第285話懐かしの王子様ですか?

「あ、親父!」


仕事が終わり、自室に戻る親父を見つけ、声をかける。

親父は声に反応し、ゆっくりとこちらを向き、俺を視認してから口を開く。


「どうした、トレドナ」


親父はゆったりとした口調で、呼び止めた用件を問う。


「ウムル王の結婚式の話だよ。招待状とどいてるんだろ?」


ウムル王と、その妹。二人の王族の結婚式。

うちの国はウムルとは一番良くさせてもらっている国だ。招待状が来ていない筈がない。


「・・・話に来るのが遅いぞ、トレドナ。どうせ今日知ったのだろう」

「う」

「随分と前から王宮内でも噂話が有った筈だ。お前は周りを見る力が足りん。些細な雑談や、何気ない一言の中に、世を動かす何かが有る事も有るのだぞ」

「ご、ごめん」


自分が周りを見る力が足りないのは理解してる。いや、正確には、あの日からちゃんと理解している。

俺を壊してもらった、あの日から。


自分が回りを見る力が足りていない事実は、以前から一応理解していた。けどそれは結局理解できていなかった。

あの日、あの時、自分の愚鈍さと、目の見えなさを理解させられたあの日まで。俺は理解していなかったんだ。


「なあ、俺も行きたいんだけど、連れてってくれないかな」

「・・・」


そして、だからこそ、その恩人に会えるこの機会を逃したくない。

あの人は8英雄の教えを一身に受けた者だ。ウムル王の結婚式、少なくとも、妹の方の結婚式に出て来ない筈がない。

だから、なんとしても結婚式にはついて行きたい。そう思い親父に懇願する。

そしてその答えは深いため息だった。


「・・・はぁ。なあ、トレドナ」


親父は、王様としての態度を止め、俺の親父として態度を少し崩す。


「お前の立場は何だ」

「こ、この国の王子だけど」


唐突な問いに戸惑いながら答える。


「そうだ。この国の、王子、だ。それも第一王子。ならば連れて行かんわけが無いだろう」

「そ、そうなの?」

「はぁ・・・最近は人が変わったように勉学にも励むようになったが、そういう所は相変わらずだな」


また深いため息を付かれる。確かに言われてみれば当然だ。

この国は、ウムルからすれば大きな恩のある国。そしてその王を結婚式に招待したとなれば、最低でも王族は皆行く事になるだろう。

なら、俺は別に願わなくても行く予定になっている事になる。


「それで、他に何かあるのか?」


少し呆れた声音で親父が問う。俺は少し恥ずかしくなりながら、小さくそれだけですと返すのが精いっぱいだった。


「・・・まあ、お前にしてみれば成長したのかもしれんな。ウムルに関わりたいというのは良い事だ。もちろん友好的に接してもらわねば困るがな」


親父はどうやら俺がウムルに興味が有ると思っているようだ。もちろん興味がないわけでは無い。

特に、あの一件以降は、8英雄の真の実力はとても気になっている。あの場で見せられた力は、間違いなくその一端でしか無い事ぐらいは、今の俺ならわかる。

もしその力が一斉に振るわれればどうなるか、想像もつかない。


後々教えて貰ったが、他にもおかしい連中がいる事も知っている。

騎士隊や、拳士隊の中に、8英雄に届かずとも、単一で隊の一つや二つなら相手どれる人間が居る事を。


そして、最近はちゃんと勉学も力を入れるようにしたおかげで、見えた事が有る。

あの国は資源の豊富さもさる事ながら、それを利用、活用する術に長けている。それを成すことのできる人間が居る。その人材の豊富さは、凄まじいの一言だ。


あの国は、知れば知るほど、その存在が冗談のような国だ。話だけなら到底信じられない国家だ。

8英雄の話も含めて、まるでお伽話の国がそのまま表れたような国だ。興味が出ない筈がない。


けど、違う。俺は一番行きたい理由は、それじゃない。

俺はあの人に会いたい。俺を壊してくれたあの人に。俺を変えてくれたあの人に。

つい最近、国を一つ救ったという話も聞いた、あの人に。


「ごめん、親父。俺はウムルに興味がない訳じゃないけど、むしろ興味はあるけど、理由はそこじゃないんだ」


その想いを、素直に伝える。親父に隠し事はしたくない。


「ならなぜ、わざわざ?」

「会いたい人が、居るんだ。今の俺を、見せたい人が。少しはましになったって。あの頃よりはましになったって、見てもらいたいんだ。・・・まだ、全然だめだけどさ」


マシになったとは思う。少なくとも、あの頃よりは。まだまだ全然足りないけど、それでもマシになった。

少なくとも、あの人のように振る舞う事は無理でも、あの人を尊敬する身として、恥ずかしくないようには。


「お前、まさか向こうに惚れた女でも出来たのか?」

「な、何言ってんだよ、そういうのじゃないよ!」


驚いた顔で放った親父の言葉に、こちらも驚く。


「お、女はフェビエマ以外はいいよ、俺は」

「・・・そうか」


フェビエマには相変わらずあしらわれている。けど、俺は本気だ。あいつが欲しい。いつまでもそばにいてほしい。

だから俺は、女はあいつ以外は見ない。誰にも振り向かない。そう心に誓っている。


「あ、でも変な事言わないでくれよ。あいつ、親父の言葉は素直に従う可能性が有るから」

「言われんでもせん。むしろお前が不快な事をしたら殴って良しと言っているぐらいだ」


これで完全に親父の命令で俺の女にという可能性は無くなった。良しと思う反面、大幅にあいつが俺の女になる可能性が下がったのも理解している。

あいつにとって、俺は魅力のある男じゃないのぐらい、流石に理解できてるからな。


「お前の気持ちは解らなくもないが、お前もそろそろ相手を考えないといけない年だぞ」

「ウムルの王たちは30超えていたと思うけど」

「あそこはなんとでもなるだろうからな。だがお前はそうはいかん。良い相手が見つからねば困る。少なくとも、お前を補助できる女でなければ」


親父殿から直々に、真正面から未熟と言われたようなものだな、今の。

まあ、その通りなので何も反論はない。むしろだからこそ、フェビエマが一番いいのではないかとも思う。


「お前があいつを本気で想っているのは解るが、後継ぎは要る。むろんお前一人の話ではないがな」

「わかってるさ。弟妹達にって事だろ」

「ああ」


あいつらが後を継ぐことになる可能性も、あいつらの子供が継ぐ可能性も有る。

けど、それならそれでいいんじゃないかなとも思ってる。俺は王には向いていないと、学べば学ぶほど、思うところもあるし。

まあ、やるだけやって、やり切るまでは何もあきらめる気は無いが。


「まあ、話は分かった。お前が会いたい人物の事も気になるしな」

「会えたら紹介するよ」

「ああ、まかせる」


よし、これで会える。兄貴にまた会える。

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