第322話無事を願うのですか?
「お願い、坊や、ハクちゃん、無事でいて・・・」
あの子を追いかけた坊や達の身を案じ、誰にともなく祈る。あの子は強すぎる。息子に付き従うが故にその実力は殆どの人間が知らない。
けど、あの子は息子ですら自分では話にならないと言わしめた子だ。あまりにも強すぎる力を持った子だ。あの子に挑んではいけない。あの子の本気を引き出してはいけない。あの子に勝てるわけが無い。
「問題ありません。そこまでの実力差はありませんよ。少々彼の方が上手のようですが」
願う私の横を、悠々と歩きながら追いかけるイナイ・ステルが言い放った。
「あなたはあの子を知らないからそんな事が言えるのです」
「そうですか。では、貴女はタロウを知らない。私が言えるのはそれだけです」
確かに私はあの坊やの事は良く知らない。けど、私にはあの坊やがそんな化け物だとは思えない。
それに、なにより、このままでは、イナイ・ステルも無事では済まない。せめて彼女だけでも追いかけさせてはいけない。
「あ、貴女も危険です。せめて貴女だけでもここに留まって下さい」
「問題ありません」
彼女は私の静止を一切聞かず、林の中に消えて行った。彼らを追ったのだろう。あの林の向こう。私では視認できない位置から聞こえる打撃音の下へ。ふと、クロト君のいた場所に目を向けると、彼も居なくなっていた。
どうして、こうなるのだろう。私が、私一人が居なくなれば、それだけで上手く行くことが有るのに。
「ベレセーナ様!」
私を呼ぶ声に、俯いていた顔を上げる。ミューネがシガルちゃんと共にこちらに駆けてくる。
「無事ですかベレセーナ様!」
今にも泣きそうな顔で私の身を案じる彼女の顔が、真っ直ぐ見れない。私は彼女の想いとは違う選択を取ったのだから。
「ええ、大丈夫よ。このとおり」
ほんの少し目線をそらしながらミューネに応える。後ろめたさを隠すように、不必要に明るく無事を伝えた。
「あの、タロウさんは?」
「・・・」
シガルちゃんの言葉に答えられない。あの坊やが無事とはどうしても思えないからだ。
だが、シガルちゃんは答えない私に再度問わず、何かを目で追っていた。
「あっちか。お姉ちゃんが行ったし、私が行っても邪魔かな」
彼女には何が見えているのか、坊やたちが去っていった方向とは違う方向を見つめる。それと同時に、見つめていた方向から凄まじい音が、何かを叩きつける凄まじい音が響く。
「な、なに!?」
あまりに大きな音に思わず驚きの声を上げるが、勿論なんなのかは、分かっている。彼らの戦闘音で、誰かが打たれたのだと。けど、それ以外の戦闘音が聞こえないというのに、ただそれだけがはっきりと聞こえた事に、言いようのない不安を覚える。
その犠牲になったのが、坊やたちではと。
「ベレセーナ様、今のは・・・」
「・・・坊やたちが、戦っている音だと思うわ」
戦闘になっていたらいい。それならばまだいい。だけど、あの子なら、あの子の強さなら蹂躙になる可能性がある。
「大丈夫だよ。タロウさんもいるし、何よりイナイお姉ちゃんが居るから」
不安そうな私に、にっこりと微笑みながら言うシガルちゃん。けど、その笑顔は私には届かない。彼女はきっとイナイ・ステルを信頼しているのだろうが、私には彼女がそこまでの実力者には、どうしても思えない。
「とりあえず、グレットの所にもどろう?」
シガルちゃんの言葉に従い、馬車の方まで戻る。だがその途中に聞こえた更なる戦闘音に、尚の事不安は増す。
どうか、せめて、生きていてほしい。
どれぐらいたったのだろう。おそらくそれほどの時間は経っていない筈だ。けど、不安からかなりの時間がたった錯覚を覚える。
そんな頃に草むらから彼らは出てきた。
「なっ!?」
そしてその肩には、坊やの肩には、あの子が担がれていた。
負けた?あの子が負けた?じゃあ、あの打撃音はあの子が食らった音?
信じられない。この子達の強さは、それ程だったというのか。
「お帰りタロウさん。大丈夫?」
「大丈夫じゃ無かった。かなり不味いの貰った」
「あはは、ハクもお疲れ様」
『うん!』
「お姉ちゃんも、お疲れ様」
「今回は何もしてませんけどね」
帰ってきた皆を、笑顔で、当たり前に迎えるシガルちゃん。ああそうか、彼女にとっては当然なんだ。彼らの勝利は疑う余地のない事なんだ。
「ケネ・・レゲフ・・・!」
そんな中、ミューネの声が響く。怒りに満ちた声が、そこにいる皆の耳に聞こえてきた。裏切者に心底憤る彼女の声が。
「そちらにも事情がおありでしょうが、まずは野営の準備を終わらせましょう。話はその後に。男は起きたら尋問します」
それを一瞥して、イナイ・ステルはまずは野営の準備をと、あの子をタロウ君に運ばせ、馬車の傍に転がさせる。
ただ、その縛り方は、一体何なんだろうと、あまりの縛り方に状況を忘れて疑問を覚えてしまった。
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