第286話イナイさんは可愛いのです!

空き家の中に入ると、埃が積もっている感じも無く、ちゃんと掃除がされていた。

家具は申し訳程度ではあるが、食器類も有り、ただ寝泊まりするところというより、客が来たときに数日生活できる程度の用意がされている感じだ。

何より田舎特有の広い平屋である。これで畳だったら落ち着くんだけどな。靴を脱ぐ習慣の国ってあるのかなこの世界。

俺、自室ではどうにも落ち着かなくて、部屋の中ではぬいでたんだよな。最近はちょっと慣れて来てるけど、やっぱり畳とか、板張りでも良いけど靴を脱ぐ生活が恋しい。


「どうしたの、タロウさん」


そんな事を考えながらぼやっとしていると、シガルに声をかけられる。

意識が完全にどっかに行ってたな、今。


「ううん、なんでもないよ」

「・・・そう?なんか、寂しそうな感じだったけど」


寂しい、とは思って無かったんだけど、自分はどういう顔をしていたんだろう。少し気になる。


「何か、思い出してたのか?」


イナイがクロトの世話を焼きながら聞いてきた。思い出す、か。そうだな確かに思い出していたのかもしれない。

田舎な土地で、鍵のかけられていない家。古い木造の家。それだけだって言うのに、少し、爺ちゃんを思い出す。


「少し、向こうを思い出してたんだ」

「・・・タロウさん」


ほんの少し。ほんの少しだけ、懐かしいと思った。まだ数年程度しかたってないけど、それでも二度と行けない故郷を、懐かしいと思った。

この気持ちは、確かに考えようによっては、寂しいのかもしれない。


「・・・たく」


イナイは小さくため息を付くと、こちらに歩いてきて俺の胸ぐらを掴む。


「へ?うわ!」


次の瞬間には思い切り引き寄せられ、イナイの胸に顔をうずめていた。腕で頭をしっかり抱きしめられている。ただ、その力はとても優しい籠められ方だ。


「前にも言ったろ。つらいならつらいでいいんだよ、バカタレ」


頭の上から聞こえる優しい声音と、触れている耳から聞こえてくる鼓動と暖かな体温に、少し、ほんの少し涙が流れた。

つらいなら甘えろと、そう言ってくれるこの人の暖かさに、変わらず俺は助けられているな。


「ありがとう、イナイ」

「・・・ん」


俺の礼に短く答えるイナイ。

俺はイナイの背中に手を回して抱きしめる。暖かいなこの人は。本当に、いつも暖かい。


「よっと」

「うおっ」


俺はそのままイナイを抱きかかえて立ち上がる。知ってるけど軽いなー。

当たり前に抱えられるや。抱える際に少し驚いたのか、イナイが体勢を崩しそうだったので、ちゃんと背中を支える。


「・・・この抱え方はあんまり好きじゃない」

「え、だめ?」

「子供抱える時の抱え方じゃねーか」

「あー・・」


片腕でイナイの背中を支え、片腕でイナイを座らせる形で抱えている。確かにこれは子供を抱える時の抱え方か。

この抱え方でちょっと重いかなって思う程度だから、本当に軽い。実質片手で抱えてるもんこれ。


「こら、考え込んでないで降ろせ」


ぽすんと俺の頭にチョップを入れるイナイ。力があまり籠っていないので、そこまで嫌がってはいないんじゃないかな。多分、ちょっと、恥ずかしいんだと思う。

こういう所がまた可愛いと思う。あばたもえくぼという言葉も有るが、それを抜きにしても俺はこの人が可愛いと思う。


「お姉ちゃんは強いなぁ・・・勝てない」


シガルは何か負けたと言わんばかりの顔をしてそんな事を呟いている。何の話だろう。イナイが強いのは同意するけど、どこを見て今の言葉が出たのか解らない。

可愛さという点で言うなら、シガルも可愛いけどな。時々怖いけど。


「い・い・か・ら・お・ろ・せ!」

「あいたぁ!」


イナイが恥ずかしがっているのが可愛くて、そのまま抱えていたら本当にチョップを落とされた。痛い。頭へこんだのではなかろうか。

突然俺から手を離されたにもかかわらず、イナイはきれいに着地。10点。


「いっつー」

「たく、あたしは子供じゃねーぞ」

「あはは、子供じゃないからタロウさんは抱きかかえてたんだと思うけどなぁ」


その通りですシガルさん。これっぽっちもただ小さい子を抱えてる気分で抱えてなんかいません。


「ふん、あたしだって、いつまでもこのままじゃねーんだぞ?」


イナイはそう言って目を細め、魔術を使い始める。あれ、これ竜の魔術の方だ。

何するつもりだろうかとイナイの行動を見つめていると、段々と大きくなっていき、イーナさんそっくりな姿になった。いやまあ、同一人物なんですけどね。

でも違う点がいつくかある。イーナさんより身長と胸が大きい。やっぱ身長気にしてるんだな。胸も。


『おお、そっちも出来るようになってたのか』

「おうよ、これ覚えるためにあの魔術覚えたようなもんだからな」


・・・なんか今すごい切ない事を聞いた気がする。イナイさん、そうですか、そのために覚えたんですか。

なんか、こう、うん。普段のイナイを知ってると、なんかこう、残念感がすごい理由だ。やってることは凄い事なんだけどなぁ。俺これ出来ないし。

