第306話美味しい昼食です!

「どうかしら、お口に合うと良いのだけれど」


ベレセーナさんはそう言って、器に食事を盛って、俺達の前に置く。とはいっても、盛っただけで、作ったのは従者の女性である。

野菜スープと、お肉の香草焼きだ。なんの肉かは知らないけど、豚肉みたいな感じの肉だ。脂身じゃないとこの豚肉っぽい。


「どうぞ、お召し上がりください」


従者さんは一歩引いた位置で俺達に告げ、クロトを見つめている。

声音は最初の方に近い感じで落ち着いているが、明らかに顔がにやけている。


「どうぞ、食べてあげて」


ベレセーナさんが皆に食事を行きわたらせた後に、グレットの前にてんこ盛りな野菜盛りを置く。

しまった、そうだよな、草食の方だと思ってんだよな。そいつ肉食なんですよ。


「あ、その、そいつ」


俺が、その事実を伝えようと、若干口ごもりながら言おうとすると、グレットはもっしゃもっしゃと野菜を食べ始めた。


「・・・え?」


え、何この光景。こいつ肉食でしょ?

何で当たり前に野菜もっしゃもっしゃ食ってんの?

もしかして雑食だったの?


「あらー、良い食べっぷり」


ニコニコしながらグレットの食事を眺めるベレセーナさん。それに応えるようにひと鳴きして、また野菜を食べ始めるグレット。

普通に美味そうに食ってんな。もしかして狂暴な個体が多いから肉食と思われてただけで、雑食なのかな?

