第293話内乱の終結ですか?

「親父殿。そろそろ判断を下す頃合いですぞ」

「煩い!黙れ!」

「・・・ふぅ、仰せのままに」


親指の爪をかじりながら、兵の報告に苛立つ親父殿を、つまらない気持ちで眺める。

この無能はいつまで意地を張るつもりだろう。もはやここに至って、親父殿に打てる手などない。死にたくなければ選択肢など無いだろうに。


「何か、何か手はないのか!何か!!」


もはや親指をかみちぎるのではないかという勢いで叫ぶ親父殿。無様だな。

従う将などもはや数えるほどしかおらず、頭を使える人間は既に向こうに付いた。完全に詰んでいる。

これがかつて国を支配していた王の姿とは。無能が上に立つと碌なことにならんな。この無能の血を引いていることが屈辱でならん。


「殿下」


親父殿の無様を見るのも飽きてきたころに、後ろから自分に声がかかる。自身の直属の部下だ。


「どうだ」

「王妃は無事に」

「そうか、ならば良い」


母は無事に避難できたか。懸念材料は一つ消えた。これで心置きなくこの国を捨てる事も出来る。

いや、母は親父殿を愛している。そこだけが懸念材料か。親父殿が死ねば、母は心に傷を抱えるだろう。

なればこそ、親父殿には選択してもらわねばならん。親父殿本人の為にもだ。


「失礼します!」


使えぬ将と、親父殿が唸る会議室に兵が飛び込んでくる。恐らくは突破された報告だろう。まだ粘ったほうだな。


「街の門が突破されました!なだれ込んできます!」

「ふ、ふざけるな!城門は閉めているのだろうな!」

「で、ですが、これ以上は」

「お前たちは戦うのだ!その命果てるまで、戦え!そして勝て!!」

「へ、陛下」


戦うのは自国民。反乱軍などと言ってはいるが、元官軍も大量にいる。兵たちにとっては同僚と戦うに等しい事だろう。

何より有能な将は、軒並み向こうに居る。当然だ。この愚王にいつまでも付こうなどと俺も思わん。


「行け!今更引けると思うな!!」

「・・・はっ」


兵は、不承不承を一切隠さず、部屋を出て行く。あの様子では戦うかどうか怪しいな。

下手すれば、城の兵も、皆抵抗しない可能性が有る。

俺は暫くして、窓から見える光景に、その考えが正しい事を知る。


「親父殿。これが最後ですぞ」


窓を見ながら言う俺の言葉が理解できなかった親父殿は、わざわざ俺の傍に来て、外を見る。


「な、なぜだ!なぜ兵が自ら門を開いている!!」

「あれがあなたに対する答えですよ」

「くっ・・・ぐぅ・・・・!!」


血が出るのではないかと思うほど、手を握り、歯を食いしばり、悔しさをにじませる親父殿。


「さて、親父殿、本当に、最後です」

「ふ、ふざけるな!お前なら、お前ならまだこの状況をどうにかできるだろう!」

「ええ、勿論。だから、だからこそ、貴方に選択を迫っている。俺は貴方に従わない。では親父殿、貴方の選択は?」


怒りで人が殺せるなら、俺は既に死んでいるだろうと思える形相で俺を睨む。

城の下層が騒がしいな。もうすぐここにも反乱軍が飛び込んでくるだろう。


「お、お前とて、このままではただではすまんのだぞ!」

「そうかもしれません。そうでないかもしれません」


親父殿の叫びに、しれっと答える。撃破するならともかく、逃げるだけなら余裕だ。

今ならあいつもいるしな・・・。

報告に来た部下をちらっと見て、親父殿に目線を戻す。


「まあ、お好きに。一応、俺は貴方が死のうが死ぬまいが『どうでもいい』とは伝えておきましょう」

「ぐっ、貴様、実の父をなんだと――」


その瞬間扉が開け放たれる。今度は勿論、反乱軍の兵が。

戦闘に居る奴は見覚えがある。一番率先して裏切った男。先の見えた優秀な男だと評価できる。


「陛下、お久しぶりですな」

「貴様!良く顔を出せたな!裏切者め!!」

「その様子では、降伏する気は無さそうですな、陛下」


ゆっくりと親父殿に歩いてくる男に、後ずさりながら離れようとする親父殿。もはや勝敗は喫した。それを受け入れる度量すらないとは嘆かわしい。


「ベルウィー!やれ!殺せ!」


俺に向かって叫ぶ親父殿。その瞬間、向こうの将兵たちも身構える。


「先程申しあげたとおりです。俺は貴方に従わない」


冷たい目を親父殿に向け、拒否を口にする。この人は何度言えば理解するのだ。


「ぐっ、ぐううううう!!」


憎々しげに俺と反乱軍を睨む親父殿。こちらに残っている僅かな将も、もはや抵抗するそぶりはない。


「どうやら殿下は、この流れを良しと思っているようですな」


別にそういう訳ではない。単純に、親父殿に従うのが嫌なだけだ。

お前たちと戦う事に、否は無い。戦わなければならないなら、戦うだけだ。


「・・・くっ」


親父殿は諦めたように俯き、脱力する。


「陛下を捕えよ。丁重にな」


