第276話誰かをお探しですか?

「・・・凄まじいな」

「全くです。何かの冗談だと、笑い飛ばしていた連中に見せてやりたい」


一面焼け野原となった何もない土地を、相棒と二人で眺める。

遥か彼方まで、本当に何もない。全くの平地。ほんの少し前まで、ここには街が有った。有った筈だ。

この光景を見ていると、街が有った事が幻だったのではないかと思ってしまうほどに、何もない。


「実際に来てよかった。これは見なければ解らん」

「でしょう。いつも言ってる事、解ってくれましたか?」

「ああ、流石に素直に認めよう」


相棒に常日頃、人づてで聞いただけの情報と、その目で見て耳で聞いた情報では、天と地ほどの差が有ると俺に言っていた。

俺はいつも、情報は情報だと、内容を理解さえしていれば、見ていようがいまいが関係ないと返していた。

だが、これを見れば解る。相棒の言っていた意味が。どれだけ流れてきた情報を聞いていても、この脅威は理解できない。

これが、一人の人間の手によるものなど、想像できるはずがない。


街一つが一人の人間の魔術によって消え去った。文面だけ見れば、有りえない話ではない。

火は、上手く使えば街全体を消し炭に出来る。一番単純で分かり易い方法だ。だが、それだけなら、その文面だけならば、燃え尽き、残骸となった街が此処に在る事を想像するだろう。

滅んだ街を、こんな何もない土地ではなく、街が有った事が解る惨劇を想像するだろう。

だが、ここには何もない。ただただ焼けた地面が広大にそこに有る。ただそれだけ。


「とはいえ、自分も驚いてるんですけどね。流石にこれは想像してなかったです」

「そうなのか?」

「こんな事出来るのは、ウムルの英雄連中か、魔王だけだと思ってましたよ」

「お伽話の方か?亜人の方か?」

「両方ですかね?」

「そうか」


つまり、亜人の王もこれが可能という事か。笑えない話だ。そんな化け物が何人もいるというのは、さらに笑えない。

我が国で、このような芸当が可能な人間は居ない。少なくとも俺には無理だ。街を全て焼く程度は出来たとしても、ここまできっちりと全てを消し飛ばしておきながら、森に一切の被害がないなど、不可能だ。


「欲しいな、そいつ」

「一応どこにも属してないって話ですけど、まだ情報が足りませんねー」


数日前にその存在の情報が国に入って、ほとんどすぐに出たからな。たいした情報は期待していない。

むしろ、国内にもまだそこまでの情報が出回っていないようだし、この芸当が出来る人間が居ると知れただけでも上等だ。


「自由労働組合の連中が、非協力的でなければ話が早いのだが」

「支部の連中はともかく、本部は手が出せませんからねー。支部に関してもそこまで詳しい情報は引き出せませんし」

「忌々しい」


支部から引き出せた情報はあまりに少ない。奴の名と、出身国、組合の登録国。ただそれだけだ。

業績を引き出すには、あまりに時間がかかったので止めた。ただ、その男がこの国で何をしたのかは知ってはいる。


「英雄ともてはやされている筈だ。しばらくはこの国から出る事は無いだろう。王都に向かうぞ」

「ええー、本気ですか?」

「当たり前だ。何のためにこんな危ない国に来たと思っている」

「危ないって知ってるんなら、尚の事止めておきましょうよー。今行くと会いたくないのに鉢合わせする可能性ありますよ」

「構わん。奴らに後れを取り、さらに戦力差が開く事を憂うならば、その程度の危険何の事は無い」

「はいはいは、解りましたようー」


奴の出身はウムルだ。奴の存在をウムルが知らないわけが無い。そんな芸当をやってのける人材を、あの国が把握していな筈がない。少なくとも、この国の事件に、ウムルの連中が絡んでいることは事実だ。

