第300話凄い宿です!

イナイの笑顔に若干不安になりながら中に入ると、予想外に中は高級ホテル感がする内装で、とても綺麗だった。

骨組みも、なかなかしっかり作ってあるのが見て取れるのだが、いかんせん木で作ってるのか、それ以外で作ってるのか、見ただけでは良く解らない。

壁も柱も天井も、何か、コンクリではないのだが、それの様な物で覆われているからだ。基本が黒基調なのが少し圧迫感が有る。


そして、違う方向に不安になってきた。これ、むっちゃ高いんじゃないのか。

その辺に置いてある椅子一つとっても、すげえ高そう。いやまあ、よっぽどじゃない限り、払えない事は無いと思うけど。

シガルを見ると、同じような思考なのか、少し落ち着きがない。ハクとクロトはあんまり変わらず、いつも通りだ。


「あんまりキョロキョロしてねーで、受付に行くぞー」


イナイが苦笑しながら俺達に告げ、俺達は慌ててその後について行く。今までも、少しお高そうな宿には泊まったが、今回ダントツで高そう。

一般人感覚の自分には、場違い感が半端ない。ここに泊まるのかぁ・・・。


「すみません、部屋を取りたいでのですが、よろしいですか?」


イナイがステル様モードに移行し、受付に話しかける。いつもながら惚れ惚れする切り替えの良さだ。

受付の男性は、軽く頭を下げると、口を開く。


「誠に申し訳ありませんが、当館は、完全予約制となっておりまして、本日直ぐに、とは・・・」

「そうですか、それは残念です。宿の所有者の方には、予約など要らないので、何時でもと言われていたのですが、私の思い違いのようです。申し訳ありません。違う宿を探しに行きます。失礼しました」


イナイが受付の男性の言葉に答え、ぺこりと頭を下げると踵を返す。

受付の男性は、イナイの言葉に不思議そうな顔で見送るが、近くにいた女性の従業員が、数人の従業員を連れて慌てて駆け寄ってきた。


「ステル様!お待ちください!」


どうやらその女性はイナイを知ってるようだ。というか、その周りの人もそんな感じだな。


「あら、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「はい、ステル様。お久しぶりです。今日は当館へお泊りに?」

「そのつもりだったのですが、どうやらダメだったようで」

「そんなわけが有りません!ステル様なら予約などいりません!どうぞ、泊っていって下さい!何日でも構いません!宿代も結構です!」


イナイが泊れないようだという旨を伝えると、力強く否定し、宿代すらいらないと答える女性。

この人、結構偉い人なのかな。ぱっとみ結構若いんだけど。


「泊めて頂けるなら、宿代はちゃんと払いますよ」

「そんな、ステル様から宿代を取るなんて、それこそ私達が甘えるようなものです!どうか、無料でお泊り下さい!」


イナイの手を取って、鼻息荒く言う女性。なんだろう、イナイこの人に何したんだろう。凄く感謝されてる感がする。

しかし無料って。驚いて受付の男性が目を見開いてるよ?


「ですが、そのような事、貴女が独断で決めてもよろしいのですか?」

「今は責任者は不在で、私が仮責任者です。誰にも文句は言わせません。もちろん責任者が帰ってきても、同じことを言うでしょう。貴方をこのまま帰すのも、宿代を払わせるのも、当館の従業員として、責任者として、恥ずべき行為だと」


