第305話送り届けます!

「あそこが今使ってるお家なの」


おばさんが指差す方向に目を向けると、そこそこ大きな庭付き一戸建てが有った。

ここに来るまでも、ちょっと大きい家が多かったけど、もしかしたら富裕層の住む土地なのかな?


「今使ってる、なの?本当の家はここじゃないの?」


シガルがおばさんに問う。ここ別荘とかなの?

お金持ちさんか、貴族だったりするんだろうか。けど、この人からは貴族貴族した感じはしない。


「ええ、本当は別の国出身で、ここには事情が有って仮住まいなの」

「ふーん」


事情か。内容を言わない辺り、あんまり詳しくは言いたくないんだろう。

シガルもそれ以上突っ込む事は無く、グレットを誘導していく。


「この子も庭に入っていい?」

「勿論。なんならお家に入ってくれてもいいわよ?」


おばさんがグレットを撫でながら言うが、流石にちょっと迷惑ではなかろうか。一部屋普通に埋まるよ、こいつ入れると。

とりあえず家の門を開け、庭の中に入ると、家の中から誰かが飛び出してきた。


「ベレセーナ様!どこに行ってたんですか!」


飛び出してきたのは女性だった。

慌てた様子でグレットの前まで走ってくるが、グレットがぐるると唸ると、手前で急ブレーキをかけて止まる。


「あらあら、大丈夫よ。うちの者だからねー」


おばさんは特に慌てた様子もなく、グレットを撫でる。グレットはそうなの?と言った様子でおばさんを見た後に、降りれるように伏せる。

こいつ賢過ぎないっすかね。完全に言葉理解してるレベルの反応っすよね。


「あ、あの、ベレセーナ様、この方達は。それに私が居ない間に、何処に居られたのですか」


どうやら、お家のお手伝いさんか何かなのか、シンプルなパンツルックのお姉さんが、狼狽えつつおばさんに聞く。ベレセーナって名前なんだ。

しかしこの国もそうみたいだけど、スカート姿の従者って少ないな。この大陸って女性従者は全体的にパンツルックなのかな。

いや、スカート姿が見たいとか、そういう事じゃないけどさ。


「あらあら、ごめんなさい。心配かけちゃったかしら。ちょっとお買い物に行ってたのよ。この子達は私が困ってるのを助けてくれたのよ」


そう言って、俺達が持っている荷物を指さして、ちょっと張り切りすぎちゃったわーとニコニコ笑う。

なんて言うか、どこか緩いなこの人。こういう人割と好きな方だけど、周りにいる人は大変なんだよ。

お前が言うなって言われそうだけどな!


「そうでしたか」


女性はベレセーナさんの言葉に頷くと、こちらに向き直り、片手を胸に置いて礼をする。


「この度は我が主人を助けて下さったこと、感謝いたします」


ああ、やっぱり、お手伝いさんか何かなのかな。ただ、佇まいから何かしらの武術をやっている気配は感じたので、単に家事の手伝いではなさそうだ。


「ああ、いえ、ただ荷物持ちしただけですし、そんなたいそうな事をした訳では」


ていうか、ベレセーナさんも、お手伝いさんが居るなら手伝ってもらえばよかったのに。何で一人で行ったんだ。


「いえ、主人が出会ったのが貴方達で良かったと思います。もし暴漢にでも襲われていたらと思うと」


彼女は目を細めるどころか、眉間に皺を寄せながら凄い形相で言う。なんだろう、過去にそういった事でも有ったんだろうか。

それなら尚の事、この人の緩さは不思議に感じる。


「その時は、その時よ。しょうがないもの。そういうものよ」

「そんな、ベレセーナ様」

「いいのよ。ごめんね、心配かけて。もうしないわ」

「・・・分かりました」


なにやら主従でしか分からない事情で会話された模様。とても置いてきぼり感が有るが、なんか空気が口をはさめない感じである。

まあ、無事家まで送り届けたし、俺達は街散策に戻ろうかな。


「まあ、無事送り届けれてよかったです。じゃあ、俺達はこれで」

「え?」

「え?」


荷物を家の入り口そばで降ろすと、頭を下げて去る旨を伝える。すると主従共に驚いた声を上げる。

俺なんか変な事した?