ならばすでに、奴の勧誘を済ましているかもしれん。なら、それよりも好条件でこちらに引き込むまで。


「多少の金を積んでこの戦力が手に入るなら、安い物だ」

「まあ、首を縦に振ってくれればですけどね」

「振らねば、振るようにさせるまでだ」

「・・・その思考回路は、止めておいた方が良いと思いますよ。特にあの国の国民には」


おそらく相棒が言っているのは、かつてウムルの貴族の家族をさらった上に、従わない報復などという、相手の力を理解せず馬鹿をやった国の事を言っているのだろう。


「ふん、あのような無様な国の二の舞などせん。それに国力がまるで違うだろう」

「お願いですよ、ほんと。兄君と弟君のように成られると、ホント困るんですから」

「あの馬鹿どもと同じにするな」

「同じにしてないからあなたについて行ってんじゃないですか」


よく口が回る。だが、相棒のいう事は尤もだ。あの馬鹿どもが近くにいるせいで、偶に思考が引っ張られる時が有る。

あいつらの行動の先は破滅だ。俺は奴らのようにはならん。現実を見ていないやつらの様な愚者には、絶対に。


「その為にも、俺の力になりそうな物は欲しい。こいつは何が何でも欲しい」

「羨ましいですねぇ。そういうの言われてみたいですよ」

「なんだ、そんな欲求が有ったのか、お前にも」

「そりゃー、有りますよ。人間ですし、あの窮屈な国で生きてるんですし、必要とされたいですよ。死にたくないですから」

「安心しろ、俺が生きてる限りはお前は手放さん」

「そりゃー、助かります」


俺は相棒に本気で言ったのだが、相棒は信じてなさそうだ。俺にとってこいつは一番信用できる相手なのだがな。

まあ、俺がこいつを信用していても、こいつが俺を信用しているとは限らんのは解っている。


「で、歩いて行くんですか?」

「それ以外どうするんだ」

「・・・野宿続行ですね」

「戦場に行くことを考えれば、たいしたことじゃないだろう」

「俺は普通に宿で休みたいです・・・」


俺よりも慣れてるくせに良く言う。死体が転がっていないだけ、本当にましだろう。


「楽しみだな」

「野宿がですか?」

「違う、そいつに会うのがだ」


こんな芸当を仕出かすような奴だ。きっとまともではない。どんなやつか、会うのが今から楽しみでしょうがない。


「あなたは本当に変人が好きですね」

「そうだな」

「断言しないで下さいよ・・・」


相棒が頭を抱えながら呻く。お前もその一人なんだが、解っているのだろうか。

変人結構。まともなふりをして、取り繕っている気持ち悪い連中より、よっぽど信用できる。

自身の欲求に従い生きる奴の方が、よっぽど分かり易く、扱いやすい。


「扱いきれない変人だったらどうするんですか」

「その時はその時だ」

「あなた、そういう所は兄弟と変わりませんよね」

「何を馬鹿な。流石に本人を目の前にしてから、考えなしに馬鹿な事を言うような真似はせん」


かつてうちの馬鹿弟が仕出かした、他国の貴族と知らずに喧嘩を吹っ掛けた際、かなり面倒な事になった事が有る。

あの頃は既にウムルが落ち着きかけていて、その国はウムルと友好国だった。あれと戦争を始めれば、ウムルがそのまま付いてくる。

どれだけあの馬鹿弟の首を切って差し出そうかと思ったか。馬鹿兄はウムルなど叩き潰せばいいなどと、頭の悪い事を言い始める始末。

奴らは解っていない。ウムルの怖さを。あの男の、ウームロウの怖さを。


あの男一人で、下手な軍隊などすべて切り伏せられる。強化魔術を使わせなければなどと、そんな話では無い。あの男は異常だ。ただの体術だけで全てを切り伏せていく。人間の常識など、あの男には当てはまらない。

それにあの男の弟子も、それなりに腕が立つ。他の連中もあれに及ばなくとも、少なくとも我ら本来の常識より逸脱した範囲の存在なのは間違いない。

そんな連中に、正面からまともにやって勝てるわけが無い。


「流石に、それなりに命は惜しい」

「そう願います」

「では、納得したならば行こうか」

「はいはい・・でも王都に着いたら流石に宿に泊めて下さいよ?」

「気が向いたらな」

「あー、もう」


頭を押さえながら俺の後ろを歩いてくる相棒に苦笑しつつ、少しはいい宿に泊めてやろうと決める。

いつも助けて貰ってばかりだからな。少しぐらい返さんとな。


さて、楽しみだ。本当に楽しみだ。どんなやつか、どれだけの力量なのか、この目で見たい。

待っていろ、タナカ・タロウ。

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