第315話イナイさんが少し冷たいです!

「ただいまー」

「おかえりなさい、タロウ」


泊まっている部屋のドアを開けて中に入ると、背筋を伸ばし、凛とした立ち姿で出迎えてくれたイナイが居た。

まだドレスのままだ。さっき帰って来たばかりなのかもしれない。その辺聞いて無かったな。


「お客様ですか?」


軽く首を傾げつつ聞いてくるその動きは、バリッバリステル様モードなところを見るに、多分結構前から気が付いていたんだろう。

その証拠に、テーブルにお茶セットが用意されてるもん。いや、俺達が帰ってくるのに合わせて用意してる時も有るけどさ。カップの数がぴったりっすもん。


「えっと、街散策してたら、ちょっとあって。イナイに相談?というか、やりたい事が出来たというか」


今更になって、若干後ろめたくなり口ごもる。だってこれからやる事って、イナイが嫌だって言ってた事やるわけだからな・・・。

イナイが嫌ならやらないって言った筈だもんね、俺。こう、ね。やると決めたもののやっぱり後ろめたいよね。


「タロウ、まずはお客様を部屋に」

「あ、うん、そだね。えっと、ベレセーナさん、どうぞ中に入って下さい」


イナイに指摘され、慌てて二人に部屋に入ってもらう様に促す。そうだよ、何時まで入り口前に立たせとくんだよ。


「お邪魔いたします」


ベレセーナさんはゆったりとした礼をして、中に入り、イナイに再度礼をする。

従者さんもそれに続くが、少し後ろに控えて立ち止まる。


「どうぞこちらへ。自室ではなく、旅の宿故、たいしたお持て成しは出来ませんが」

「お気遣いありがとうございます」


イナイの誘導に従い、笑顔でテーブルに着くベレセーナさん。イナイはそれを見届け、彼女にお茶を出す。

あ、従者さんはベレセーナさんの後ろで立ってます。


「タロウ、何時までそこに立っているつもりですか?」

「え」

「早く貴方も座りなさい。シガル達が座れないでしょう」

「あ、はい、ごめん」


んー、打ち合わせなしだと、どうにもこの完全ステル様モードに戸惑う。いや、今回はむしろ、戸惑うのはイナイの方で、俺が狼狽えてるっておかしいんだけどさ。

まあいいや、とりあえず座ろ。

皆でテーブルを囲み、お茶がいきわたると、イナイが口を開く。


「それで、御用件は何でしょう。ベレセーナ王妃」


知ってたー!この人ベレセーナさん知ってたー!

え、もしかして知り合いだったりするの、この二人。もしそうなら話が早いんだけど。

つーか、やっぱ王妃様か。いやまあ、あそこでの会話で、多分そうなんだろうなとは思ってたけどさ。


「やはり貴女は、あの『イナイ・ステル』様なのですね」


あれ、ベレセーナさんはイナイのこと知らないのか。いや、名前だけ知ってるってとこなのかな。


「はい。私の名はイナイ・ウルズエス・ステルです」

「想像より、随分お若いので驚きました」

「見た目だけです。中身はそこそこに年ですよ」

「御冗談を」


笑顔で語る二人。でも何となく、張り付けた笑顔だなーってのは分かる。だってイナイはもとより、ベレセーナさんも、家でしてた笑顔とは全く違うもん。


「・・・失礼でなければ、いくつか質問させて頂いてよろしいですか?」

「私に応えられることであれば」


ベレセーナさんがイナイに問うと、応えられる範囲ならいいと答えた。つまり、応えたくない事は答えないという事だと思う。

うーん、大丈夫かな。やっぱり嫌な感じなのかな。なんとなく、俺が何したいのか解ってるっぽい気がするんだけどな。


「何故私の事を?」

「近隣で内乱を始めた国の王族の名ぐらい、当然知っております」


まあ、そりゃそうか。イナイは王様とかと話す立場だし、そういう話知っててもおかしくないよな。

というか、それはつまり、俺がさっきこの人を呼んだ名前で判断したって事か。よく聞いてるわ。

いや、それ以外にも、この人の所作とかからも判断したのかもしれないけど。


「では、そちらの彼との関係は、訊ねても?」

「彼は私の婚約者です」


イナイの答えに、ベレセーナさんは少し驚いたそぶりを見せ、こちらを見るが、直ぐに佇まいを直し、イナイに向き直る。


「なる・・・ほど。今回の出会い、あまりに上手く行きすぎてると思いましたが、ウムルが一枚かんでいるのですか」


・・・はい?

えっと、うん?どういう事?

ベレセーナさんは何を勘違いしたのかわかんないけど、今回の件にウムルが絡んでるって思ってるのかな?


「いいえ、そのような事実はありませんよ。望まれない限り、深い交友も無い他国の反乱に関わろうとはしません。今回のこの出会いは、完全な偶然です」

「・・・それを信じろと?」

「信じて頂けないなら、別にそれでも構いません。ただ私は、別に貴女がどう思おうと、どう行動しようと、どうでも良い事」


お茶を飲みながら、ゆったりと、けど確かに突き放すように言うイナイ。

なんだろ、なんか今日はえらくきつめだな、イナイ。


「そうですか。なるほど。貴女に協力をお願いしたく思いますが、その様子では叶わないという事でしょうか」

「さあ、どうでしょう。私はまだ、貴女の望みを聞いていませんので」


二人とも笑顔なのに、なんかこう、睨みあいしてるような雰囲気が有る。うん、辛い。この空間に居るの辛い。

いや、俺が連れて来たからなんだけどさ。俺が悪いんだけどさ。


ただ、それにしてもイナイがえらく態度が冷たい気がする。それがちょっと不思議だ。うーん、俺この状態のイナイにお願いするのか。どうしよう。怖い。少し泣きそう。

でもやるって決めたしな。このままほっておきたくないしな。もしイナイが嫌って言ったら思いっきり頭下げて、俺一人でやってくるとしようかな・・・。

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