そんな事を考えていると、イナイが俺の傍までやってくる。リンさんと同じぐらいの身長になっているので、俺より目線がかなり高い。


「どうだ、いい感じだろ?」


俺を見下ろしながらそう言うイナイをゆっくりと観察する。そこで言っていいのかどうしようか悩むことに気が付いた。

言っても怒られないかな。でもこれ言っておかないとあとで怒られそうだよな。言うしかないよな・・・。


「・・・イナイ」

「ん、どうした?」

「・・・その、下着、見えてる」


俺の目線に気が付き、イナイはその視線を下げ、固まる。


「――――!」


声にならない声が出たのが聞こえた気がしたと同時に、顔を真赤にするイナイ。

イナイはさっきまで、本来の背格好にちょうどいい丈の、ゆったり目のワンピースを着ていた。

ゆったりだったことが幸いしてか災いしてか、上半身は問題なかった。けど下半身は、お察しの通りである。下着を見せるための服みたいになってしまっている。

勿論別に大きく前が開いてる訳でも透けてる訳でもないし、ギリギリ下着が見える程度では有るのだが。


イナイは焦りながら腕輪をいじり、布を取り出して腰に巻く。

ただ巻いただけなのだが、ちゃんとスカートに見えるのがすごい。


「~~~~~!!」


声にならない声を上げて蹲るイナイ。あんまり珍しいイナイのドジに、俺達は全員呆気に取られている。

普段のイナイならやる前から絶対気が付くと思うんだ。少なくともやった後に、すぐ気が付くと思うんだ。

よっぽど身長のコンプレックスをどうにかする術を見せられた事に、意識が行ってたいんじゃなかろうか。


「ま、前にやったときは、もうちょっと、小さかったから、問題なかったんだ!」


誰にしているのか解らない言い訳を口にしながら、まだ顔を上げられないイナイ。何この可愛い生物。


「お姉ちゃんって、時々こういう所有るよね」


そのイナイにとどめを刺す様な一言を口にするシガルさん。貴女も時々容赦ないですよね。

イナイはその言葉を聞いて、傍に居たクロトを抱きしめる。多分恥ずかしすぎて自分の行動が良く解ってないんじゃないだろうか。クロトはそんな様子のイナイにオロオロするばかりだ。


「い、今は身内しかいないし、大丈夫だよ、イナイ」


とりあえず立ち直ってもらうべく、イナイに声をかける。外だったり、知らない人がいるならともかく、今は室内で、この面子だけだ。恥ずかしいかもしれないが、そこまでひどい有り様でもないだろう。

大体、ミルカさんだったら普通に半裸で部屋歩き回るし。いや、あの人基準にしちゃだめか。


「下着見られたこと自体が問題じゃねえんだよ・・・うう、恥かいた・・・」


大きくなって、少し色っぽさが増した顔で半泣きになるイナイにドキッとする。普段のイナイは可愛いが、今のイナイは凄まじい美人だ。

顔立ちがそのまま大人びた感じで、艶っぽさがすごい有る。


「・・・やっぱりイナイお姉ちゃんは強すぎる」


またシガルさんが良く解らない事を言っております。あなたさっきそのイナイに止めさしたじゃないですか。


「はぁ~~~」


深いため息を吐いた後に、イナイは立ち上がり、まだ顔を少し赤くしながらこちらを向く。

180を超えるであろう身長に、すらりとした体形。モデルみたいだ。布を腰に巻いただけなので、ちらりと見える足がまた色っぽい。


「・・・まあ、その表情が見れたならいいか」


俺の方を見て、イナイはそう呟いた。どんな表情してたんだ、俺は。なんとなく想像つくけど。


「流石に靴は替えないと痛いな」


そう言われて足元を見ると、つま先立ちのようにして靴を履いていた。ミュールの様な感じの靴だったので、無理やり履けたみたいだ。

ていうかその状態、痛覚有るんだ。そういえばハクも、成竜の時とクロトとやった時に痛がってたな。単純に魔力で作った張りぼてとは違うんだろうな。


「・・・いや、いいか、戻ろう」


そう言って、イナイは元の姿に戻る。


「・・・お母さん、綺麗だった」

「そっか、ありがとな」


元に戻ったイナイに、さっきの姿の感想を言うクロト。しまった出遅れた。どうだって聞かれたことに返事してなかった。


「凄い驚いた。なんていうか凄い色っぽくて」

「ふふ、そうか」


俺の言葉に物凄く嬉しそうに笑うイナイ。そういえば以前は、大分小さい事気にしてたもんな。

それが一時的にせよ、自分の理想を作れることが嬉しいんだろう。


「あたしも頑張ろうかな・・・、いや、やめとこう」

『シガルなら、頑張ればいつか使えると思うぞ?』

「うん、ありがとう。でもその為に覚えるのは止めとく。なんか勝てる気がしないから」

『?』


シガルはこれから大きくなると思うし、大きくなるために覚える必要は無いような気がする。

シガルのお袋さん、結構背は高かったし。


「さて、とりあえず、グレットの寝床でも作るか」


イナイはとりあえず復活したようで、通常起動状態に戻ったようです。多分照れ隠しも入ってる気がしなくもないけど。

俺も手伝うかねー。

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