シガルの方を向くと、シガルも首を振る。どうやらシガルも驚いてるっぽい。


「これだけ大きいと、食費も中々かかりそうですね」


従者のお姉さんも、流石にグレットに目を向けて言う。まあ、直ぐにクロトに視線が戻ったけど。


「ほら、貴方達も、どーぞ」

「あ、はい、じゃあお言葉に甘えて」


俺はいつも通り、手を合わせて食事を始める。最近はシガルとクロトも一緒にやるようになったので、三人で。

とはいえ、日本語で言うのは俺だけなんだが。


「あらあら、珍しい作法ね。初めて見たわ」

「確かに珍しいですね。祈りを捧げている風でも在りませんし」


ある意味、感謝の祈りでは有るのだが。作ってくれた人や食材への感謝なので、宗教なんかで有る、長い祈りでの感謝はしないな。

とはいえ、それも定説じゃ無いんだっけか。まあ俺は、作ってくれた人への感謝を込めてやってる。


「俺の国の作法ですかね」

「へえ、遠くからいらしたの?」

「ええ、ちょっと遠くから」

「お嬢ちゃん達も?」

「ううん、あたし達はウムルからだよ」

「あら、同じ国じゃないのね」


あ、しまった。よく考えたら、俺の身分証はウムル王国だし、あんまり違う国の人間っていうの良くないかな。

・・・まあ、今更か。そもそもウムルって多国籍の人間が集まった国みたいな感じだし、大丈夫だろ。


「ウムル王国から、来られたのですか」


小さく、聞き逃しそうな小さな声で、けど確かに、緊張感の籠った声で従者さんが呟いたのが聞こえた。

そこに、先ほどまでのにやけ顔は無かった。


「どうか、しました?」

「あ、いえ、すみません、何でもないです。お気になさらず」


俺に尋ねられ、はっとして慌てて謝る従者さん。ウムルに何か思う所がある人なのかな。

もしかしてこの人、人族じゃないのかもしれない。ガラバウみたいに、ウムルに何か思う所のある人なのかも。

聞かれたくなさそうな感じだし、止めとくか。初対面の人間にずかずか入り込まれたくは無いだろう。


「・・・美味しい」

「本当ですか!?おかわり要りますか!!?」


クロトがしゃべった瞬間、元に戻ったから、たいした事無いのかもしれないけど。凄いなこの人。

因みにハクさんは全てを無視してがっつり食ってます。ぶれないなこいつ。








『美味かった!』

「うん、美味しかったね」


ハクとシガルが満足げに言うと、従者さんもベレセーナさんも嬉しそうに微笑む。

ただ俺は、一つ気になった事がある。


「凄く美味しかったんですけど、あの野菜スープ、多分ですけど、結構前から仕込んでんじゃ」


明らかに即席で作った味では無かった。長時間色々煮込んだ果てに出来る類のスープだった。勿論美味かった。

ただ、それだけに、そんな手の込んだものを作っていたという事は、振る舞う相手がいたのではと、気になった。


「ええ、仕込みはそれなりにかかっていますが、どのみちいつか食べる物です。たまたま今日一気に使い切った、というだけの話ですよ」


笑顔で言う従者さん。やっぱ結構手間かかってるやつだったみたいだ。


「それにクロト君の笑顔が見れるなら十分出す価値が有ります!!」


一層笑顔でクロトを見つめながら言う。

・・・本人が満足ならいいか。俺には変わらずぽやっとした顔にしか見えんけど。


『で、どうするんだ、タロウ』


話の区切りがついたと判断したらしいハクが、唐突に聞いて来た。いや、実際は唐突でもない。随分前から俺も気になっていた。

ただ、ハクが気が付いてるとは思って無かったけど。


「気が付いてたのか」

『当たり前だろう』


いつもながら、ハクはどうやって気が付くんだろう。俺と同じように魔術を使ってる様子も無いんだけどなぁ。野生の勘的な物かな。


「何の事かしら?」


ベレセーナさんが不思議そうに言う。そこに何か嘘を言って居る風には感じない。

てことは、あれはこの人達の仕業じゃないって事で良いかな。


「どう思う、シガル」

「え、なに、ごめん、二人とも何の話してるの?」


うーん、まあ、シガルは気が付いて無いよな。探知常に使ってる訳でもないし、当然か。


「まあ、そりゃそうか。クロトは気が付いてる?」

「・・・一応」


クロトも気が付いてるのか。ハクといいクロトといい、俺達とは違う感覚を持ってるみたいだな。


「あの、先程から一体、何の話をされているのですか?」


従者さんが訝し気に聞いてくる。うーん、この表情を嘘とは思いたくないなぁ。そもそもベレセーナさんがあの場に居て、偶々会った事を仕込みとは考えたくないな。ご飯美味しかったし。

