第316話話が大分違います!

「あ、あのさ、イナイ」

「なんですか、タロウ」

「あ、えーと」


なんか、こう、上手く行かなそうな気配がして来たので、流石に口を出そうと思ったら、凄いニッコリとした顔でこっちを向かれた。

うん、怖い。あれ、笑顔じゃない。絶対笑顔じゃない。思わずまた言うの躊躇っちゃったよ。


「い、イナイが、嫌だって言ってた事をやろうとしてる自覚はあるんだけど、俺はこの人、送り届けたいんだ」


少々ビビりながらイナイに伝える。少々じゃないっすわ。めっちゃびびってますわ。今日のイナイさんなんかすげー怖いですわ。


「・・・それは彼女の意志ですか?」

「え、どういう事?」


イナイが聞いて来た意味が解らず、問い返してしまう。イナイさん、少しため息ついた気がする。やっちゃったかしら。


「彼女を無事、国元に送り届けるのが、彼女の意思なのか、それともあなたの意志なのか。どちらですか?」


あー、そういう事か。

・・・俺の意志、だよなぁ。従者さんには頼まれたけど、ベレセーナさんには頼まれてないし。


「それは、俺の、意思かな」

「・・・そうですか」


イナイは俺の考えを確認すると、俺から視線を外し、ベレセーナさんに目を向ける。


「貴女の望みは?」

「私の望みは、私の死を国元に伝えていただく事です。貴女なら、ウムルの方なら可能だと知っていますので」


イナイの問いかけに答えるベレセーナさん。その内容は、あまりにも俺と従者さんの望みとは違うものだ。

従者さんは何か言いたい事が有りそうなものの、口は開かずに手を握り締めている。


「・・・遺書を、預けた相手が国元に居る。という事ですか?」

「御明察です。私の死を確認したら息子に渡すよう、伝えている相手がいます。ですが、それまでは、私の死を確認するまでは、きっと渡す事が出来ない。明確に私の死を把握するまでは、きっと」


遺書を渡せないってそういう意味なのか。でもそれならもう一つここで書いちゃったら駄目なのかね。さっきも捕まった後に一筆書けばいいって言ってた気がするし。

なんかこう、良くわからんわ。


「貴女が無事、生きて帰ればよいだけの話でしょう」

「それは・・・出来ません」

「何故」

「このままでは反乱は収まらない。収めるにはすべてを根絶やし、新しく作り直すか、反乱軍を収める程の事が起こるか。そのどちらかになります。私は民が死ぬのを良しとは思いません」

「・・・その為に死を選ぶと」

「ええ。ただ、誰も知らない所でひっそりと死ぬわけにはいかない。それじゃ意味がない。生死不明のままでも結果は同じ。ですがウムルなら、話を広める事も容易いと思います」


イナイは、先ほどまでの笑顔は潜め、無表情に近い顔でベレセーナさんを見つめる。対するベレセーナさんは笑顔のままだ。


「お断りします。貴女の自己満足に付き合う気はありません。私個人としても、ウムル王国としても」


イナイはきっぱりと断ると口にする。その表情は変わらず無表情だ。


「・・・残念です。ウムルは民の事を優先される方々と聞いていましたので」


ベレセーナさんは、笑顔は崩さないが、その顔には残念さが見える。


「ええ、もちろん。だからこそ、貴女を殺すわけにはいかない。死なせるわけにはいかない」

「・・・どういう事ですか?」


今度はそれこそ、分かり易い困惑顔を見せるベレセーナさん。イナイの言葉の意図が分からないようだ。

俺?もちろん分かって無いけど、なにか?

いや、分かろうとして無い訳じゃないんだよ。本当に分からないんだよ、許して。

誰にしてるのかわからない謝罪を心の中でしつつ、イナイの言葉に耳を傾ける。


「このままでは、この国と貴女の国の戦争に成ります。その中であなたが死んだところで、もっとややこしい事になるだけです」


何それ。こないだ言ってた時はそこまで切迫してなかったと思うんですけど。下手すればって程度の話で聞かされてたと思うんだけど、違ったっけ。


「な、何故そんな事に?」

「・・・あなたが捕まった場所が国元ならば良かった。それならば、貴女の望みも叶ったでしょう。ですがここは貴方の国元ではない。ならばあなたの情報はどこから出たのか。

普通ならばこの国の人間があなたを売ったと思うでしょうね。ここはスィーダからも離れた地であり、ウムルに近い位置にある街。何故そんな街に居るあなたを、貴女個人を、この街の様な商人以外がほぼ出入りしない街で見つけられるのか。

貴女の捕縛を先走った連中が伝えにでも行き、スィーダ王はそう判断した。その結果は国元の反乱軍討伐だけに留まらないでしょう。そして、今まさに、進軍中です」


あー、なるほど、そういう事。なるほどなるほど。うん、何だこのメンドクサイ話。収拾つくのかこれ。

従者さんも驚いてる辺り、全く聞いてない感じなのか。


「た、確かなのですか」

「我が国の諜報は、優秀かつ正確です。間違いないですよ。スィーダはこの国を、少なくともこの国の王族は皆殺しにするつもりでしょう。

貴女が自身の成す事の為に、周りを見る事をおろそかにした結果でしょうね。連絡を取る事を怠っていなければ、多少避けられたでしょうが」

「―――そんな」


目を見開いて驚くベレセーナさん。彼女の中ではそこまで大ごとになっていると思って無かったんだろう。

俺は当然思って無かった。すいません。ていうか、自分の中に入ってない情報が多すぎて、察せないです。


・・・正直、息子さんの気持ちは解らなくもない。大事な人間を手にかけられれば、感情的に動く事も、おかしなことじゃないと思う。俺はまさしくそうだし。

ただ、それによって大量の死者が出かねない上に、誤解が入っているのがいただけない。このままでは、本人も、周りも不幸になるだけだと思う。


「ベレセーナ王妃。いえ、ベレセーナ・スィーダ・エレランジェナ王妃様。その上であなたはどのような判断を?」


イナイはいるような目でベレセーナさんを見つめ、きつい口調で言い放つ。

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