絶対に帰さないぞ、という力の籠った眼をしながらイナイに告げる女性。この人責任者なのか。いやま、仮みたいだけど。

それでも若く見えるのに、偉い人なんだな。


「それではお言葉に甘えて」

「はい!!」


イナイがニッコリと笑って言うと、女性は物凄く嬉しそうに笑って返事をする。すげえ嬉しそう。

そこで、こちらを見て、イナイにもう一度向き直る。


「後ろの方々はお連れ様ですか?」

「ええ、私の婚約者と、家族です」

「そ、そうですか!それはおめでとうございます!」

「ありがとうございます。見ての通り、大人数なのですが、よろしいですか?」

「はい、勿論。ですがその、大きな子は、流石に部屋には・・・」

「大丈夫です。もちろん分かっておりますよ」

「申し訳ありません。その子も一番良い所に入れておきますので」


どうやら、グレットも部屋に連れて行くことは出来ないようだ。まあ元々そんな話だったし、そこはしょうがない。

そもそもグレット部屋に入れたら、間違いなく狭いからな。


「では、お部屋へご案内いたします。そこのあなた、あの子を専用の宿舎へ。くれぐれも丁重に」

「は、はい!」


傍に居た、他の従業員にグレットを連れて行くように伝え、従業員はグレットに近づくが、その図体のでかさに少し怯んでいる。

これは、ちょっと、付き合ったほうが良いかな。


「おれ、一緒に付いて行くよ」

「あ、あたしも一緒に行く」

『私も行く』


嫌がって暴れるとか、今のこいつはしないと思うけど、万が一が有るし。俺も元の世界の能力のままだったら、こいつの図体は少し怖いし。

いやまあ、樹海で慣れちゃったせいも有るんだけどね。もっととんでもないのうようよいたからな、あそこ。

何であんな魔境みたいな森が有るんだ。そして何でそのそばに村や町が有るんだ。意味わからん。今ならそう思える。まあ、何かしらの理由は有るんだろうけどさ。


「では、私は部屋を確認して、迎えに行きます」

「・・・ぼくも、ついていく」


イナイはとりあえず部屋を取ってから、俺達を連れてってくれるらしい。クロトはイナイと一緒か。

グレットが案外懐いてるし、付いて来るかと思ったんだけど。


「では、ご案内いたします」


責任者の女性は深々と頭を下げた後、受付横の扉を開いてイナイ達を誘導し、歩いて行った。

奥に階段が有るのかな?


・・・今更だけど、この宿、2、30階層は間違いなく有るんだけど、階段で上るの?

いや、俺は別にそれでも構わないけど、最上階とか結構辛いと思うんだ。まさかエレベーターとか無いだろうし。


・・・無いよね?もしかしてあるの?

