第280話シガルの秘密特訓ですか?
森の中に乾いた破裂音が響く。それにほんの少しズレて、何かが当たる音も。
『相変わらず、まっすぐ飛ばないな』
『ジュウ』を撃つ練習をする私を後ろから見ながら、ハクが呟く。傍らには大きい足環をつけたエバスが少し怯えながら座っている。
あの足環には飼い主であるあたしの情報が入っている。あの子があたしの物だという証明だ。
嫌がるかと思ったけど、つける時は何故かすごく喜んでいた。なんでだろ。
「ある程度の距離までならちゃんと当たるんだけど、あまり離れると当たらないんだよね」
タロウさん本人が言っていた通り、弾丸はまっすぐ飛ばない。砲身の作りが甘いからだとタロウさんは言っていた。
実際の所、魔術が使えない、使えても未熟な人達からすれば、まっすぐ飛ばなくても強力な武器なんだけど。
例え魔術師でも、いつでもどこでも障壁を張って防御できるわけじゃない。戦闘がどれだけ上手でも、平時からずっと気を張っていられるわけが無い。
ただ、遠距離戦闘になると、やはり魔術を使うし、使えなければ弓矢か接近戦闘になる。そうすると必然攻撃は悟られるし、対処も取られる。
この武器は、それを解消してしまう武器だ。もちろんタロウさんやイナイお姉ちゃんみたいに、常に探知を展開している人には別だけど。
「十分強力な武器だよね」
少なくとも、この武器が有れば、誰でもエバスも倒せる可能性が有るだろう。実力差なんて、有って無い物になる。近距離でも使える武器だ。
『私には通用しないぞ』
「ハクは竜だからね」
この弾丸はハクの鱗を貫通することはできない。そもそも正面からだと、ハクは普通に受け止める事が出来る。
けどそれはハクだからであって、普通の人には無理だ。弾丸が飛ぶ速度に対応できない。
『それに、そんな物使わなくたって、あっちの方が強いだろう』
「うん、それはそうなんだけどね」
この武器の、もう一つの弾丸である魔導弾丸。この名称はタロウさんが勝手につけた物だと言っていた。タロウさんが元いた世界には無い物らしい。
あたしは緑の線の入った魔導弾丸の一つを弾倉に込めて、近くの石を上空に投げ、それを狙って引き金を引く。
すると放り投げた石めがけて暴風が巻き起こり、暴力的な風が石を粉砕していった。
『そっちなら狙った通りに飛ぶし、威力も上だろう』
「それは解ってるんだけど、威力がありすぎるんだよね」
この前の亜竜みたいに空を飛んでる相手ならいいけど、地上の相手だといろんなものを巻き添えにしてしまう威力だ。人が多い所だと使いにくいのが目に見えている。
個人的には普段は普通の弾丸の方が良いんだけど。
「でも、これ作るのお金かかるらしいからなぁ」
今日練習で撃った分だけでも、そこそこの額になる。一応タロウさんにはどうせ試し打ちするために作った物だから気にしないで良いし、もし必要だったら言ってくれれば作るとは言われてる。
けど、本来はそうポンポン作れる様な物じゃない。一応タロウさん結構作ってたみたいでそこそこの数は有るけど。
ネーレス様から材料を好きに使っていいと言われていて、後から値段を知って驚いたって言ってた。
それに比べてコッチの魔術が発現する魔導弾丸は、作成に殆どお金がかかっていないらしい。
かかっているのは薬莢となる部分の材料費だそうだ。
「そもそも、これに頼らないといけない事態はなるべく無いようにしたいけど」
この武器は、自分の能力が無くても戦えてしまう。つまりこれをあたしが使うという事は、その時あたしは戦える状態にない可能性が高い。
いや、勿論上空に居る相手や、魔術戦をしなければいけないなら、この武器は大きな優位性を持つ。なにせ無詠唱で強力な魔術を放つ事が出来る。それも何度も連続で。
「だからこそ、頼ったら不味い」
