第291話イナイの心情ですか?
ここ数日、タロウは全力で遊んでるな。あいつは時々タガが外れたように、訳の分からん方向に全力になるな。
あいつらが居た事で、作業が普段の数倍以上に進んだこったろう。楽しんでるようで何よりだ、まったく。
まあ、いいか。あいつは最近、ちょっと弱ってる。些細な事で心が揺れてる気配が有る。
まだあの事件を引きずってるんだろう。自分のせいで人が死んだと。助けられなかったと。
頭ではしょうがないと分かっていても、心が納得してない。まだ、あいつの心を締め付けている。
シガルはそれに気が付いてる。だからあいつが笑って、楽しんでいるなら、それに付き合うんだ。本当に良い娘だ。
その点では本当に、シガルに感謝だ。あいつがあの時傍にいなかったら、タロウはああして笑っているかどうか判らない。
下手すりゃ自分の殻に閉じこもってた可能性が有る。あいつは自分の身に起こる不幸は許容できるくせに、他人の身に起きる不幸に弱い。
優しさと言えば優しさなんだろう。他者に心を痛める繊細さが有るからこそ、あいつは優しい男なんだろう。
けど、それでも、この世界では『良くある事』なんだ。少なくとも、ウムル国外では。
国内では、出来る限り情報がきちんと伝わる様に努めている。その為の兵も、騎士も、法律も、しっかり作り上げて行っている。
そのおかげか、国内で人死にになるような事件は、格段に減ってきた。
あいつの世界の事は、多くは無いがある程度は聞いた。平和な国で生きていたのが良く解る。
隣人が当たり前に死ぬ事が無い国で生きていたアイツにとって、この世界は辛い事の方が多いだろう。
勿論アイツの世界でも戦争が有るのは聞いている。事故も事件も人殺しも、あいつの国だって無い訳じゃないってのも。
それでもあいつは平和に生きて、平和に過ごしてた、ただの小僧だったんだ。そこを、忘れていた。
あいつがリンの、ミルカの、セルの教えを飲み込めたことに目がくらんで、あいつの弱さを理解し切れてなかった。
理不尽な死を、しょうがないとあきらめる事が出来無いのだと、気が付かなかった。
「ちょっと、悔しいな」
悔しい?
自分で呟いて、何に対して悔しいのか、一瞬悩んだ。
確かに悔しいという想いは有る。タロウの弱さに気が付けなかったこと?
・・・違う、そこじゃない。確かに少し反省はしているが、悔しいとは思って無い。次は気を付けようとは思ってるが。
ああ、そうか。これは嫉妬だ。シガルに嫉妬しているんだ。一番肝心な時に傍に居れなかった事に。一番肝心な事を成せなかった事に。
20以上年の離れた娘に、嫉妬してんのか、あたしは。
ああそうか、そうだな、悔しいな。ああ、認めるよ。嫉妬だなこれは。
「ははっ、まさかだな」
そう、まさか、だ。ただ、他の女に目が行くのが少し嫌だとか、そんな気持ちが芽生えたのですら、あたしにとっては新鮮で、意外だった。
それでも、タロウは若い。あたしみたいな年増より、若い娘を娶る方がきっと良いと思ってた。
なのに、なのにだ。あたしはあたしがタロウにとって、一番役に立つ場所に居られなかった事に悔しがってる。
いつからだ。いつからこうなった。本当にあたしは何時からこんなに女々しくなったんだ。
シガルは気に入っている。あの娘はタロウに相応しいと、本心から思ってる。けど、その反面、負けたくないと、タロウの一番でありたいと、そんな情けない思いが段々と芽生えてきている自分がいる。その想いが、強くなっている自分がいる。
「あいつと会う前は、本当に想像しなかったな」
下手すりゃ、自分の息子ぐらいの年の子に惚れたんだよな、あたし。あの時のあたしに言っても、信じやしねーだろうな。
色恋沙汰なんかした事無かったから、年上の余裕なんて全然ねーし、あいつを喜ばせる技術も碌にない。むしろシガルの方が、そっち方面では知識が有る始末だ。
「嫉妬してる暇が有るなら、努力しろっつー話だよな」
とはいえ、最近になってやっと、人前でくっつく事になんとか慣れてきた程度だ。シガルのように、当たり前に飛びついたり出来ない。
前にシガルが言った事は、酔っぱらってたとはいえ、もうちょっと、積極的になったほうが良いのは本当なんだろうな。
「はぁ、惚れた弱みって言葉が良く解るな」
あいつの顔を見ると、それだけで温かい気持ちになる。あいつの傍に居たいと、思う。
まだ、初めの頃は、ここまでじゃ無かった。いつからか、どうしようもなくあいつに惚れてしまったな。
だからこそ、出来る限りの努力はしよう。シガルに負けたくないなんて思うなら、それに相応しい行動をして見せろ。
「シガルが良い娘だからこそ、だろうな、これは」
あの子が優秀で、良い女だからこその、嫉妬だ。今は確かに、あたしの方が優勢なのかもしれない。
けど、今だけだ。あの子が大きくなれば、アタシがタロウを助けている部分も、あの子が何とかしちまうだろう。
―――――そんなのは嫌だ。
「・・・くくっ」
嫌だじゃねえよ。笑えて来るな。恋ってのは、こんなに人を無様にさせんのか。
ああ嫌だ嫌だ。年増の嫉妬なんて、みっともなくて見てらんねえな。
「見てらんねえよな、ほんと」
けど、もう、無視できない。あたしはもう、この感情に上手く付き合っていかなきゃいけない。
今のあたしには、シガルと敵対する気も、タロウを手放す気も無い。
嫉妬しててもシガルの事は好きだ。あの子は良い娘だ。嫌う要素なんて無い。
あたしを見てくれた男を、あたしを支えてくれた男を、あたしに惚れてくれた男を手放す気なんてこれっぽっちも無い。
「よくこれで、あの王女さんの事、偉そうに言えたもんだ」
シガルを諫めておきながら、内心はあたしだって変わんねえ。本当に、情けない。
けど、きっと、それが普通なんだろう。ミルカを、リンを見てきたから、そこだけは解る。
あいつらも、惚れた男相手の時は、いつものあいつらじゃいられなかった。あの時は理解できなかったけど、今なら良く解るよ。
「ん、帰ってきたな」
タロウ達が帰って来た事に気が付き、思考を止める。
まあ、悩んでも仕方ない。あたしはあたしらしく、タロウの支えになろう。
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