第318話間に合わないと思うのですか?

「抱えずにすんで良かった」

『起こせば普通に起きたのに』

「その前に、どう考えてもこの後何かあるのに寝るなよ」

『だって話が退屈だったんだもん』


ほのぼのとした感じの会話をしながら歩く二人の後ろをついて行く。これから戦場に行く空気にはまるで見えない。

余裕なのか、呑気なのかどちらなのか測りかねる。この二人の実力を片鱗ながらも見せられた以上、ただ呑気なだけではないのだろうけど。


「お、きたきた」

『シガルー、こっちだー』


二人は全く見ていなかった方向から来るシガルちゃんとグレットちゃんに気が付き、ハクちゃんは大きく手を振って迎える。

襲撃を感知した時もそうだけど、この二人はどうやって接近を認識してるんだろうか。魔術を使っている様子もないし、不思議で仕方ない。


「タロウさん、イナイお姉ちゃんは?」

「先に車用意してるってさ」


笑顔でタロウ君の下にかけてくるシガルちゃんは、とても微笑ましい。けど、あの巨大なダバスの主人がシガルちゃんだという事は、彼女も見た目相応の実力ではないのだろう。

本当に、この出会いが偶然とは思えない。誰かに仕組まれたとしか、思えない。けど、今回はそれでよかったのかもしれない。あのままだと、とんでもない事になっていた。


『グレット、頑張れよ』


ハクちゃんがグレットちゃんに声をかけると、少し震えつつ、小さな鳴き声で返す。それを聞いて何とも言えない表情になるハクちゃん。

ハクちゃんは可愛がっているみたいだけど、どうにも上手く行ってないみたい。


「揃っていますね」


そこに音もなく現れたイナイ・ステル。何時の間に。ミューネも驚きの表情を見せていた。あの英雄譚は、完全に嘘という訳ではないという事だろうか。

どう見てもあの見た目からはそう力が有るようには見えないのだけど。


「あれ、イナイ、車は?」

「外に」

「置いて来たの?」

「大丈夫ですよ。見張りがいますから」

「そっか」


二人のその短い問答の後は一切喋らず、街の外に向かう。

身分証を出し、街を出たすぐの場所に、引く者の居ない車を警護するように立っている人たちがいた。彼らがその見張りだろうか。車は平凡なつくりだが、これに乗って移動するのだろうか。

疑問に思っていると、イナイ・ステルは何かしらの証文を取り出し、車の傍に居る者達に渡し、渡された者達は頭を下げ、その場を去っていった。やはり、彼らが見張りだったようだ。


「さ、用意をしましょうか。グレット、こちらに来なさい」


イナイ・ステルがそう言うと、キチンと車を引けるように大人しく紐に括られ、固定されるグレットちゃん。

この子はまるで人の言葉が解るかのように利口だ。ただそれは、状況を見てなんとなく良さそうな行動をしてる結果なだけかもしれないけど。

ただ、それよりもイナイ・ステルの手際が良い。貴族のお嬢様とは思えない手つきだ。流石技工士といった所だろうか。


「では、先に乗っていて下さい」


彼女は作業の手を止めずに、私達に先車に乗る様に促す。


「はい。では、失礼して、お先に」


この車は、ささやかだが階段が付けてあるので、少し上りやすい。もしかしたら小柄な本人の為かもしれないが、私のようにあまり動くことが得意ではない人間にとっては助かる。

