第284話空き家の使用条件です!

「案外近かったね」

「そうだな。人の通りはそこそこ多いのか、道がちゃんとあったからな」


ちゃんと、とは言うが、人の足で踏みならした後の様な物だった。まあ、そのおかげで全く迷わなかったのだが。

でもまあ、そのおかげで思ったより遠くは無かった。道なき道を上っていくと、時間かかるからね。


村長の家らしき建物の傍まで近づくと、家の周辺は割と手入れされていた。横を見ると、人の居ない家が有るから、たぶんあれがおじさんの言ってた家かな。

外から見た感じ、なかなか気合入ってる建物ではあるが、廃屋という感じではない。


家の中に人がちゃんといるようなので、玄関のドアを軽くノックすると、はいはいと言う声が聞こえ、お婆さんがやってきた。


「おや、どなたさんかね?よその人がここに来るなんて珍しい」

「すみません、旅の者なんですけど、泊まるならそこの空き家を使わせて頂けると聞いて、お願いに来たんです」

「こんな所に旅なんて、物好きだね。ウムルにでも行った方がよっぽど楽しいだろうに」

「あー、その、ウムルから来たんです」

「ふむ、そうなのかい?」


お婆さんはそこで俺以外のメンツに目を向ける。


「なかなかの人数だね。まあ、好きにお使い。ただ泊まる間の掃除を任せていいかね?」

「あ、はい。えっと、宿賃とかは」

「今お願いしただろ?」

「えっと、掃除だけでいいんですか?」

「ええよええよ。もともとたまーに来る客人を泊めるようにある家だからね。今んとこ客が来る予定もないし、好きにお使い」

「ありがとうございます!」


お客さん用の家なのか。てことは普段から掃除してるっぽいな。いる間ちゃんと掃除して、綺麗に返そう。


「気持ちのいい子だね。どうだい、ここに住み着いて畑やらないかい?」

「あ、いえ、その、すみません、やりたい事が有るので」

「そうかいそうかい。気が変わったらいつでもおいで」


笑顔で本気か冗談か解らない事を言うお婆さん。若い人少ないのかな。上から見ると分かるけど、凄い広い畑がいくつも有るんだけど。

もしこれをお年寄りだけでやってるなら大変そうだなぁ。


「じゃあ、お借りします。えっと鍵とかは・・・」

「鍵・・・ああ、そうだね。えっと、すまないね、鍵は無いんだよ」

「え、じゃあどうやって開けたら」

「いやいや、鍵自体無いんだよ。有るのは作物を保存しておく倉の分ぐらいでね。この辺の家は全部鍵は付いて無いんだよ。都会の人には少し不安かもしれないねぇ」


鍵がないってさ。なんかすげえ懐かしい感じがするわ。じいちゃん元気かな・・・。

俺の事覚えてないだろうけど、元気かどうかはやっぱ気になる。まあ、あそこは鍵が無いんじゃなくて、かけないだけど。


「そうですか、ありがとうございます」

「大丈夫かい?」

「ええ、慣れてますから」

「そうかい」


俺の答にお婆さんはにっこり笑う。笑い皺がいい感じに刻まれている優しい顔だ。

お婆さんにお礼をして、空き家に向かおうとすると、誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。


「村長ー!大変だー!」


村の人だろう女性が大慌てで村長さんの家に走ってきた。俺達は既に少し離れた位置でそれを眺めている。

何か事件でもあったんだろうか。


「どうしたね、そんな慌てて」

「う、うちの馬鹿旦那が物分かって無くて遅れたんだけど、大変なんだ!」

「はいはい、大変なのは分かったけど、少し落ち着きなさい」


慌てる女性を落ち着かせようと、お婆さんは努めて穏やかに話している気がする。流石村長さんって感じなのかな。

あ、そういえば全然確認してなかったけど、あの人が村長だったんだ。

女性はお婆さんの声音で、少し落ち着いてから話し出す。


「今日、村に人が来たんだ」

「うん?珍しいけど、そこまであわてることじゃないだろ?」

「そ、そうなんだけど、来た人がとんでもない人なんだよ!」

「とんでもない人?」

「ウムルの大貴族様だよ!」


・・・ウムルの大貴族様を皆で一斉に見る。


「なんだよ。あたしは何であんなに慌ててんのか、わかんねーぞ」


どうやらイナイも彼女が何を慌てているのか解らないようだ。

てことは単純にあのおじさんが緩いだけで、この国も貴族に対しての態度とかいろいろあるのかな?


「ウムルの貴族様って。いつもの人じゃないのかい?」


うむ?ウムルから来る貴族の人がいるのか。イナイ先生を見ると首を振られた。


「予想はつくが、管轄外」


一応予想はついているなら、そこを教えてほしいんですけどという気持ちをのせてイナイを見つめる。

その視線に応え、イナイが説明を始める。


「多分、うちの国の誰かが、この村の作物輸入してるんだろう。その注文に来てるやつの事だと思うぞ」

「貴族が直接来るの?」

「んー、その辺は解んねーな。キャラグラさんに聞けばわかると思うんだが」

「キャラグラさん?」

「あ、そうか、会った事無かったな。今度紹介してやるよ」


なにやら色々と事情通の方が居る模様。色々教えて貰えそうなので、お知り合いになっておきたいな。

主に大きな釣り場とか。釣り堀とか。そういえば海はもっと南に行かないと無いんだよな。ウムルってば内陸部だから。

・・・そういえば、樹海にいる頃、新鮮な魚も結構あった気がするんだけど、あれは海の物だったのだろうか、川の物だったのだろうか。


「あの人だったらそんなに慌てないよ!」

「はいはい、分かったから、落ち着きなって」

「う、ご、ごめん。でもすごい人が来ちゃったんだよ」

「うん、だから誰だい?」

「あの8英雄の一人だよ。技工士の人。うちの作物視察に来たのかもしれない。もし出荷できなくなったらこれから大変だよ」

「・・・なんだって?」


女性の言葉に、お婆さんは一瞬返事が出来ず、もう一度聞き返す。


「だから、8英雄の人だって!うちの馬鹿旦那が粗相をしたっぽくてさ。村長のとこに向かうって言ってたし、急いで来たんだよ」

「・・・」


女性の言葉を聞きつつ、ゆっくりと俺達に目を向けるお婆さん。はいこちらがその技工士の貴族様になります。

お婆さんはゆっくりこちらを眺めた後、顔を女性に戻す。


「村長、なにみて」

「ちょっとおいで」

「え、そ、村長?」

「はいはい、良いからちょっと中にお入り」


女性は困惑しながら村長に手を引かれ、半強制的な感じで家に入っていった。


「うーん、ちょっと面倒になりそうかな?」

「・・・まあ、大丈夫だろ。あたしは自分が関与してない、きちんと手続き踏んでる輸入に口を出す気はねえし」

「あ、関与してないんだ」

「昔ならともかく、今は殆どねーな」


つまり昔はその手の仕事もしていたんですね。なんというか、なんでもやるなぁ。

やるしかなかった、という所も有るんだろうけど。戦後って大変だろうし。


「それはともかく、折角借りたんだし、使わせてもらおう」

「そうだな。掃除もかるくしねーとな」

「グレットはどうしよう、お姉ちゃん」

「中入れいちまいな。宿じゃねーし、掃除するしな」


イナイに任せたら掃除どころか家の改修が始まりそうだと、少し思った。

とりあえずちょっと使える状態にしたら、休憩にしよう。着くの早かったとはいえ、山道は少し疲れた。

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