第311話そんな事はさせません!

「貴方達は、その上で、どう判断するの?」


ベレセーナさんがそう言うと、男たちは皆、困惑した表情で顔を見合わせ、どうするのかを話し合う。

ぶっちゃけ、どうするも何も、こいつらが人を襲うつもりだった事は確かなので、そこはどうしようもないのでは、とか思ってるんですけど。

まあ、何か考えが有るのかもしれないけど。




・・・正直そんな事どうでも良いんだけどね。




俺はそんな事、どうでも良い。心底どうでも良い。革命の為か、反乱の為か、何か知らんけど、力のない優しいこの人を襲って何かを成そうという連中に優しさを向ける気は起きないから。

俺の興味はそっちにはない。有るのはただ、この人の意志の在り方だ。

この人はいい人だ。優しい人だ。思わず守りたいと思うような人だ。




―――けど、この人は自ら死を選んでいる。




気に食わない。うん、思いっきり気に食わない。俺の頭がよっぽど馬鹿で、何かの勘違いならいい。けど、聞こえてきた話は完全にそういう事だろう。

訓練は馬鹿に出来ない物で、セルエスさんの訓練と、リンさん、アロネスさんの訓練わるふざけの賜物で、全部話は聞こえていた。


この人は、この人なりに、覚悟が有って、意味が有って、その死を選ぶんだろうさ。きっと世間的にも意味が有るんだろうさ。

けど、気に食わない。死んだらその人はそこで終わりだ。人の記憶に残ると言っていいのは、どうしても人生を全うできなかった人間か、人生を全うしきった人間に対してだけの話だと思ってる。

どんなに辛くても、どんなに悲しくても、どんなに嫌でも、生きてこそ、何かを出来るんじゃないのか。自ら死を選ぶのは、そうまでして耐えられない何かから逃げることは、生き抜くよりも辛いのか?生き抜くその先に答えを求めちゃダメなのか!?


「タロウさん、大丈夫?」


その声にはっとして、振り向くと、シガルがとても心配そうな顔をしていた。


「ん、どしたのシガル」

「・・・今、凄い怖い顔してたよ。どうしたの?」

「あー、うん、ごめん、大丈夫」

「・・・無理しちゃだめだよ?」


心配してくれるシガルの頭を優しくなで、笑顔で返す。無理はしないさ。ただ、思い出していただけ。俺の記憶の中で、一番と二番目に嫌な事を。

1番目はあの地獄の様な光景。あの街の、死の溢れかえった、まだ生きたかったであろう人達が蹂躙されたあの街。

2番目は、くそ親父。奴が選んだ選択は、未だに意味が解らない。俺は、俺がやつを許せる日が来るとは思えない。


だから、決めた。俺は、俺の我儘を通す。シガルやイナイに迷惑をかけるのは間違いないので、頭下げないとな。

守る。この人が、自らの死を諦めるよう。きっと迷惑だと思われるだろう。この人にとっては俺の行為は只の邪魔だろう。

けど、やらせない。だってこの人の死を望まない人がいて、きっとほかにも望まない人がいる筈だ。だから、させない。やらせない。

自ら死を選ぶことなんて、絶対にやらせない。


決めたなら、従者さんと話をしなきゃ。何処に連れて行けば安全かを聞こう。


「あの、少しいいですか?」

「・・・なんでしょう」


従者さんに声をかけると、表面上は静かな物の、明らかに先ほどを引きずっている気配の有る声音で返事が帰ってくる。なんか申し訳ないけど、続けさせてもらいます。


「あの人、どこまで連れて行けば安全ですか?」

「――!」


俺の意図を読み取ったらしき従者さんは、男たちと少し会話をしているベレセーナさんをちらりと見て、小声でこちらに話しかける。


「あの方の息子である、ベルウィネック様の下まで連れ行き、事情を伝えれば」

「それはつまり、手引きした人間の事も含めて?」

「・・・はい」


俺が確認をすると、歯を食いしばりながら答える従者さん。やはり、相当怒っている。

俺は、その怒りは当然だと思う。信じていた者に裏切られたようなもんだ。怒りが出ないわけが無い。

身内に、大事な人間の死を手引きされるとか、普通なら考えたくもない。


「誰が、誰がやったのか、はっきりさせないと、いけません」


両の手にも力を込めながら、ベレセーナさんを見つめて、呟くように言う彼女からは、俺と同じ気持ちを感じた。

彼女の怒りは、単純に怒りだけじゃないだろう。辛さと悲しみの混ざった怒りだ。やりきれない想いの詰まった怒りだ。


「その点は、協力できないかもしれませんけど、でも、無事に送り届けるまでなら」


そこをはっきりさせるのは、この人達の仕事だろうし、身内の話に突っ込んでこられても困るだろう。他人には踏み込まれたくない事も有るだろうし。そもそもそう言うややこしい事に俺が手を貸したら、逆に迷惑になる気しかしない。

俺は、今の俺が出来ることを、彼女に告げる。彼女に迷惑のかからないと思う範囲で。


「いえ、十分です。むしろ、十分すぎる。貴方が、貴方達が手を貸してくれるなら、絶対に連れて帰る事が出来ます」


そこでやっと、少しだけ笑顔を見せる彼女に、本当にあの人が大事なんだなと思え、俺も少しだけ笑顔になる。

そうだ。そうだよ。あの人に死んでほしくないと思っている人がいる。想っている人がいる。大事だと思う人が居るんだ。

なら、生きる意味が有る。生き抜く意味がる。絶対に、死なせない。


「出来る限りを、頑張ります」


視界の端に、シガルがものすっごく優しい顔してこっち見つめてるのを確認しながら、それに感謝しつつ、彼女に再度、協力を告げる。

とりあえず、イナイの下に彼女たち連れてった方が良いな。

・・・ほんと毎回迷惑ばっかかけてるな。

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