ミューネが過保護に手を引いて来たので、素直に助けを受けておく。流石に階段が付いているのに乗れない事は無いのだけど。


暫くして準備が整ったらしく、飛ばしますよと一言私達に伝え、その宣言通りに最初から思いっきり飛ばしはじめる。

流れていく景色を見るに、相当な速さで走っている。流石あの体格なだけはある。これなら早くつけそうだ。それでも、間に合うか、怪しい所だけども。









「今日はここで野営しましょう」


森を抜け、山道を走り、高原を走り、また山道を走り、今どこにいるのか分からないけども、相当の距離を走り、日が暮れ始める前に彼女は野営を宣言した。


「早くありませんか?」

「そうでもないですよ。準備は多少明るいうちからの方が良い」

「そう、なのですか」


あの街に行く過程での野営は、もう少し遅かった。彼が強かったからこその選択だったのかもしれない。

けど、今回はあの時と違い、早く、少しでも早く辿り着きたい状況だ。このようにのんびりしていていい筈がない。

だが、彼女が止まるなら、きっともう動かす気は無いのだろう。現に、すでにグレットちゃんを固定している紐を解いている。


気持ちだけが焦る。焦ったところでどうしようもないのは解っている。彼女の余裕の雰囲気から察するに、この配分でも間に合うのだろう。

けど、それでも、行軍速度が全くわからないだけに不安しかない。もし、あの子が民を蹂躙し、この国を宣言無く責めることに成れば、それは滅びの道と殆ど同じだ。


「・・・少し、離れても構いませんか?」

「危険ですよ」


思う所が有り、イナイ・ステルに、少しこの場を離れる許可をもらおうとするが、やんわりと却下される。


「大丈夫です。そんなに離れる気はありませんし、危なくなったらちゃんと呼びますよ」

「ベレセーナ様、私が一緒に」

「ミューネ気持ちは嬉しけど、その、一人で行きたい事なの」


私は小さく身もだえするような動作をすると、ミューネはすぐに頭を下げ、慌てて下がる。


「・・・あまり離れられないようにお願いします」

「ええ、ありがとう」


礼を言い、草むらの中に入っていく。あまり奥に行くと危険なのは実際解っているので、彼女たちが私を認識できるより向こうにはいかない。

頭が少し出る程度の状態でかがみ、周囲を見渡す。誰もいるようには見えない。


「もしかして、いるのかしら」


確信は無かったし、なんとなくそう思っただけだ。けど、もしかしてと思ったからだ。そしてその答えはすぐに出た。


「ここに」


すぐそばから、声が聞こえた。あの子が信頼する、あの子にとって一番頼りになる子の声が。


「あの子を止められそう?」

「・・・わかりません」

「そう・・・」


この子が言うなら、きっとそうなんだろう。この子は下手をすれば、私より息子の事を分かっている。


「この配分で移動して、間に合いそうなの?」

「恐らく、現地の民との戦闘は避けられないかと」

「・・・そう」


どうやらイナイ・ステルは目測を間違えているようだ。このままでは犠牲が出るのは必須。

いや、彼女にとっては、彼女の国の軍が出ている以上、私達の国の民だけが被害をこうむるのはそこまで思う所は無いのかもしれない。


「現状危険なのは、ウムルのみ、という認識で間違ってないかしら」

「はい。リガラットは他国を攻めることに興味はありませんし、帝国も国土が離れている。ここに辿り着くにはウムルとやり合う気でいなければならない」

「そう。そうね。周囲を敵に回すとしても、やはり危険はウムル、か」


ウムルの国土、そして友好を持つ国、そこから導き出される軍事力。ソコさえどうにか抑えられれば、まだ何とかなる。

たとえ息子の暴挙が有ろうと、ウムルが手出しできない負い目を作れば、何とかなる。流石に息子がウムル王国の国土に手を出せば、本当に終わりだとは思うけど、そこまではやらないと信じたい。


「ねえ、私が、今ここで、彼女たちの護衛の中で死んだ場合。ウムルはどう行動するかしら」

「・・・ウムル王の行動から察するに、少なくともウムルからスィーダに攻め入る事は無くなるかと。ただ、その事実をイナイ・ステルが公開すればですが」

「きっと、するわ。彼女はそういう人間だわ。なんとなく分かるの」


なんとなくだけど、彼女はきっと事実を伝える。たとえそれで罪に問われようと、私の死を国に伝える。そう思える。

そして、今ここで、戦争を止める鍵となれる可能性が有る私が、ここで死ねば、彼女の護衛の下で死ぬような事が有れば、彼女はこの戦争にウムルが介入することに、負い目が出来ることを軍に伝えなければいけない。


「魔物の手では駄目。野生動物の手でも駄目。自害でも駄目だわこの場合」


そう、人の手で。人の道具で、この場での暗殺。それならば、この国に攻めいる名分も立つし、ウムルの介入をある程度防ぐこともできる。それならば、スィーダが滅ぶこともない。息子の暴挙も、後で他国に敵視される危険も、少しだけ薄まる。

国によっては、もしかしたら私を殺したのはウムルかもしれないと思う可能性も有るからだ。

ウムルの軍と戦う事を考えれば、その方がマシだ。後は息子が意味のない虐殺をしない事と、ウムルが息子の標的を上手く逃がすことを祈ろう。


「お願い」


彼に、頼む。酷な願いを。


「それは・・・」

「ごめんなさい。でも、このままだと、あの子は死に向かって走るわ」

「・・・申し訳ありません。ベレセーナ様」


謝りながら剣を抜く彼に、謝る方は自分だと思った。酷な願いをしているのだから。私を慕ってくれた彼に、自分の手で私を殺せと。

でも、彼にとって一番は息子の方だ。だから抜く。だから斬れる。


「元気でね」


そう呟き、目を瞑る。これで、少しは、スィーダが滅ぶ可能性は減った。息子が死ぬ可能性は減った。

その為に命を使うのは、悪くない。そう思い、死を待っていると、金属同士がぶつかり合う大きな音と、凄まじい打撃音が響いたのが聞こえた。



驚いて顔を上げると、私の後ろには、いつの間にか坊やが、タロウ君が立っていた。

その向こうには、胸を押さえつつ剣を構える彼の姿が有る。さっきの一瞬で、なにが。


「やっぱ関係者だったか。お前か、あんな事やろうとしたのは」


その声音は、驚くほど冷たかった。そしてその表情も。初めて会った時から今までに聞いて来た声と、見てきた表情が全て嘘だったのではないのかと思えるほど、冷たい声と表情。

まさか、ここまでの出来事が全て演技だったというの?彼をおびき出すために、そのためにずっと演技をしていたというの?


坊やの変貌に驚いていると、坊やは構えていた剣を収め、どこかに消し、何処からともなく、大きな武器を取り出した。

中央に大きな杭。そしてその周囲に外に開く様に付いた逆螺旋の刃。初めて見るけど、あれは多分技工剣だ。


『ギャクラセンケン』


坊やが聞いた事のない異国の言葉を呟くと、その剣は淡い光を纏う。不味い。このままではまずい。

坊やは彼とやる気だ。このままでは不味い。




――――坊やが殺される。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る