ま、まあ後で判るか。とりあえず今はグレットを連れて行こう。従業員さんに案内されながら、グレットを泊める宿舎に向かう。







「あのー、ちょっと聞いていいですか?」

「はい、何でしょう」


移動中に少し気になったところを聞いてみる。


「イナイがすごく歓迎されてるみたいなんですけど、何か理由が有るんですか?」

「お聞きになられていないのですか?」

「ええ、全く」

「そうですか。この宿を作られたのがあの方なんです。元々この場所に有った宿はあまり大きな物ではなく、あの方、正確にはあの方とその部下の方々が建てたものなんです」


・・・あの人本当に何でも作るな。この建物イナイが作った物かよ。そりゃ俺の疑問に笑って応えるわ。

つーか、なんでそんな事になった。その経緯が訳わからん。


「何でそんな事に・・・」

「ステル様が泊られていた時に、ちょっとした事件が有りまして。その際に宿が半壊しまして・・・」

「ああ、なるほど、その場にいたイナイ達が張り切って直したと」

「ええ、それも工賃はかなりの格安なうえ、凄まじい早さでした。あんなに早く建物が出来るのを見たのは、後にも先にも一度だけです。完全な建て直しでしたけど」


ああ、何か分かる気がする。多分その時にいた人達って、あの飛行船の時の人達だろうな。

技工士って仕事の幅がほんと広いな。なんでもありだわ。

まあ、そういう理由なら、イナイが大歓迎されるのは理解できる。


「今から行く宿舎の方もですか?」

「ええ、そちらも。全く頭が上がりません」


あの人やりだすと止まらない所有るからな。そっちも全力なんだろうな・・・。

室内の通路を歩き、奥まで行くと、少し獣の匂いのする空間に出る。奥の扉からかな、これは。


「こちらになります」


従業員さんが扉を開くと、様々な獣が、そこに居た。普通に馬もいるけど、トカゲみたいなのとか、グレットと同じようなのとか、なんかデカい兎みたいなのとか、色々居る。

なんか、ミミズみたいなのも居るんですけど。サイズがバカでかいのですごく気持ち悪いんですけど。

檻の中では有る物の、中の空間は広く、どの動物も結構快適そうに寛いでいる。ミミズは知らん。あれどっちが顔だ。


「基本的に、こちらに泊まっている間は、飼い主の方が来られない限り檻は閉めている規則なので、ご了承ください」

「あ、はい。いいよね?」


ハクに通訳してもらうべく、ハクに聞くと、意図を理解してくれたらしくグレットに伝える。

グレットは少し縮こまりながら、がふっと小さく鳴く。理解したのかな?


「・・・不思議な言葉を話される方ですね」

『良く言われる』


ハクはいい加減慣れてきたようで、従業員の反応をサラッと流す。街に降りてから、ほぼ毎回同じような反応されるからね。

とりあえずここならグレットも快適そうだ。というか、下手な部屋の一室より広めなので、きっと良いだろう。


「この子の食事は、どうされるご予定ですか?」

「一応、自分達で用意するつもりですけど」

「わかりました。もし、ご入用でしたら気軽に申し付け下さい」

「はい、ありがとうございます」

「では、申し訳ありませんが、少々お待ちください」


従業員さんは慣れた手つきでグレットを入れた檻を閉め、おそらくここを管理してるのであろう人に話をしに行いった。

話は本当に少しで、直ぐに戻ってきて、また彼の案内で受付まで戻る。するとイナイがすでにそこに居た。


「どうでした?」

「あれ、檻じゃなかったら普通に人いてもおかしくない大きさだったんだけど」

「でしょう」


イナイは、凄いだろうと言わんばかりの態度で応える。多分道中ですでに聞いてると思ってるんだろう。

その通りです。


「まずは部屋に行きましょう」

「あ、うん、階段で行くの?」

「いえ、奥に転移装置が有ります」

「は?」


今なんて?転移装置が有るって?


「移動範囲を限定にすることで、魔力消費をなるべく抑えている転移装置が有ります。それで上に上がりますよ」


つまり、エレベーター代わりに転移装置が設置されていると。縦方向のみに限定された転移装置が有ると。

そういう事ですか。

なんつーか、この人便利過ぎる。イナイっていう人自身が便利過ぎる。


「さ、行きますよ」


イナイに誘導されると、エレベーターの中の様な小部屋が有り、その横に人が立っていた。

その人はぺこりと頭を下げると、傍に合った魔力水晶に魔力を注いでいく。あ、この人魔術かじってる。注ぎ方が単純に魔力突っ込んでるだけじゃないわ。


「どうぞ」


魔力を注ぎ終わり、中に誘導されるままに、そのまま移動し、上階に転移する。

が、一人居ない。クロトが跳んでない。

上の回でも水晶の傍に人がおり、出た時に頭を下げられ、顔をあげた後に気が付いたようだ。


「あ、あれ、お一人来られてませんね」

「あの子はちょっと特殊ですので。私が連れてきますよ」


イナイはそう言って、転移し直した。

一人で行ったし、追いかけない方が良いのかな?探知で場所は解るだろうし。


「で、ではお部屋に案内致します」


そのままその人に部屋まで案内される。ちょっと慌ててるけど。

なんというか、物凄い高級ホテル感。ちょっと落ち着かない小市民の私。


部屋に入ったところで、その広さにも驚かされた。

スイートルームってこんな感じなんだろうか。マンションの一室並みに広い。しかもキッチンが有る。なんだこれ。


暫くして、イナイがクロトを連れてやってきた。お疲れ様です。クロトはごめんね。


「お疲れイナイ。この宿やりすぎでしょ」

「あたしより、部下の仕業だ。あいつらが全力でやったんだよ」


あの人達なのか。でもその割に、そこかしこの道具に猫のマークがついてるのは気のせいであろうか。

まあ、そっとしておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る