第273話お婆さんの疑問ですか?

「メリエブ、あの小僧、一体何者だい」


メリエブに抱えられ、部屋を出る。ベレルが案内してるから、店の方で材料を見繕ったら、工房に来るだろう。

なので、メリエブにはそちらに連れて行ってもらう。相変わらずの馬鹿力だ。もう80越えるババアの筋力じゃない。


「英雄様だよ。噂ぐらい聞いてるだろ?」


アタシの問いに英雄様とメリエブは言った。英雄様。最近聞いた噂なら、ウムルの英雄が国を、王都を救ったという噂を聞いている。

実際、街が一つ滅び、王都が危険だった事が真実なのは知っている。だから、王都で戦いがあったのも本当の事なんだろう。

亜竜を倒した英雄。ウムルの8英雄。あんな小僧が?


「ウムルの8英雄の一人だってのかい、あの小僧」


信じられない。あんな小僧がその一人なんて。もしあの小僧がそうだというなら、少なくとも30近い年齢の筈だ。

あの見た目からはどう見ても10代半ばにしか見えない。


「いやいや、違う違う。そっちじゃないよ。そうか知らないのかい」

「あん、どういう事だい」


アタシが驚きとともに口にした言葉を、メリエブは否定した。けど、そうなるとあの小僧が何なのか、解らなくなる。


「あんたが知ってるのは、多分王都での方だろうね。まあ、実際あっちは目撃者が多かったから、話が通り易かったんだろう。あの坊やはね、滅んだ街の方に単独で向かって、3ケタの亜竜を屠った坊やなのさ」

「・・・頭でも沸いたのかい?あんたでもそんな事出来ないだろ。ウムルの8英雄の話も盛られてると思ってるのに、信じられるかい、そんな話」


複数の亜竜を一人で相手にし、無手で圧倒した女拳士。眠たい眼でそうなるのが当たり前のように亜竜を叩き伏せて行ったと聞く。

このババアでもそんなことは不可能だ。アマラナ坊やだって、そんな事出来やしないだろう。


「信じる信じないは自由だけど、そのうちこの街にもその話が姿絵と一緒に回ってくるだろうね。王女様があの子に惚れこんでるみたいだし」

「ああ、なんだい、そういうことかい。王女様に上手いこと取り入って、英雄に祀られるって訳かい」

「ひねくれてるねぇ。ま、あたしもあの子の実力を知らなかったらそう思ったかもね」

「実力?なんだい、手合わせしたのかい」

「いや、したのはうちのボンクラさ。あたしじゃ無いよ」


ボンクラというと、支部長の坊やか。相変わらずメリエブに頭が上がらないみたいだねぇ。口では言い合っていても、結局メリエブに勝てていない。


「ヴァッドに勝ったって事かい?けど、その程度なら、他にもいるだろう」

「ただ勝ったんじゃないのさ、その場から動かず、剣を構えてるあいつに、片手で勝った。事も無げに涼しい顔で。実力を見せるとか、そういう次元じゃなかったね。

だれも何をしたのか解らない。まるで相手にならない。あたし達とは、まるで違う次元の強さだったよ」


このババアが、自分とは違うと言った。古い付き合いだ、こいつの事は良く知っている。アマラナ坊やだって、このババアにはそこまで簡単に勝てやしない。

自分の実力に、確かな自信を持つ女だ。そいつが今、間違いなく『勝てない』と言った。アタシにはその事が驚きだった。


「あんたが、そこまで言うのかい」

「ああ、そこまで言うよ。あれは一種の化け物だよ。アマラナ坊やとダンが本当に可愛く見える程にね」


あの二人を引き合いに出して、あれらが可愛いと言い放つ。


「震えるよ。ウムルの8英雄はあれより強いって言うんだよ。戦争当時、戦場に向かわなかったから知らなかったけどね。あんな話、ただの宣伝だと思ってたよ。

あんな物を見たら、一部でも信じるしかなくなる。ウムルの8英雄、ミルカ・グラネスは単独で軍隊に成り得るってね」


あんな話。アタシ達はあまり興味がなかった話。亜人戦争当時、ウムルの英雄たちが、ほぼ単独で戦い、勝利を収めて行ったという英雄譚。

興味がなかったから、情報を探る事もなく、内容を調べる事も無かった。なぜなら伝わってくる英雄譚は、どれもあまりにも馬鹿げていたからだ。


「あれが、真実だって言うのかい」

「そうだねぇ。少なくとも、あたしや坊やたちが束になっても、おそらく話にならないね。

あの坊やはそういう存在だよ。そしてミルカ・グラネスは、あの子の師匠で、あの子より強い。笑えるねぇ」

「本当に笑える話だね」


その話が真実なら、今後この国の行く末が不安だね。それが、その噂が真実なら、他の噂も真実という事になってしまうから。


「この国、大丈夫なのかね」

「お、そっちは知ってんのかい?」

「多少はね」

「ま、大丈夫だろ。坊やも大丈夫だって手紙よこしたし」

「・・・それなら安心かね」


どうやらアマラナ坊やからいくらか連絡を貰っているようだ。それなら、少し、安心できる。

この国で、唯一まともに信用できる、王都の貴族だ。


「じゃあ、それで断れなくて、連れてきたって事かい?」

「ひねくれすぎだろ、あんた。あの子は力になれるならって、善意で言ってくれたんだよ。お人好しだよ、あの子。あんたの態度じゃ、さっきの話は無かったことでって言われてもおかしくなかったよ」


はぁと、ため息を付くメリエブ。むしろ何でアタシこそ、そんな事を言われなきゃならないのさ。


「アタシはそんなため息を付かれる筋合いはないよ」

「あんたが依頼失敗にならないように、共同でやったって事にしてもらってんだよ」

「ばっ、なんでそれを先に言わないかね!それならもうちょっと態度が違ったよ!」


このババア、大事な事言わないで話を進めるな!


「言ったじゃないか、あんたの代わりだって」

「それじゃ、アタシが今使えないから代わりにやらせるとしか聞こえないよ!」

「あー、そりゃすまなかったねぇ。あっはっは」


メリエブの雑さに頭を抱える。いや、違う。多分こいつ、解っててやったな。


「あのー、大丈夫ですか?なんか、騒がしいですけど」


工房で腰を下ろし、頭を抱えていると、さっきの小僧が孫に連れられて入って来た。


「・・・大丈夫だよ」


とりあえず何とか言葉をひりだす。それ以外にどういえと言うんだい。


「で、えーと、ここ使っていいんですか?」

「好きに使いな。その辺の道具も・・・」


そこまで言って、小僧の持っている物に気が付いた。有りえない。こいつは今から何をする気なんだ。


「あんた、一体、何考えてんだい」

「へ?さっき言われた通り、精霊石作るつもりですけど」

「ばっ、あ、あたしを舐めてんのかい!そんな材料で出来るわけないだろう!」


小僧が持ってきたのは、クスリの材料としても安い物だ。手に入り易く、数も多い。

勿論そこそこの量持ってきてはいるが、それでもたいした損害にならない程度の安物だ。


「え、いや、出来ますよ?」


だっていうのに、アタシの驚きも、憤慨も気にせず、小僧は出来ると言い放つ。

その、あまりに当たり前の表情に、気が抜けた。なんだ、こいつ。なんなんだこいつ。


「それじゃ、やりますねー」


小僧は軽く言い放ち、材料を置いて行く。本当に、やるのか、あの材料で。

本当に、この小僧はなんなんだ。

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