敵の将は、親父殿が諦めたのを確認し、部下に指示をする。

だが、完全に勝ちを確信するには、奴らの判断は早すぎた。

何故なら、俺は、まだ、ここにいる。


「・・・・・・ベルウィネック。お前に、譲ろう」


力なく、親父殿が呟く。その言葉の意味は、親父殿と、自分にしかわからない。

だが、それで十分だった。そしてその言葉が発せられたなら、次に起きる事は決まっている。


「は?」


聞こえたのは、反乱軍の将の間抜けな声。もはや、下半身と繋がっていない胴体から発せられた声。


「ここに宣言する!前スィーダ王の宣言の下、ベルウィネック・スィーダ・フランジュラがこの国の王となる!」


剣を構え反乱軍に突き付け、声高らかに宣言する。


「有象無象よ!我が道を止められると思うな!!」


奴らが現状を把握するよりも先に、部屋になだれ込んでいる兵を、部下と共にすべて切り捨て、蹴りだす。

そのまま死体と共に廊下に出て、居並ぶ反乱兵を切り捨てながら外に駆け抜ける。

城の外まで、死を作り出し、外に出る。

そこには仲間を殺された恨みを晴らさんと、圧政による恨みを晴らさんとの意思を見せる連中が居並んでいる。


「我が名はベルウィネック!現スィーダ王だ!降伏するならば良し!でなければすべて切り捨てる!」


俺は剣を捨てぬ連中を悉く蹂躙し、叫び、死を重ねる。

脆い。このような有象無象がいくらいたところで、止まる気がしない。


「ベ、ベルウィネック王子だ!止めろ!誰かあの化け物を止めろ!!」


声のした方を見ると、かなり最近になってから裏切った将が居た。まさかここに来て俺が暴れるとは思って無かったのだろう。

あの男は俺が親父殿に従う気が無いと知っていたからな。

俺は奴に全力で駆けより。


「久しぶりではないか。では、さらばだ」


切り捨て、そのまま敵軍中央へ走り抜ける。狙うは大将首。

このまま裏切者も、反乱軍の中核も、全て切り捨てる。

そこで視界の端に、空から何かが落ちてくるのが見え、ギリギリで躱す。


「危ないな」


今のは少し危なかった。降ってきたものを見ると、氷だった。魔術師が前に出てきたか。

後少し前進出来れば、楽だったのだが、そうもいかんか。


複数人の魔術師が詠唱を時間差で唱え、間髪入れずに様々な魔術を俺に降らせてくる。

そのすべてを躱し、いなし、少しずつ前に進もうと試みるが、どうにも進めない。流石に魔術師を複数相手はきついな。


「まあ、もう関係ないが」


端の方の魔術師が、爆発と共に吹き飛ぶ。肉片になった隣人を理解できず、反応が遅れた魔術師達も仲良く挽肉になっていく。

その段になって残った魔術師が、他方から魔術によって攻撃を受けていることを察するが、その時には既に俺が近寄っている。

もはや、詠唱は間に合わず、全ては物言わぬ死体と化す。


「殿下、ご無事で」

「陛下だ」

「そうでした、陛下。申し訳ございません、少々遅れました」

「いや、助かった。で、どうだ」


じり貧の状況を打破してくれた部下に礼を言って、成果を聞く。


「全て、終わりました」


その答えは酷く単純な物。そう、全て終わったのだ。この化け物の様な強さを持つ男は、俺が城から出て戦っている時点で、敵将を打ちに行っていた。

俺がたどり着ければそれでよし。たどり着けずとも、こいつが倒せばよし。

その為に俺は、名乗り、叫び、目立った行動をとった。


「既に反乱軍の将は打ち取った!魔術師も今しがたほぼ全滅した!大将も、魔術師もおらず貴様ら有象無象が我らを討てると思うならば、死を賭してかかってこい!」


剣を掲げ、大きく叫ぶ。だが、俺たち二人だけの大虐殺を目の当たりにした上に、御輿を失った連中は膝を折る。


「これで、本当に、終わりですね」

「いや、ここからだ。ここから始めるのだ」

「そうですね。ええ、そうですね、陛下」


今日、この日、スィーダ王が変わったのだ。この俺が王に成ったのだ。

ならばここからが始まりだ。

俺は踵を返し、城にゆったりと歩いて行く。こちらに残った僅かな人間に指示を出し、今後を想う。


「母を呼び戻さねばな」

「まだ暫くは危険かと」

「そうか、そうだな。お前がそういうならそうだろうな」


ふうと、長いため息を吐く。この後が大変だ。親父殿に従いたくはないからと、ここまで黙っていたが、面倒が大量にある状況で王位を継ぐことになった。

まあ、構わない。障害は有れば有るほど楽しい物だ。


「暫くは、退屈とは無縁だろうな」

「ええ」

「お前達にはすまないと思うが、こき使わせてもらうぞ」

「勿論」


頼もしい部下の言葉を聞き、満足に頷く。さて、まずは死体の処理から始めねばな・・・。

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