便利だけど、便利過ぎて、自分が伸びない。特に魔術師隊を目指している身としては、これに頼るわけにはいかない。もちろんこれを作ったのが私なら別の話だけど。
そしてこの武器を使って気が付いた事が有る。引き金を引いたとき、魔力水晶がうっすらとひかり、力を発している。
勿論それは機能的な物を発動させるためでもあるんだけど、なんとなく、私は違和感を覚えた。どこか、何かに似ていると。
「まさか弾丸が無くても撃てるとは思わなかったなぁ」
この武器に魔力を注ぎ、弾倉の中に弾丸を想像して、引き金を引く。すると弾丸が入っていないのに、魔力の球が飛んでいった。
速度は普通の弾丸より遅いし、威力もあまり高くない物だけど、それでも普通に魔力の玉を形成するよりは、はるかに早く作り上げられるし、何より通常の魔術も無詠唱で発生させる事が出来た。
勿論魔力の制御が必要だけど、それでもとんでもない話だ。
「これ、魔導技工剣と要は同じだよね」
本当にとんでもない物を貰ってしまった。タロウさん本人はこれの機能を分かってるんだろうか。
いや、知らないでそのまま渡した気がするなぁ。だってタロウさんだもん。解ってたら多分言う。
「使いこなせるようになったら驚いてもらおうかな」
今日はタロウさんについて来て貰わないようにしている。タロウさんに伝えた時の寂しそうな、悲しそうな表情を思い出すと、少し申し訳ない気持ちと同時に、何とも言えない感情が少し沸きあがった。
タロウさん、揶揄うと可愛いんだけど、苛めても可愛いんじゃないかって思った自分が怖い。間違いなくお母さんのせいだ。絶対そうだ。
『イナイから貰ったほうは練習しないのか?』
「え、うん、するよー」
もう一つの理由。イナイお姉ちゃんから貰った武器。これを使いこなせるようにこっそり練習するためだ。
短剣型の対になっている二振りの魔導技工剣。それも普段は刃が握りの中に入っているので、ただの握りだけの、不思議な物だ。
真ん中にクエナが彫り込んでる事さえ抜けばだけど。これがある事で、見る人が見ればすぐわかる。
この剣の機能は単純明快。ただただ『切り裂く』事に特化した魔導技工剣。
「これの制御も出来るように成らなきゃね」
これを使って初めて、タロウさんが『ギャクラセンケン』を当たり前に使っているのがおかしいと思った。
魔力をちゃんと制御しないと、どんどん魔力を持って行かれるし、剣が持って行く魔力の制御だけじゃなく、そのまま剣の魔術の発動も制御しないといけない。
勿論私のこれと、タロウさんの剣は性能が違うから、必ずしも同じじゃないんだろうけど。
「私の場合は制御の具合で性能変わるからなぁ」
タロウさんの方は、注ぎ込むことで威力を上げるタイプだけど、私のこれは維持する魔力を調整することで威力を変化させるタイプだ。
つまり、魔力を注がなければ只の鈍ら。というか、刃は無いに等しい。引いても切れない。
完全に魔導技工剣として機能を発現させたときにしか使えない武器だ。ただ、ちゃんと制御しないと魔力を全部もっていかれて大きな魔力の剣が一瞬出来て消えるだけだ。
『がんばれー!』
ハクはエバスの毛皮をモフモフしながら応援の言葉をくれる。やっぱりハク、あの子気に入ってるな。
あの子に初めて会った時も、ハクが何か気に入って追いかけまわしたんだよなぁ。とりあえずそれを止めてあげたら何故か懐かれたんだけど。
エバスはハクが応援したのが解るのか、私に向かって応援するように鳴く。若干怯えながら。
「はーい。頑張るよ!」
今日はこれの練習だけにしておこう。魔力と精神力が流石に持たない気がする。ハクには申し訳ないけど、今日は手合わせは無しだ。
でも今日は大丈夫そう。ずっともふもふしてて上機嫌だし。
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