第296話クロトの為に休憩します!

「そう言えば、クロト、車平気になったの?」


クロトが車酔いをしていない事に気が付いた。良く思い出すと、この国に来た時も酔ってない。


「・・・少し、慣れた。でも、長時間、つらい」


どうやら少し慣れたから、そこまで辛く無くなっていたようだ。本人が言うにはだが。


「長時間って、どれぐらい?」

「・・・一日、だと、たぶん、辛い」

「丸一日?」

「・・・うん。休めば、多分、大丈夫」


そういうクロトは、確かに最初の時よりは大丈夫そうに見えるものの、喋り方がどことなくおかしい気がした。ぶっちゃけ、言葉がかなりぶつ切りである。

多分最初の時は気持ち悪すぎて喋る余裕も無かったんだろう。今は喋れるだけましだという認識なんじゃなかろうかこの子。


「クロト、無理せず、辛かったら言えよ。休憩すっから。別に急ぎじゃないんだからな」


イナイもクロトが頑張っているのを察し、休めと伝える。


「・・・うん」


クロトはどこか中空を眺めながら頷く。あ、これあかんやつだ。

多分原因は山道。蛇行が多いのと高低も変わるので、そのせいだと思う。この国に来る途中の道は、まだマシだったから、たぶん何とかなったんだろう。


『相変わらず貧弱だな。この程度なんて事ないだろ』


ハクが若干にやつきながら言う。嬉しそうっすね。頼むから車の上で喧嘩しないでくれよ。

クロトは目が少し険しくなった気がしたけど、返事をせず何処か明後日を眺める。あ、これ完全にだめだ。


「イナイ、止まって」

「ん」


俺の言葉に、イナイはすぐに車を止める。


「今日はここで野宿にしようか」


幸い街道・・・・街道かこれ?

