第320話交渉ですか?
予想外に強い小僧だった。だけどこれで終わりだ。
最後の最後で切り札を切ったのだろうが、フェイントに釣られた自分を呪え。まともに、ただ単なる勝負ならお前の勝ちだったかもしれないけど、こちらも負けるわけにはいかないんだ。
小僧の魔術は4度見た。一度目は全力で認識阻害を併用して転移したのだろう。その構築も早さも何も解らなかった。それゆえに面くらった。
けど、後の3つは阻害を使っていない。どれも無詠唱で構築したのは驚愕だが、おかげで構築速度は分かった。
あの3つの魔術の構築速度はどれも同じ速度。つまりあれが最速。でなければもっと早く行動している筈だ。
このタイミングであれば、もはや構築は間に合わない。警告はした。殺す気で首を打つ。
「っ!」
首を打つ直前、小僧の持つ剣が唸りを上げて強く光る。何をする気か知らないがもう間に合わない。小僧が動く前に、その首を切り落とすつもりで手刀を入れる。
「けはっ・・・」
周囲に明らかに人一人殺すには大きすぎる打撃音が響き、小僧が崩れ落ちる。本気で打ち込んだのに首を落とせなかった。なんて頑丈なやつだ。
何より驚くべきは、あの状況から攻撃をしようとしていた事かもしれない。倒れ様に技工剣が頭の上を通った瞬間、さすがに少し冷や汗をかいた。
さっきのいきなりの速度の上昇といい、ここで仕留めて無ければまだ何か持っていたかもしれない。だが、今ので完全に意識は断ち切った。いや、今のをまともに食らったのでは死んでいるだろう。死にかけているだろうというべきかもしれないが。
恐らくほっておけば、小僧は完全に死ぬ。今でも状況いかんでは死亡扱いになるだろう。
「くっ」
小僧から離れようとした瞬間、動こうとした方向に風が襲って来た。魔力を孕んだ風の刃が。それも相当な魔力量だった。まともに食らえば防ぐことは叶わずに完全に切断される威力。風は周囲を蹂躙し、かき消える。
こんなふざけたものが出せるのは、あの中ではあの女だけだ。
「タロウ一人相手に大分手こずっていますね。その様子で私から逃げきれるなどと、良く言ったものです」
剣を振り下ろし、自然体で歩いて来るイナイ・ステル。あの女の仕業しかありえない。
だが手に持っている物は、先ほどの剣。見たところ普通の剣にしか見えない。なら、あれは魔剣か。
「魔剣か。優秀な錬金術師もいたのだったな、そちらの国には」
あれだけの威力の魔剣は厄介だ。あの威力を相殺するには、相当の魔力がいる。逃げるために取っている魔力分を消費しかねない。
何時まで躱せるか・・・。いや、躱す。この場は何としても逃げる。いくら魔剣と言えど、何度も同じことをやり続けることはできない筈だ。
「・・・魔剣?どこを見ているのか知りませんが、これは魔導技工剣ですよ?」
イナイ・ステルはそう言い放つと、凄まじい魔力の渦を、風の渦を、圧縮された空気の渦を剣の周囲に発生させ、こちらにゆっくりと歩いてくる。
その力は確かに間違いなく魔導技工剣だろう。魔剣ではそんな出力変化は基本的に不可能だ。魔剣の力は使い手自身の魔力を必要としないが、その代り出力を変えられない物が一般的だ。
「――――っ!」
化け物め。なんてふざけた魔力量だ。全力でも防げる気がしない。目測を完全に誤った。外装を纏っていないと甘く見た。
技工剣一つあれば、この女は最大の脅威足りえるのか。どうする。どうやってこの場をしのぐ。
――そうだ。
「止まれ!それ以上近づくな!」
「・・・分かりませんね。何故私が従う必要が?」
化け物は静止を聞かず、歩いてくる。
「この男はまだ生きている。だが、処置をしなければ死ぬぞ」
加減も容赦もしていないが、致命傷に至る攻撃だ。死んでいるが、まだ蘇生できるという程度だが、まだ、『生きている』と言える範囲の状態の筈だ。
「それで?」
そこで化け物は足を止め、私の言葉を聞く気になった。表情には出さずに安堵する。なんとか交渉に持って行けそうだ。
「小僧を助けたければ剣を手放せ。そして見逃せ。でなければ止めを刺すだけだ」
小僧はこの女にとってどこまでの相手かは分からない。だが、共に居るという事は、ある程度は近しい相手の筈だ。
部下を一人もつれておらず、私用で居たのならば尚の事。
流石にこの距離ならば、私の方が早い。小僧が大事なら、乗ると思いたい。
「・・・しょうが有りませんね」
化け物は魔力を霧散させ、剣を後ろに放り投げる。突っ込んでくることも想定して身構えていたが、動く気配がない。
どうやら、この男はあの化け物にとっては、国家間の戦争より優先するべき相手のようだ。
「素直に手放すとは予想外だ」
『ほんとにそうだな。いいのか?』
私の言葉に、化け物の後ろから亜人の女が歩いてくる。傍で様子を窺っていたが、あの女の行動を見て出てきたのだろう。
あとはあの幼児か。何処に潜んでいるのか分からないが、あれが見えないのが少し不気味だ。
「予想外とは酷い言い草ですね」
「親を見殺しにした女だ。突っ込んでくることも想定していた」
目で殺す。その言葉がまさに似合う眼で睨みつけられた。ただそれだけ。攻撃されたわけでもないのに、ただ睨まれただけで背筋が凍る気がした。
「聞かなかった事にしましょうか。でなければ打ち込んでしまいそうです」
「こちらも失言だった」
危ない。冷静な女で良かった。今のは完全に失敗だ。
あの女は過去、ウムルが勝つなどと欠片も思っていなかった国が奴の家族を攫い、人質に取ったのを見捨てた経緯がある。
そこを知っているだけに、この交渉は賭けだった。
「では」
「ああ、さら――ー」
さらばだと、転移魔術の構築をしようとした瞬間、体中に衝撃が走る。何よりも胸に、大きな衝撃が。
一体何が起きた。どこから、一体、だれが、何を。
「なめんなつったろ」
後ろで、先ほど殺したと思った小僧の声がした。ついさっきまで奴はそこに倒れていた。転移の為に視線を切ったその瞬間に後ろに転移したというのか。
あの打撃を、耐えたのか。首への攻撃を、あの一撃を耐えたというのか。本気で、殺す気で打った一撃を耐えたというのかこの小僧は。
「ぐっ・・・くっ・・・」
動かない。どうにか動かそうとするが、まるで体が動かない。指一本満足に動かせない。その上魔力まで纏まらない。
なんだ、この攻撃は。さっきからのこいつの不思議な攻撃のタネが分からない。ただの中距離攻撃では無かったのか。
「すぅーーーーーはぁーーーーーー。とりあえず、てめえは一旦寝てろ」
その声に続いた、後ろから感じた凄まじい衝撃に、私の意識は黒く染められた。
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