「あ、あの、お礼がまだなのですが」

「そうよ、まだ何もしてないわよ?」


そう言われても、別にお礼してほしくてした訳じゃ無いしなぁ。相手がお金持ちだったからふんだくれるかも的な思考も無いし。


「別にお礼は、特に。単にほっとけなかっただけですし。ね?」

「あはは、そうだね」


シガルに向いて言うと、笑いながら答えるシガル。ハクはなんか飽きたのか、グレットに寄りかかってボケっとしている。

あれ、クロトが居ない。


「あれ、クロトは?」


振り向きざまの視界に、クロトが居ない事に気が付く。シガルも慌てて回りを見渡すが、姿が見えない。


「・・・いるよ?」


グレットの陰からひょっこりと顔を出すクロト。完全に隠れてて分からんかった。焦ったー。

何時からいなくなったのかと思ったよ。迷子だったら探知きかないから走り回る所だった。


「か、可愛い・・・!!」

「は?」


いきなり声を上げた女性に向き直ると、その視線は完全にクロトをガン見している。


「あ、あの、この子も、お手伝いに?」


俺の方を向きながら、先ほどの落ち着いた声音と違い、早口で聞いてくる。

クロトも荷物拾いも、荷物持ちも手伝った。黒を使ってないので、普通の子供レベルの手伝いだけど。


「え、ええ。そうですけど」

「そうですか!では、これは絶対にお礼をしなくては!いいですよね!?」


クロトの手を取り、ベレセーナさんに顔を向けて言う女性に、少し狼狽える。うん、なんだろう、この人子供好きなんだろうか。

クロト自身は首を傾げながら女性を見ている。表情は相変わらずなので今一判んないけど。


「あらあら、そうね。でもそれは皆さんにね?」

「はい、勿論です!」


ベレセーナさんは特に驚いた様子もなく、落ち着いて答える。うん、なんか、普段の光景なんだな、あの反応から察するに。

一歩間違えた、犯罪的思考から来る行動で無い事を祈る。その子無茶苦茶強いんで危ないっすよ。


「そうだ、貴方達、お昼は食べたの?」

「いえ、まだ食べてませんけど」

「じゃあ、お昼をご馳走いたします!今から作ってまいりますね!!」


女性はそう叫ぶと、食材の入った袋を抱え、ダッシュで家に入っていった。家人置き去りなんだが良いのかそれで。

置き去りにされた方はニコニコしてっけどさ。


「あらあら、しょうがないわねぇ。御免なさいね。あの子、これぐらいの子が大好きなのよ」

「そ、そうですか」


やっぱり思った通り、普段の光景らしい。大丈夫なのかなー、あの人。


「もし良かったら、というつもりだったのだけど、御免なさい。ご迷惑かしら?」

「あー、いえ、その、大丈夫です」


なんかこう、勢いに負けた感が凄いするけど、まあ良いか。

ベレセーナさんの誘いに、皆でそのまま素直に付いて行く。


「・・・どうしましょ、入れないわねぇ」


ただ振り向いて、グレットが入れない事を悩みながら庭の方に回り、おもむろにでかい窓を外し始めた。


「あ、あの、何を」

「ちょっと待ってねー、窓を外せば入れると思うからね」

「そ、そこまでしなくても、外で待ちますよ?」

「だめよー。ここまで乗せてもらったから、この子にもお礼しなくちゃ」


遠慮する俺を気にせず、窓を二つ外し、横に立てかける。


「ほら、これで入れるでしょ?」


グレットを撫でながら、にこやかに話しかける。グレットはどこか嬉しそうに鳴き、そのまま部屋に入って、はしっこに寝転がる。

こいつはこいつで気を使ったのだろうか。


「ほら、皆もどうぞー」


ベレセーナさんは、クロトの手を引きながら、そのまま家に入って行く。


「ゆったりしながら、押しが強いおばちゃんだね」

「だねぇ」


シガルの言葉に頷きながら、俺達も家に入る。なんか、不思議な人だなぁ。

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