第287話村長さんの心配です!
元々掃除は行き届いていたのでほぼやる事もなく、とりあえず食事の用意をしていたら、玄関の戸を叩く音が聞こえた。
「ん、誰だろう」
部屋を見回して玄関に一番近いのはクロトか。お願いするか。
「クロトー、お願いー」
クロトはこくんと頷くと、玄関まで行って、訪問者を迎える。ここからでも見えるので、村長さんが来たのだと見て分かった。
隣におじいさんも居る。旦那さんかな?
「こりゃあ、もしかすると食事中だったかねぇ」
「いえ、まだ準備してるところですよ」
作るの自体もほぼ作り終わって、今この鍋煮込んでるだけなので、特に問題ない。
グレットが玄関の傍に毛布しいて転がっていて、気が付いたお婆さんが一瞬驚いたが、それで終わる。やっぱみんな、あれを肉食とは思わないんだな。
「この大きさがいきなり出てくると、驚くねぇ」
「すみません、奥の方に連れて行きましょうか」
「いいよいいよ、ちゃんと躾けられた大人しい子だねぇ」
お婆さんがグレットの頭をなでると、がうと返事をするように鳴く。なんかこの子微妙に会話してない?
いやまあ、ちゃんと言われてる事全部理解してるわけじゃないだろうけど。
「あはは、賢い子だねぇ」
お婆さんは返事されたことに楽そうに笑う。
「これなら門番としても、いい仕事をしそうだねぇ」
「うーん、この図体が暴れると大変な事になるので、どうでしょうね」
こいつが暴れたあの惨状を思い出すと、この家無くなると思う。むっちゃくちゃだったもんあの屋敷の惨状。家の中に入れるのも、玄関がそこそこ大きかったから入れたけど、小さな家だと多分入れない。ビバ田舎の家。最悪窓からいれたけど。
まあ、それは置いといて、何の用だろう。もしかしたらこの家使う注意事項でも言い忘れたのかな?
「それで、何の御用でしょう。家の使用の諸注意とか伝え忘れていたりですか?」
「いやね、ちょっと聞きたい事が有ってね。まどろっこしいのは面倒だから素直に聞こうかと思ってね」
「はあ、なんでしょう」
多分、十中八九、イナイの事だと思うし、さっきあのおばさんが言ってた話だと思う。
それにしても真正面からか真っすぐに聞いてくるのか。凄いなこのお婆さん。
「うちの村はね、ウムルの貴族の人と契約して、作物を卸しててね。もしかしたら作物の調査に来たんじゃないかーって、うちの若い者が不安がっててさ」
「調査ですか?」
「まあ、調べられても何も問題は無いと思うんだが、向こうで何かあって、契約を切るつもりで話を持ってこようとしてるんじゃないかってね」
「なるほど」
あれかな、ウムルで食中毒とか起こったりで、ここの責任にして輸入切るとかそんな感じかな。
まあ、そんな事実は一切ないのだけども。俺達本当にただの旅行者だし。とはいえ俺がこれ答えちゃだめよね。俺ウムルの貴族どころか、どこにも所属はしてないし。
「えっと、俺じゃその話の返事は出来ないので、イナイ呼んできますね」
「ああ、お願いするよ」
お婆さんは一瞬悩むそぶりを見せたが、にこやかに頷く。何だろ今の。まあいいや、イナイ呼んでこよ。
「必要はありません。そちらへ行きます」
呼びに行こうとした瞬間、イナイから声がかかる。やっぱ聞いてたか。
動かないから聞いてないのかと呼びに行こうと思ったんだけど、必要なかったみたいだ。
「先ほどはご挨拶もせず、失礼いたしました。ウムル王国所属技工士、イナイ・ウルズエス・ステルと申します」
綺麗な所作で礼をし、お婆さんたちに挨拶をするイナイ。だが、お婆さんたちは不思議そうな顔をしている。
「えっと、その、お嬢ちゃんが、英雄様なの、かい?」
「本国では、そう呼ぶ方もおられます」
「そう、なのかい・・・」
お婆さんは困惑を隠せない顔で、イナイに確認をし、答えを聞いても納得できない顔だ。なんとなくだけど、ハクがそうだと思ってたんじゃないかな。この中では一番デカいし。
気持ちは凄く解るけどね。この少女が戦場を駆け抜けた猛者なんて、普通は信じない。俺もこの人を知らなかったら信じられない。
「こちらが、身分証になります」
イナイが身分証を出し、お婆さんたちはそれを受け取り確認した事により、信じるしかなくなる。目の前の少女が、英雄の一人だと。
まあ、偽物って言われたら困るんだけど、その辺どうなんだろ。
「ほんとうに、お嬢ちゃんが?」
「はい。信じて頂けないのも無理はありませんが、本人です」
「そ、そうかい」
