第272話薬屋のお婆さんです!

組合を出て、お婆さんについて行くことしばらく、何やら不思議な絵の描かれた看板を掲げた家の前で立ち止まった。

ここが、さっきの子の家かな?


「邪魔するよー」


お婆さんはノックなどはせず、普通にドアを開けて入っていった。

俺は一瞬戸惑うものの、とりあえずついて行くしかないので、そのまま後ろをついて行く。

中に入ると、なんというか、ファンタジーな薬局という感じだ。ぱっと見怪しげな感じの液体とか、クスリの材料とか。

一応いくつかは俺も知ってる物が有るな。良かった。これで出された材料が全く知らない物だったらどうしようと思ってるんだけど、少し安心かな。流石に液体から中身が何かは解らないけど、ラベルに書かれている名前も知ってる物が殆どだ。


「はいはい、ちょっと待ってくださいねー。あれ、メリ婆、どうしたの?」


奥から出てきたのは組合に来ていた少年だった。店番とかやってるのかな。

そういえば錬金術の類は無理って言ってたけど、お婆さんの言葉から察するに、普通の薬ならこの子も作れるのかもしれない。


「ちょっとね。あいつは奥かい?」

「うん。奥で大人しくしてるよ」


少年はお婆さんに応え、奥へ通じるドアを開け、俺達を促す。

少し狭い通路に、扉が複数。このどこかの部屋にお婆さんが居るのかな?


