第321話負けました!

男の背中に、普通の人間ならおそらく一撃で死ぬであろう威力の仙術を掌でぶち込む。この威力を人にぶち込むのは初めてだけど、こいつなら死なない確信があった。

だが、男はその一撃を受けても倒れない。不安を覚えるが、背中に添えていた手を押すと、男は崩れ落ちた。どうやら立ったまま気絶していたようだ。


「ぐっ、つぅ・・・・」


痛む首を手で押さえ、その場に座りこんで治癒魔術を使う。

意識が戻っている事を気が付かれないように、なるべく倒れている間は必要な魔術以外を使わないようにしていたため、首の怪我も後回しにしていた。

完全に、上手をいかれていた。一対一なら、完全に終わっていた。


「タロウ、よく耐えたな」


イナイがにやつきながら俺に言う。俺はそれに脹れながら応える。


「解ってるくせに」

「ははっ、拗ねるなよ。お前が使いこなせてるからこそだぜ?」

「だと良いけどね」


あいつの一撃は、俺を殺すに足る一撃だった。いや、即死はなくても、治療を受けないとまずい一撃だった。

けど、実際は一時意識が飛ぶだけで何とかなった。それでも保護魔術は全て抜かれているので、首のダメージはそこそこデカい。逆に言えばそこそこで済んでいる。

理由は簡単だ。俺の手元にある剣。魔導技工剣のおかげだ。この剣は、剣自体が俺を保護してくれている。

つまり、あいつの攻撃を食らう寸前に、全力で俺を保護した訳だ。と言っても逆螺旋剣状態の全力だが。

そのおかげで俺の3重の保護に剣の保護が重なり、何とかそれを抜かれただけで済んだという訳だ。仙術の身体硬化も多少は効いてると思うけど、あれは俺自身の体が元々貧弱だから気休めだろう。


そう、抜かれた。俺の魔術だけだと、完全に保護を抜かれていた。


『悔しそうだな』

「そりゃね。負けたくない相手だったし」


何よりも、今回の負けは、負け=死っていう構図の可能性がデカかった。分かってたけど、分かってはいたけど、引けなかった。引きたくなかった。

その結果死にかけてりゃ世話ね―けどな・・・。


「イナイ、わざと手を出さなかったでしょ」

「まあな。どうにもならなそうならやるつもりだったが、お前の意識が覚醒してる事に気が付いて、止めた」

「やっぱ気が付いてたか―」


なんとなくそんな気はしてたけど、イナイは俺が意識を失っていない事に気が付いていたようだ。あまりにアイツの言葉に素直に従い過ぎだと思ったんだ。


「とはいえ、それが無かったら打ち込めなかったけどね」

「それも結果だ。こいつは人質を取った。お前は人質となる程の怪我では無かった。交渉の基礎を作れなかったこいつの負けだ」


適当に縛る物を取り出し、男を縛り上げていくイナイ。なんか、縛り方がちょっと、こう、プレイっぽい縛りなのはなんでだろう。

いや、完全に身動き取れない縛り方だけど、なんか、こう、もうちょっとなかったのだろうか。


「あのー、イナイ、両手足動かせなくなる程度で良いんじゃ?」

「あん?身動き取れないようにしておいた方が良いだろ。少なくとも力の入れにくい体勢で縛っとかねえと」


なるほど、その縛り方はそのための縛り方なのか。うん、ごめん、どうにもそういう意味に見えない。

・・・まあ、いいか。


「・・・お父さん、大丈夫?」

「ん、クロトか。何処にいたの?」


何処からともなくクロトが出てきた。なんか最近、驚かなくなっている自分がいる。慣れるものだなー。

今日のクロトは真っ黒だ。


「・・・ずっとお父さんの傍に潜んでた」


つまり、あの近接戦やってる時も傍に居たのか。流石に今回のざま見たら今までみたいにかっこいいとは言わんだろうな。

完全にすべて上手をいかれた上に、不意打ちでどうにかした様なものだし。


「・・・お父さん、やっぱり強い」


なんでだ。流石に今回は無いだろ。


「んー、俺負けたよ?」

「・・・うん。でも、勝った。お父さんだから、勝てた」

「状況解釈が好意的過ぎると思う」

「・・・そうかな?」


なんか、クロトは俺の事に関して、客観的な見方が出来ていないような。今回は間違いなくカッコよくは無いと思う。

今回の俺はどう考えても無様だ。


本当、師匠の皆に感謝だな・・・。

アルネさんとミルカさんの教えが無ければ、こいつの攻撃に反応出来てないだろうし、有効打を与えられなかっただろう。

リンさんの教えが無ければ、こいつの攻撃そのものが見えてない可能性があったし、防御できなかっただろう。

セルエスさんの教えとグルドさんの業、アロネスさんに教えられたような魔術道具を製作、使用するための魔力制御が無ければ、そもそもこいつと渡り合う事さえ不可能だっただろう。

何よりもイナイがいなければ、技工剣を持って無いだろうし、技工剣の使い方もきちんと理解出来て無ければ、あの一撃で終わっていただろう。


本当に今回は、あの人達に叩き込まれたすべてが無ければ、どうしようもなかった。間違いなく、勝てない相手だった。

いや、実際勝てなかったんだけどさ。負けたけどさ。でもまあ、結果的に上手く行ったのは、すべてあの人達の教えのおかげだ。


「・・・イナイ、ありがとうね」

「なんだ突然」

「んー、正直今は、皆に礼を言いたい気分なんだけど、今はイナイしか居ないから。とりあえずイナイに礼言っておこうと思って」

「あん?」


俺のやりたいを、意地を、意志を、我儘を通せた。今回こそ完全に俺の意地で我儘だ。それを通すだけの力を、皆から貰っていた。感謝してもし足りない。

イナイは突然俺に礼を言われたことに、方眉を上げながら怪訝な顔をしているが、直ぐに思考を切り替え、男を担ぐ。


「まあいいか。とりあえず縛り終わったから連れてくぞ」

「あーい」

「・・・はーい」


俺は立ち上がりながらイナイに返事をして、クロトは黒を少し薄くし、少し浅黒い程度になって返事をする。


『ちょっとやりたりない』


ハクさん、めっちゃ打撃くらっとったのに元気だな。俺はもう正直こいつとはやりたくないわ。

・・・やらないといけないならやるけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る