・・・伝えてみるか。


「囲まれてます。多分」


少し前から、この家を囲むように伏せている連中がいる。最初は気のせいかと思ったが、じわじわと距離を等間隔で詰めているあたり、間違いない。

なにより、ハクとクロトが気が付いたという事が、害意が有るという事だと思う。


「―――まさか」


従者さんは少し驚いた様子を見せつつも、顔を動かさず、目だけで外を見る。その先には伏せている人間が居るが、目で見える位置に居るのかは、俺には分からない。

俺は魔術で位置を把握しているだけで、目で見てないからね。


「こうなった、か。やっぱりそうするわよねぇ」


ベレセーナさんがノンビリと呟く。もしかして、この事態を予想してたんだろうか。

囲まれてると知ってもかなり落ち着いているが、何か策が有るんだろうか。とてもじゃないが、この人が戦えるとは思えないんだが。


「知ってる相手ですか?」

「うーん、知らない人だとは思うけど、どういう手合いかは知ってる、かしら」


えっと、どっかの組織的なとこが襲ってきた感じかね。この人もしかしてどこかの要人なんだろうか。

ぽやーっとしたおばさんにしか見えないが、従者がいるって事を考えると、それなりの立場の人なのかもしれない。

ただのお手伝いさんの可能性も多大に有ると思うけどね。


「御免なさいね、巻き添えにしちゃいそうだから、もう帰ってもらうしかないわね」

「ベレセーナ様!?」


俺達を帰そうとするベレセーナさんの言葉に驚く従者さん。俺も少し驚いた。助けを求めるとかしないのか。


「だってそうでしょ。関係ない子たちを巻き込むわけにはいかないわよ」

「それは・・そうかも、しれませんが。彼らがいる間は、襲ってこないかもしれません」

「だめよ。襲ってくるかもしれない。そっちを優先しなきゃ」

「ですが!」

「大丈夫よ。いざとなったら、私一人で行ってくるから。ね?」

「駄目です!絶対に駄目です!!」


どうやら、やはりこの人達が俺達を嵌めたとか、そういう事ではなさそうだ。

従者さんの反応から察するに、敵対している何かが襲ってきた、という所なんだろうけど、いかんせん事情が判らないな。

ただ、この人は悪い人じゃないのは分かる。その状況で、俺達を逃がすことを優先してるんだから。


「貴女の気持ちは嬉しいわ。けど、ダメよ。それに、こんなおばさんの身一つじゃ、何もできやしないわよ。あの子にも、気にしちゃダメって伝えてくれれば、それでいいのよ」

「だ、ダメです!お願いです、そんな悲しい事を言わないで下さい!」

「いいのよ。あそこまで傍観するなら、最後まで傍観を決めなかったあの子の落ち度だわ。こうなるのは当然だし、それを危惧するなら、私を逃がすべきじゃなかった。そしてあの子の落ち度は、育てた親の落ち度だわ」

「で、ですがそれでは」


何やら込み入った会話を続ける二人。その間に周囲の連中はじりじりと距離を詰めている。

中の様子を窺いつつ、といった感じだが、このままだと俺達ごと襲ってきそうな勢いだな。


「あのー、すみません、ちょっといいですか?」


とりあえず、二人の悲壮感溢れる雰囲気に水を差すのも申し訳ないが、こっちの判断も話さねば。


「あ、御免なさいね、ちゃんと見送るから」

「あー、いや、違うんです。その、加勢しましょうかと思って」

「え?」

「頼めるのですか!?」


俺の言葉に、凄まじく不可解な物を見る目で見つめるベレセーナさん。だが、従者さんは迷わず食いついた。


「え、ええ」

「ありがとうございます。隠れた敵の接近に容易く気が付くその力量、お貸しいただきたい」

「ちょ、ちょっと」

「そちらの方々も、お願いできますか?」


俺が狼狽え気味に了承すると、ガンガン来る従者さん。ベレセーナさんが止めるのも聞かずに話を進める。


「あ、はい、タロウさんがそうするなら」

『シガルとタロウがやるなら』

「・・・お父さんとお母さんがやるなら」


皆、俺がやるならやるそうだ。なら決まりだ。手を貸そう。


「では、皆で手伝います」

「そんな、だめよ!それにあなた達、武器も何もないじゃない!」


手を貸すという俺達を、拒むベレセーナさん。まあ、丸腰の見た目子供集団だし、当然だよな。


「大丈夫ですよ。グレットも居ますから」


俺がそう言うと、呼んだ?って顔でこちらを向くグレット。呼んだけど呼んでないです。もうちょっと待ってね。

俺達が戦うというより、グレットを使うと言った方が安心するだろう。


「でも、危ないわ」


心底心配そうな顔で言うベレセーナさんを見て、尚の事、ほっとけないと思う。

だってこの人は、さっきの言葉から察するに、自分の身を差し出すつもりなんだから。そんな状況なのに、俺達に助けを求める事をしないのだから。


「大丈夫です。ちゃんと、守ります」

「・・・坊や?」


守る。この人は守る。相手の目的が何で、どういう相手か知らないが、こんな優しい人を襲う輩をそのままにする気もない。

時間をかけて、あまり騒ぎになっても面倒だ。とっとと済ませてしまおう。こっちにはハクもクロトもいるし、問題ないだろう。

さて、全員捕らえて、どういうつもりか聞いてみるか。

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