと、ここで捕えられている時点で、他の英雄に勝てないという事なのだから。
「わた、し、は・・・陛下、に、忠誠、をちか、った。・・だか、ら・・・陛下の為、なら、よろ・・・こんで、手を、よご、そう。たと、え、陛下に・・・斬られる、こと、に・・・なって、も」
「・・・陛下に斬られる覚悟で、やろうとしていたの、貴方」
「あた、り、まえ・・だろう。ベレ、セーナ様、を・・・ただ、犠牲になど、できる、もの、か」
「そう・・・そうなの。貴方の事、許せないけど、少しだけ許せたわ」
従者さんが彼を悲しそうに見つめ、拳を握りしめている姿は、とても辛そうに見える。怒りをぶつけるべき場所が。自身の怒りをぶつけるべき場所がきっとわからないんだろう。
客観的に見れば、彼は国の為を、主人の為を想い、自身も殉じる覚悟でやっている。その行為は許せないが、全ては忠誠を誓った人の為にやっているんだ。そして何より、その願いは自分の主人の願いでもある。
やるせないな。
「でも、元々やるつもりだった事には変わりない。私はどうしてもそこが許せない」
「そう、だな。そう・・・だ、ろうな。だが、陛下、は・・王位に、つく、までに・・・犠牲を、出し、過ぎた。その犠牲、に、つり・・・あう、物を、差し出さねば、民衆、は・・納得、しな、い」
「それこそ!こんな事をせず国内であなたが闘えば良かったことじゃない!」
「それじゃ、ダメよ、ミューネ」
叫ぶミューネさんに、そのやり方では駄目だと、ベレセーナさんが割って入った。
「ベ、ベレセーナ様」
「力を力で制して、死を、血をまいて、屍の上に立った統治。それではどれだけ正しい統治をしようとしても、円滑に進むまでにまた反乱のタネは生まれる。
反乱の目をまた力で摘み、屍を重ねて行けば、またその分円滑に進むのが遅くなる。そうすればまた不満はつのり、人は力を振るう。そしてまたそれを力で持って制す。
円滑に進むまでに、どれだけの犠牲が出るか、どれだけの問題がおきるか・・・」
人の恨みは消えにくい。どれだけ今が良い環境になっていっていたとしても、心の奥底に焼き付いた気持ちは簡単には消えない。
俺には、それが解る。だから、彼女の言っていることが、なんとなく理解できる。もし、もし力による統治をするならば、方法はたった一つ。反乱する人間を無くすしかない。
「力持つ者を全て滅ぼした上でやり直すか、反旗を翻す気が起きないほどに力を削ぐか。どちらにせよ、息子の理想とする統治をやるには、そのどちらも本来選べない。
なら、選べる手段が有るなら、作ってあげるべきでしょう。仮初に従う者達を、納得させられる理由を作るべきでしょう」
「それが、貴女だと、いうのですか」
「ええ、あの人では、ダメだから。あの子にとって失う意味のあるものは、きっと私か、貴女達だけだから」
ベレセーナさんは途中で男をちらっと見つつ、ミューネさんに告げた。どう足掻いても、自分はその命を使うつもりなのだと。
その答えを否定したくても、否定できない彼女が、あまりにも可哀そうだ。
「ただその結果、逸った者達が、間違った選択をしてしまったのは、残念だったけど。息子を含め、ね」
ベレセーナさんは従者さんに告げるべきを告げると、イナイの方を向く。
「では、先の話の上で、貴女の考えを聞かせていただけますか?」
先程までの柔らかい口調が消え、イナイを睨むように見つめて問う。対するイナイは涼しげな顔だ。
「単純明快です。彼を捕え、その意思を聞き出そうとしたまでです」
「そんな、当然のことを聞いているのではありません」
「ええ、そうですね。何故、間に合わないと伝えなかったのか。間に合わないと解っているのに悠々と向かっているのか。でしょう?」
「・・・ええ」
イナイは特に動じた事もなく、彼女に応える。多分聞かれると思ってたんだろうな。どうするつもりなんだろうか。
とういうか、軍隊が既に向かってるって予想外過ぎる。俺はてっきりセルエスさんが単独で向かってると思ってたよ。
「スィーダが危険なので力を削ぐため、と言ったら?」
「―――!あな、た・・・!」
イナイの感情の見えないトーンの言葉に、激情で返すベレセーナさん。従者さんも驚きと怒りが見える。
「あなた、それでも・・・!」
「貴女がやる事と何が違うのです。自分の利を、信念を通して、自国の為になる方を選ぶ。何か間違っていますか?」
「そんな、そんな、あなたの噂は、ただの噂だったっていうの!?」
「さあ。貴女がどのような噂を聞いているのか知りませんが、私は私ですよ。それにあなたが自害したところで、何の意味もない。戦争は止まらない。スィーダは地図から消える。それだけです」
「そんな!?」
信じられない物を見る目で、落胆した表情で、イナイを見るベレセーナさん。イナイには何か考えが有るのだとは思うけど、流石に心配になる受け答えだ。
でも、あれはイナイの本心じゃない。流石にそれぐらい解る。けど、何の為に、あそこまで。
「そんな、私は、どうすれば」
「選択肢など、一つでしょう」
「・・・え?」
「貴女がやれることなど、やらなければいけない事など、やるべき事など一つでしょう!」
一歩下がり、悔しそうにするベレセーナさんに、叱咤するような声音でイナイが言葉を叩きつける。
ベレセーナさんは、そんなイナイを呆けたように見つめる。
「生きなさい!生きて、戦争を止めなさい!生きて国元に帰りなさい!生きて国行く末を見定めなさい!
