第319話逃がさない!

『逆螺旋剣』


逆螺旋剣を起動させ、青眼に構える。


「坊や!引いて!」


そこで俺の後ろから、ベレセーナさんが止めに入る。掴みかかってっきたりはしない辺り、近づくのが危険だとは思っているのだろう。

多分、この剣の効果が分からないからだと思う。


「坊やが強いのは解ってるわ!けどその子は別格なの!お願い引いて!」


どうにか俺とこの男を戦わせないように、俺に引くように叫ぶベレセーナさん。その理由は良く解る。





――――不意打の本気で打ち込んだのに、躱された。





阻害魔術全力で使って、目の前に転移して、剣を払いざまに仙術付きで打撃をぶち込んだ。

完全な不意打ち。俺が現れた瞬間、完全に面食らった表情だった。けど、躱された。

完全に外したわけじゃない。打点をずらされ、まともに入らなかっただけの話ではある。けど、今の完全な不意打ちをまともに当てられなかった。それも3重強化状態でだ。あいつが今動きにくそうにしているのは、仙術分のダメージが予想外だったからに過ぎない。


逆螺旋剣を手にしてる今も、こいつに踏み込めない。さっきも、二撃目の打撃を打つために踏み込もうとしたら動けなかった。踏み込む事に恐怖を感じた。そのせいで距離を取られた。

くそったれ、なんだこいつ。ハク相手の時でもこんな感覚にはならなかったぞ。


だからって、引けるわけもない。こいつは、こいつが、ベレセーナさんの自殺を手伝ったやつならば。今まさにその手にかけようとしていたならば。

絶対に引けない。どれだけこいつが怖かろうと、引くわけにはいかない。此処で引くことは、俺が俺を許さない。


「ベレセーナ様、ここは引きます」


そんな俺の覚悟をよそに、目の前の男は呼吸を整え、引くことを宣言する。だが―――


「逃がすと思っているのですか?」


奴の後ろには既にイナイが居る。珍しく剣を持ったイナイが、奴の後ろに立っている。


「・・・逃げるだけなら問題ない。勝てる気はしないがな」

「舐められたものですね」


こいつ、イナイの事をちゃんと知っている。その上で逃げ切れる自信が有るって言うのか。


『逃がすわけが無いだろう』

「・・・何処にも逃げられない」


左右から、ハクとクロトが現れるが、それでもやつは慌てる様子を見せない。それどころか、クロトをちらっと見て、そちらへ重心を傾けるのを止めた。

俺かハクの方へ来る気だ。こいつ、一発でクロトの危険性を感じ取りやがった。


「なめんなよ」

『全くだ』


ハクも察したらしく、俺と共に心情を口にする。ただ、ハクはどこか楽しそうなのが困る。


「先程の動きが本気ならば、例え転移を使えようと、相手ではない。その技工剣の危険は感じるがな」

「ああ、そうかい」


奴がこちらへ駆けてくると見せかけて、ハクの方へ走る。だがそんなことは承知だ。逃げるなら出来る限りリスクは抑える。

イナイには勝てない。クロトは危険。俺には勝てそうだが技工剣を持っている。なら、素手のハクに行くのは必然。


『よっし、来い!』


ハクは何処かの映画の主役のように手招きをして奴を迎える。カンフー映画じゃねえんだぞ。

奴はそんなハクの行動を一切意に介さず、俺とハクの間に軌道を変える。まあ、そりゃそうだ。逃げるつってんだから、わざわざ攻撃しに行くわきゃねえ。


「逃がすかよ!」


目の前に転移して、逆螺旋剣の魔力を下から軽く打ち上げる。解放状態とは違う軽い魔力刃を発生させるが、奴はあっさりと避けて、俺の横を抜け様に腹を切り付けてくる。

一点集中で障壁を張ってその剣を受け止め、一瞬止まった腕に、仙術を先に飛ばしてから腕に打撃を叩き込む。

流石の奴も予想外だったようで剣を落としたが、それでも動きを止める事は無く大きく飛びのく。


『つまらないぞー』


そこにやつの横を同じ速度で駆けていくハク。飛びのく奴の頭に、地にぶつける様に打撃を放つが、無事な腕で少し軌道をずらされ、横腹を蹴られる。だが、ハクは踏みとどまり、その足を掴む。


『捕まえた』


口から血を吐いてるように見えるんだが、大丈夫かアイツ。ハクは握りつぶさんばかりの力で奴の足を握っているのだろう。痛みでやつの表情が歪んでいるのが解る。

ハクはそのまま足を引き寄せ、体に打撃を突き入れようとする。


『ゲフっ』


だが次の瞬間、宙に舞ったのはハクの方だった。片足を取られているのに、ハクの打撃を躱したばかりか、鳩尾に蹴りを入れやがった。

そのうえ、今度はハクが踏みとどまれない打撃。やっぱこいつ、強い。


『くっそ』


地面に綺麗に着地して悔しそうに言うハク。

まともに食らった筈だが、思ったより大丈夫なようだ。おそらく攻撃としてより、距離を取るための行為だったんだろう。奴はハクを確認せず走る。

けど、無駄だ。見える距離なら、俺は転移出来る。逃がさない。


「次は、止まらない」


宣言して、またやつの目の前に現れる。それでもやつは冷静な表情を崩さない。


「のけ。次は殺す」

「のけるかよ。馬鹿野郎」


こいつを逃がしたら、次何処でくるか分からない。こいつ、阻害魔術も相当だ。イナイが傍に居ればいいが、いなければこいつの存在を見逃す可能性が有る。

かすかな違和感がずっと付きまとっている事に気が付かなければ、俺は気が付けなかっただろう。

ベレセーナさんを国元に届けても、こいつがどこかに潜む限り、安全は無い。なら、ここで捕まえるしかない。


「そうか」


呟くと、さっきまでの速度とは段違いの速さで俺に突っ込んでくる。こいつ、まだ本気で逃げてなかったのか。


「なめんな!」


ここで4重強化を使い、奴の攻撃に合わせてカウンターを入れようとするが、奴は直前で止まり、俺の攻撃を悠々と避け、完全に伸びきった状態の俺を打ち込みに来た。

やばい、躱せない。4重強化でも反応できない。

転移もこのタイミングは間に合わない。やばい、この打撃はシャレにならない。これを食らったら、まともに動けない予感がする。



こいつ、本気で強い。やられる――――。

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