お婆さんは身分証を返すと、うんと頷き、真面目な顔になる。
「じゃあ、貴族様は、こちらへ何用で?」
「ただの旅行です。それ以外に理由はありませんよ」
「・・・そうかい。信じるよ。邪魔して申し訳なかったね。お詫びに後で、うちで採れたものでも届けに来るよ」
イナイの言葉に、にっこりとした顔で返事するお婆さん。アッサリだな。まあ、最初からあんまり疑ってなかった感じだったし、気にしすぎだと思うけど、一応確認って感じだったもんな。
「素直に信じて頂けるのですね」
「うちの作物を買ってくれる貴族様には良くしてもらってる。あの人が何の話も無く、契約を切るなんてするとは思えなくてね。申し訳ないけど、あんたよりも、その人を信用した上での事さ」
「そうですか。ありがとうございます」
イナイは信じてくれた理由を聞き、嬉しそうに礼を言う。
この人、自国の事関連で褒められると、嬉しそうだよなぁ。
「なんであんたが礼を言うんだい?」
「我が国を、国の者を信用して頂けている。それが嬉しいのです」
「そうかい、そうかい、良かったよ、この年寄りの目が耄碌したわけじゃなくて安心したよ。あんたもあそこの国の人だねぇ」
「ふふ、我が国も一枚岩ではありません。皆信用できる人物ばかりとはいきませんよ」
「そうかい、それでもあんたらみたいなのが上に居るから、下の人間も同じようにやれるんじゃないかい?」
「そう、願っています」
「こちらも末永く、そう願うよ」
どうやら二人の話は丸く収まったようだ。まあ、元々が勘違いからの話だから、こじれる要素は無かったんだけどね。本当にここには、少しの間泊めてもらうだけだし。
それにしても、身分証確認したおじさん緩いなーって思ったけど、あの人が緩すぎただけだったか。
とはいえ、ポヘタよりは確実に貴族に対しての態度は砕けてる。ここに注文に来てる人もイナイみたいな感じなのかもしれない。
「ウムルの貴族様には世話になってるしね、お詫びとそのお礼も兼ねて、おもてなしさせてもらうよ。何か必要な物が有れば、気軽に言いに来ておくれ」
「礼、ですか?」
「ああ、あの人は凶作の時も、普段と同じように支払いをしてくれた。来年もやっていけるようにってね。その代り豊作の時少し色を付けてくれればいいと言いながら、豊作の時は額を乗せてきたりね。本当にこんな田舎の村には大助かりだよ」
どうやらここの村と契約している人物は結構な太っ腹なようだ。いや、先を見据えての行動かも知れないが。
良い作物を作ってくれる村に、きちんとやっていける額をわたし、安定して供給してもらう。そのための一時的な赤字は許容しているって感じかな。
勿論善意の可能性も有るだろうけど、それでも、人は良くしてくれる相手には、それを返そうと思うもんだ。たいていの人は。
「すまなかったね、ゆっくりしていっておくれ」
「いえ、こちらこそ、静かな村を騒がせて申し訳ありませんでした」
「あはは、偶には何かないとね。田舎の退屈な村だからねぇ。それじゃあ、失礼するね」
お婆さんはそう言って帰っていった。もしかしたらさっきのおばさんの慌てようから、村中にその話が行ってたりするのかな。村長さんも大変だぁ。
あれ、そういえばお爺さん一言もしゃべんなかったな。基本ニコニコしながら眺めてただけだった。
「中々度胸のある婆さんだったな」
「度胸?」
「あのばあさん、下手な事を言って契約きられたら困るってのは、ちゃんとわかった上でここに来たんだ。ただそれでも、何もせずに問題になるのを避けるために、あたしらを見極めに来たんだろ」
「あー、一応頭から信じて来てたわけじゃなかったって事?」
「世の中何が有るか分からねえからな。ましてや村の代表だ、全部楽観視してるわけにゃいかねーだろ。たとえ契約してる相手がどれだけ信用できる相手だとしてもな」
そうか、お婆さんの言った事が全部嘘じゃなかったとしても、全部真実じゃないのか。
何というか、年月重ねた人の言葉というか、行動というか、凄いなと思う反面、怖い。何考えてるのか解らない。
まあ、単純に俺がそういう考えが甘いだけだと思うけど。
「とりあえず、煮込み終わったんだけど、食べる?」
「そうだな、食事にしよう。シガル達も呼んでくる」
「うん、おねがい」
グレットにもご飯あげなきゃな。生肉と焼いたのとどっちがいいんだろ。
・・・とりあえず焼いたのあげてみよう。
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