生きて、無様に生きて、犠牲を出そうとも力を尽くして生き残りなさい!それがあなたのするべき事でしょう!国が滅んでない以上、貴女が生きている以上、貴女の息子が頑張っている以上!
何故楽な方を選ぶのです!苦しまない選択を選ぶのです!今更そんな選択を選ぶなら、それこそ前王の統治の時にあなたは動くべきだった!
今、貴女はやる事が有る!出来ることが有る!なぜそれをやらない!」
「イナイ・ステル?」
「貴女は息子が間違ったと言った!だがその選択をさせたのは貴女だ!ならば、どれだけ無様でもやる事が有るだろう!!」
イナイの叫びは、その叫びは、きっと心からの叫び。生きることを諦めるなと。もちろんそれには犠牲が出るだろう。けど、その犠牲から逃げるなと言っている。
きっとそれは、彼女だから言える言葉だ。犠牲から逃げず、犠牲を出す事を分かった上で前に進んできた彼女だから言える言葉だ。彼女だから言っていい言葉だ。彼女だから、ベレセーナさんに、言っていい、言葉なんだ。
その叫びを見ていた従者さんは、今にも泣きそうな顔でベレセーナさんを見つめている。彼女の意志を、決意を聞くために。生きていてほしいという、自分の希望を、かなえてほしいというエゴを抱えて。
そうだ。エゴだ。俺と従者さんのこの気持ちは単なるエゴだ。イナイや立場ある人達の、選択しなければいけない人達の願いではない。ただ、そう有りたいと願うエゴにすぎない。
けど、イナイの言葉は違う。俺達とは重みが違う。彼女は死の上に立っている。人の上に立っている。戦って、戦って、その上で彼女は生き抜いてきた人だ。
そんな彼女の言葉だからこそ、ベレセーナさんに届く。
「・・・そうね。確かにそうだわ」
ベレセーナさんは静かに呟くと、イナイの傍まで歩いてくると、目の前で跪く。
「ベレセーナ・スィーダ・エレランジェナが乞い願う。
どうか、どうか息子を止める手助けを、私を国元に、戦争が始まる前に、国元に届けて頂きたく、ウムル王国に、ウルズエス様に願います」
静かに、力強く、頭を下げてイナイに願いを告げる。その姿を従者さんは泣きながら、嬉しそうに両手を胸で抱えている。
良かった。うん、良かった。
「その願い。ウムル王国、国家技工士筆頭、イナイ・ウルズエス・ステルが聞き届けた。何が有ろうと間に合わせて見せよう」
「温情、心より、感謝いたします」
イナイは鷹揚に彼女に応え、笑顔になる。きっと、イナイは彼女に、彼女自身に選ばせたかったのだろう。彼女自身が『戦う事』を。
「んで、こいつどうすんの?」
水を差すようで悪いけど、男の処遇をどうするのか聞いておきたかった。
「連れて行きます。処遇はあちらの陛下に任せましょう」
「了解」
男は少し嬉しそうな目でベレセーナさんを見つめ、その後に困った様な顔をしていた。
「あ、あの、申し訳ないのですが、その、間に合わせると言っても、実際、間に合うのでしょうか」
涙を拭いた従者さんが、こっそりと俺に聞いてくる。まあ、イナイには聞けないよね。
「距離がどれぐらいなのか俺には分からないんですけど、多分こっからウムルまでなら、日が昇る前に辿り着く移動方法がありますよ。転移無しで」
「ほ、ほんとですか?」
小さく驚く彼女に、頷いて答える。
まあ、有るには有るけど、正直気のりはしないんだよなー。今回も張り合わないでくれると助かるなぁ・・・。
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