「ところで、その人だれ?組合でもなんか話してたよね?」


少年は完全に部外者としか思えない俺の事を聞いてくる。まあ、当然だろう。

むしろなんでここに居るのぐらいの気持ちに違いない。


「あいつに説明するから、気になるならいっしょにおいで」

「わかった。メリ婆が連れてきた人なら、変な人じゃないだろうし」

「ははっ、どうかね」


どうやらお婆さん、かなり信頼されてるみたいだ。それに応えた言葉は若干切ないけど。

まあ、うん、実際変な人かどうかと言われると、変な人の部類に入ると思う。間違いない。

なんて思っていると、お婆さんはずんずんと一番奥にある扉を開く。


「おーい、ババアー、入るよー」

「何の用かい、ババア」

「お、意外と元気そうだね」

「あんたの顔見たら憎まれ口叩く元気は出てきたよ」


言葉は憎まれ口かもしれないが、なんとなく仲いい感じの言い合いに聞こえる。付き合いの古そうな空気を感じるな。

リンさんとセルエスさんみたいな感じだ。まあ、あれは一方的にセルエスさんがボロクソ言ってるけど。ていうか、ミルカさんも大概リンさんにキツイよな。

まあ、あれはあれで仲がいいんだとは思うけど。あの人達の関係も不思議な空気が有る。


「ばあちゃん、見舞いに来てくれたのに、それは無いだろう」

「いいんだよ、こいつはこれぐらいで」

「そうそう、動けないんだから口ぐらい元気でないとね」


少年が自身の祖母を咎めるが、お婆さんは何ともなく応える。お婆さん・・紛らわしいな、メリエブさんも同じように応え、少年は何か腑に落ちない顔だ。

こういうのは同じ時を重ねた者同士だけが分かる何かが有るから、俺達には分からない物だよな。


「まあ、いいけど。で、説明してくれるんだよね?」


少年は納得していない表情で納得の言葉を口にする。おそらく俺への興味の方が上になったんだろう。


「アタシを揶揄いに来たんじゃないのかい?」


お婆さんがメリエブさんに方眉を上げながら言うと、メリエブさんはにこやかな顔で。


「うん。動けないアンタを笑いに来た」


と言った。おい、ちょっと、あんた何言ってんの。


「ベレル。鉈取っておいで」

「ちょ、メリ婆なにいってんのさ。もう、ばあちゃんも起き上がらない!」


腰をやっているのに起き上がろうとするお婆さんと、それを止める少年。メリエブさんはにやにやしながらそれを見ている。

なんか、仲いいと思ったの、自信なくなってきた。頑張れ少年。


「ま、冗談さ。ほれ、寝てな」

「あいたたた!もうちょっと丁寧にやれないかね!」

「ああ、はいはい、わるいわるい」


メリエブさんは起き上がろうとするお婆さんをベッドに無理やり寝かせる。お婆さんは乱暴な事に抗議するが、どこ吹く風だ。


「あんた、その腰じゃ、仕事できないだろ」

「・・・やるつもりだったのに、そいつがあんたに余計な事言いに行ったから、やる必要が無くなったんだよ」

「だって、あのままだったらばあちゃん倒れても仕事しただろ」

「はん、やり切って倒れるなら本望だね!」

「あんたねぇ・・・トシ考えな、トシを」

「あんたにだけは言われたくないね!」


あー、あるほど。少年が組合に来たのは、お婆さん休ませるためか。

おそらく、既に依頼は失敗扱いになったから、やっても無駄だから休むように仕向けたんだろう。


「とりあえず、ベレル」

「なに、メリば――」


少年がメリエブさんに声に応えようとした瞬間、拳がおとされる。いったそう。

いやそれよりも、なんで。


「ちゃんと事実は伝えな。例え祖母を想ってだとはいえ、あんたのやった事は、規約違反だよ。こいつはあんたが孫だから何も言わないだけで、あんたは問題になる事をやったんだ。謝っときな」

「いっつ・・・うう、ごめん、ばあちゃん」


なるほど。依頼を受けた本人以外が失敗を告げに行った。けど本人はやる気だったと。

確かに問題になるか。もしそれで薬を作り切ってたらどうなったのかと。


「・・・はいはい、アタシが折れりゃいいんだろ。相変わらず性格が悪いね。ちゃんと休みますよ」


だが、なぜかお婆さんがそんな事を言い出す。今のお婆さんが何か折れる場面だった?


「二人とも聞き分けが良くてよろしい」


二人の返事を聞いて、満面の笑みで言うメリエブさん。

なんか良く解らないけど、丸く収まったのだろう。

おそらくでしかないが、違反をした孫を想うお婆さんが、大人しく、自分の意志で休むという事にしたって所かね。

多分、メリエブさんも、お婆さんに無理させたくなかったのではないだろうか。だから自分の意志で休むと言わせたかったのかもしれない、


「んで、結局ソイツはなんなんだい」

「あんたの代わりだよ」

「・・・とうとう耄碌したのかい?」

「まだまだ現役だよ」

「どうだか」


メリエブさんの言葉に、ため息を付きながら答えるお婆さん。その目は少し怒気を孕んでいる気がする。


「あんたね、言っとくけど、あれは最低でも精石が作れる人間にしか出来ない物だよ」

「あたしにそんな事言われても知らないよ。ただこの子は、あんたが作る予定だった薬、全部知ってたよ」


精石って精霊石の事かな。それなら一応作れるんだけど。


「あの、精石って、これの事ですか?俺は精霊石って教わってるんですけど」

「・・・なっ、これ」


俺が精霊石を取り出してお婆さんに見せると、目を見開いて驚いた。


「これ、どこで手に入れたんだい!?」

「え、その、作りました」

「ふざけんじゃないよ!こんな綺麗な力の籠った精霊石、あんたみたいな小僧が作れてたまるものかい!」

「いや、そんな事言われても」


アロネスさんの作る精霊石の方が、もっと綺麗だけどな。使った時にロスも無いに等しいし。

俺の作った精霊石は込めた力から考えると、使用の際にロスが有る。だから多分、凝結晶の方を失敗するんだろうなと思ってる。あれはちょっと圧縮がずれると、そのまま爆発しそうな気配を感じるんだよな。

怖くなって途中で止めたから一応爆発はしてないけど。

まあ、俺には結晶石でも十分なので、そのうちそのうち。


「俺の師匠は、もっと綺麗な精霊石作りますよ?」

「・・・ほんとに、あんたが作ったのかい?」


お婆さんは俺を探る様に聞いて来た。ならその答えは行動で応えるしか無いだろう。


「はい、なんならここで作りましょうか?」


店を見た限り、材料なら有ったので作れる。別になくても、精霊石なら材料はちょっと外に出れば集められる。

精霊石の材料自体は、ありふれたもので作れる。問題は精霊石にする力を引き出せるかどうかだ。


「・・・そこまで言うなら作ってみな」

「はい。材料はここの物を使っていいですか?ダメなら外に探しに行ってきますけど」

「好きに使いな。その代わり、作れなかったら倍額払ってもらうよ」

「はい、わかりました」


おそらくお婆さんは脅しをかけたんだろう。薬の材料って、値段高いからね。

けど俺には知ったこっちゃないですよ。だって作れるもん。お婆さんはあっさりした俺の答に戸惑いを隠せないが、それも知った事ではない。


「じゃあ、材料分けてもらいますね」

「あ、まって、俺も行く」


店の方に戻ろうとすると、少年もついてくる。多分少年も俺を信用してないのだろう。

まあ、当然だろう。どこの誰が、ぽっとできた、出来るかどうかも解らない事を出来ると豪語する小僧を信用できるものか。

でもまあ、信用してもらうためにも、安い材料で作りますかね。

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