第281話ベレル君がお家に帰ってからですか?
「ただいまー」
少しばかり機嫌よく、帰ってきた事を伝えながら家に入る。
とはいっても、誰も返事はない。店から入ったので、返事はしない。今は誰も店先には居ないから。
そのまま奥に入って、ばあちゃんの様子を見に行く。
「ばあちゃん、具合はどう?」
部屋に入ると、ばあちゃんは腰を回して、体の状態を確かめていた。
「お帰り。なんだい、えらくご機嫌だね」
入って来た俺を見るなり、当たり前のような顔でそんな事を言って来るばあちゃん。
俺は思わず慌てて口を開く。
「な、何やってんのばあちゃん!」
「なにって、回復具合の確認だよ」
「せっかく治してもらったんだから、もう一日位大人しくしてなよ!」
ばあちゃんはタロウさんに治癒魔術をかけてもらい、腰は治っている。薬を作り終わってから思い出したようにタロウさんは治していった。正直俺達三人ポカンとしてしまった。
ただ、元々の高齢と、そこまで頑丈では無かったので、無理をすればまた同じ事になるだろうとタロウさんは言っていた。
なので大事を取って、俺が代理で組合に行ってきたのに。
「また腰やったらどうするの!」
「そん時はそん時だよ。それにそうならないために状態確認してんだよ」
ああいえばこういう。ばあちゃんは本当に俺のいう事聞かないんだから。
全く、心配してるってのに、なんでわかってくれないかな。
「ああ、そうですか、それでまた腰やっても知らないよ!」
「はいはい、そりゃ気を付けますよ」
俺の言葉を適当に返すばあちゃんに腹が立つ。
「はあ、折角気分良かったのに」
「みたいだね」
ばあちゃんは俺の態度で何かが有ったのを察していたようだ。その察しの良さを、心配してる自分の心の方に向けてくれると嬉しいんだけど。
「なにか・・・あんた、それどうしたんだい」
ばあちゃんは何かを問いかけて、途中で俺の胸元にある物に気が付き、そちらを問う。
「これ?貰ったんだ。雑貨屋で材料買って、首飾りにしたんだ」
俺の首には、綺麗に光を反射させる石がぶら下がっている。
「・・・貰ったって、あの小僧にかい。あんた、それがどんなものか分かって持ってるんだろうね」
流石ばあちゃん。これが何なのかは一発で分かったようだ。正直俺はその存在と、内容を知ってるだけで、宝石とこの石の差は見るだけでは解らない。
「精霊石でしょ。危ないのは知ってるよ。でも、これはタロウさんが俺にしか使えないようにしてくれたらしいから、大丈夫だよ」
「あん、どういう事だい?」
ばあちゃんは方眉を上げ、怪訝そうに聞いて来たので、組合でのことを説明する。
するとばあちゃんは一層怪訝そうな顔になる。
「なんだいそれ、そんな話初めて聞いたよ」
「え、そうなの?」
てっきり、錬金術を修める人には常識なのかと思ってたけど、違ったようだ。
てことは、これ危ないのかな。
「まあ、精霊石に関してはあの小僧の方がはるかに上だ。だからあたしが知らない技術もしってんのかもね」
「そっか、なら大丈夫かな」
少し心配になったけど、ばあちゃんの言葉で安心する。良かった。もし普通に使えるならどうしようかと思った。
「ただ、それはその精霊石をそのまま使用した時の事だろう。それは錬金術の材料にもなるんだ。その場合、その技術は関係あるのかね?」
「あ、ど、どうなんだろ」
その辺はタロウさんは何も言ってなかった。大丈夫って言われて安心してたのと、手を握られて、ちょっと、ほうっとしてた。
「やれやれ。まあどっちにしろ、あんたみたいなのがそんな物ぶら下げてちゃ危ないよ。ちゃんと中にしまっときな」
「う、うん」
少し残念に思いながら精霊石を服の中に仕舞う。せっかく綺麗だし、外に出しておきたいんだけどな。
「しっかし、あの小僧、よく気が付いたねぇ」
「・・・多分気が付いて無いと思うよ」
「あん、そうなのかい?」
「うん。材料がばあちゃんのだから、貰ったような感じ」
「そうかい、そりゃあ、残念だったね」
「ううん、いいんだ。それでも、いいんだ」
精霊石を服の上から握りながら、ばあちゃんに応える。
嬉しい。たとえあの人が気が付いていなくとも。たとえ何とも思われていないとしても。
始めて男の人に、こんな綺麗な物を貰った事が、少し、嬉しい。
「せっかくアンタを嫁に出せる相手が見つかったかと思ったのにねぇ」
「冗談。婿に来るならともかく、俺は絶対嫁になんかいかないよ。俺は絶対ばあちゃんの後を継ぐんだから」
「婿も来てくれるのかどうか。この薬屋もあんたの代で終わりだね」
「く、くるよ!まだ俺はちょっと子供なだけで、大きくなったら母さんみたいになるよ!」
「ならせめて、その男の格好どうにかしてほしいねぇ。少しは髪を伸ばすとか」
「だって、この格好の方が作業しやすいんだもん。髪も長いと薬に混ざるし」
俺の言葉に、ばあちゃんはやれやれと言った感じで首を振る。
世間の女性がするような恰好は、少し動きにくいし、俺はこのままの方が楽なんだもん。
「そうかい。好きにしな」
諦めた口調でいうばあちゃんに反感を覚えつつも、しょうがないとは思うのでそれ以上は何も言わない。
一応自覚はしている。一人称も誤解の元だし、見た目も格好も明らかに男だから。でも一人称は気が付いたらこうだったんだから、なかなか直せるものじゃない。
「んで、あんた、あの小僧に言い寄りに行くのかい?」
「ばっ、なにいってんのばあちゃん!」
「なんだい、珍しく可愛い顔してるからてっきりそういう事かと思ったよ」
「行かないよ!さっきも言ったじゃないか!俺はここを継ぐって!」
唐突にばあちゃんがとんでもない事を言い出したので、慌てて訂正する。
俺にそんな気は一切ない。そんな度胸もないし。
「あの小僧、なかなかいい腕だったし、色仕掛けの一つでもしてきても別に構わないんだよ。ここに残れば便利そうだし」
「孫を利用しようとするなよ!」
俺の事を気にしてではなく、単純にタロウさんが欲しかったようだ。そのために俺を利用しようとするな。孫をなんだと思ってんだこのばあちゃんは。
「ま、それは冗談としても、いいのかい?」
さっきまでの笑みが消え、真面目な顔で聞いてくるばあちゃん。多分きっと、本当にタロウさんの元へ行かなくていいのかと聞かれているんだろう。
「いいよ。さっきも言ったでしょ。俺はここを継ぎたいんだ」
「そうかい、ならもう何も言わないよ」
そうだ。俺はここを継いで、出来たら婿を迎えて、この薬屋を残したい。
だから、これでいいんだ。今日は凄い人が来て、その凄い人はとても優しい人で、俺に良い物をくれた。
ただ、それだけだ。それだけの、良い思い出だ。
俺は精霊石を握りながら、自分にそう言い聞かせた。
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