まあ、街に繋がる道はそこそこ広めに有るので、端の方で野営をする程度は問題ない。


『クロトが居るから、次の街に付くのは少し遅くなるな』


ハクはクロトの顔を覗き込みながら言う。そこでクロトは我慢が出来なかったのか、黒でハクの顔面を叩く。

余裕がないのか、久々に使ったな。


『いった!やったな!』

「・・・挑発したのは、お前だろ」

『上等だ!かかってこい!』

「・・・いい加減にしろよお前・・・!」


あ、だめだ、ハクは一瞬で沸点までいってるし、クロトも余裕がないせいか、かなり苛ついてる。

だが、そんなハクの後頭部にシガルがチョップを入れる。


『あたっ』


軽い痛みに驚きつつも、後ろを見る。そこには笑顔のシガルが立っていた。ええ、笑顔です。


「ハク?」


シガルが笑顔でハクの名を呼ぶ。こういう時のシガルさんは間違いなく怒ってらっしゃる。怖い。

ハクは固まった表情で俺に助けを求めるが、知らんがな。むしろ俺を巻き添えにするな。


『・・・ごめん』

「ん、クロト君、本当に気持ち悪いんだから、揶揄っちゃだめだよ」

『うう・・・』


ハクがばつの悪い顔でシガルに謝る。ていうか多分あいつも怖がってる気がする。

解る、解るぞ。なんか不思議な迫力あるんだよな。正直すげー怖い。


「クロトも、気持ち悪いんだから、大人しくしとけ」


イナイがポンポンとクロトの頭を叩き、抱えて車から降りる。


「・・・ごめんなさい」

「気にすんな。今のはハクが悪い」

『ぐっ』


イナイにも言われて、完全に悪者になってしまったハクさんである。

まあ、自業自得だ。一回やってんのに、またやったからなこいつ。学習しろ。


『・・・』


ハクは脹れながらグレットの尻尾をパタパタといじる。グレットは困惑しながらも抵抗できないでいるので、それはそれで可哀そうなんだが。

けど、グレットは何かを察したのか、ハクの頬を舐めた。

ハクは一瞬動きが止まった後、嬉しそうにグレットに抱きつくが、流石にそれは何かが怖いのか、ガタガタと震え始める。


「ハクさん、ハクさん、怖がってるからやめてあげなさい。嬉しいのは解ったから」

『あー!』


流石にちょっと可愛そうなので、グレットから引っぺがす。ただ、ハクも怪我をさせないようにと思っているのか、素直に手を離した。

ただし、凄く恨めしそうな目でこちらを見られているけど。


「もう、ハクったら」


シガルは今度こそ、ほんとうに笑みでハクに言う。それが分かったハクもえへへと笑いながら応える。

ハクさんもうちょっと落ち着こうぜ。


「おら、何時までも遊んでねーで、野営の準備すんぞ」

「はーい!」

『はーい!』

「・・・はい」


イナイの言葉に元気よく返事するハクとシガル。それと一緒に返事をするクロトを見て、喧嘩はするけど、本気でやってるわけじゃない感じがした。

まあクロトは完全に余裕なかったからな。それどころじゃなかっただろうけど。


「なんか、仲がいいのか悪いのか・・・。いや、良くはないか。まあ、とにかく、クロトはいいから休んでなよ」


イナイを手伝おうとするクロトを捕まえて、グレットに乗せる。グレットは特に気にした風もなく、クロトを乗せたまま丸まった。

クロトはその上でコテントと横になる。やっぱちょっと辛かったんだろうな。


「えっと、一応あたしら全員入れるのは出すけど、交代で見張りな」

「ん、了解」


作物の輸送途中に、野生動物に襲われるって話だし、見張りはいるだろう。一応。

何故一応かというと、ハクが居るから。後グレットも。

こいつらがいる以上、そうそう魔物も野生動物もよってこない気がする。よって来るのはロボロフスキーみたいな脳みその小さい生き物位じゃないかね。


とりあえず手際よくテントを組み立て、食事を作るための場を用意し、焚火をつける。

まあ、鍋に出汁作って、野菜ぶち込む気満々なんだけどな。細かい料理を外でする気はあんまり起きないんだよな、俺。


「しかし、気が付いたら大所帯になってるな」


火を調整しながら、イナイが呟く。


「そうだね、最初は3人旅の予定だったのにね」

「そんなに月日も経ってない筈なのに、なんでか母親にされちまったし」


クロト君の事ですね分かります。でも、イナイもなんだかんだ、満更じゃない感じがするのは気のせいでは無い筈。

結構可愛がってるよな。


「なあ、タロウ、楽しいか?」


唐突に、イナイが微笑みながら聞いて来た。

その言葉に、どれだけの意味と、どれだけの思いが込められているのか、俺には分からない。

けど、解らないなりに、何か思うところが有るのだという事だけは、それだけはなんとなく感じた。


「楽しいよ」


本心からそう思う言葉を、彼女に伝える。


「イナイが傍に居て、シガルが傍に居て、本当に、楽しいし、幸せ者だと、思ってる」


きっとこの世界に来て、一番の幸運は、イナイに会えたこと。

その次がシガルに会えたことだと今は思ってる。


勿論、リンさんに会えたからこその今の俺だし、イナイとの出会いなのは解ってる。

それでも、俺は、イナイとの出会いの幸運の方を感謝している。君がいてくれたことに、感謝してる。


「そうか」


俺の答に満足したのか、笑って頷く。この人は、よく俺に楽しいかとか、幸せかだとか聞いてくる。

けど俺は、聞かれるたびに気になる。君は楽しいかい?幸せかい?と。

けど、小心者で、弱い俺は、彼女が本当に楽しそうなときや、幸せそうなときでないと、それを聞けない。情けない男だ。


こんな良い女性に、こんな凄くて、良い人に、俺は何かを返せているのだろうかと、思う時が無い訳がない。

この人を支えられる時に、ちゃんとやれてるのだろうかと。この人の想いに応えられているのだろうかと。


「うわっ!?」


少し考えに没頭していると、イナイにヘッドロックを極められる。だが、力は入って無いので痛くはない。


「ばーか」


そう短く呟いて、俺の額にキスをして手を離し、少し照れた顔でグレットに持たせてる食材を取りに行った。


「・・・ほんと、かなわないな」


俺の表情から、何かを読み取っての返事があれなんだろう。本当に、かなわない。

ああ、もう、好きだな本当。

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