第267話アロネスさんの訓練ですか?
「さって」
地面をとんとんと蹴り、体の調子を確かめる。
訓練とはいえ、久々に本気で勝負するので、少し緊張してるな。
とりあえず道具類だけはすぐ使えるように、確認しておこう。いざという時間違えるとか間抜けにも程が有る。
「珍しいな、お前が私を誘うとは」
ロウがこきこきと首を鳴らしながら言う。向こうは完全に余裕だ。まあ、こいつはいっつも実戦のつもりで訓練してるみたいだしな。
「ま、ミルカやセルとかならともかく、リンやお前と普段からやろうとは思わねえよ。時々むきになるし、お前ら」
「あやつと同じにされるのは少々不満なんだが」
「ぬかせ。似た者同士だよ」
どっちも俺に剣士相手の戦闘では絶対近寄れなくなるトラウマを植え付けたしな。
今は多少ましだが、一時期マジで怖かった。
とはいえ、こいつら相手の勝負を定期的にやっとかねーと勘が鈍るからな。
「さて、今日は珍しくやる気に溢れているようだが、どうするんだ?」
「何でもありの一本勝負」
「まあ、構わんが、この距離で良いのか?」
「なめんなよ、何時までも間合いに入ってりゃ一撃入れれると思うなよ」
「よく言った」
ロウが暗に手加減は要らないのかと聞いてきやがったので、要らないと答えると楽しそうに笑う。
昔はリン相手にしてた時、よくこういう笑いしてたな。最近はバルフの奴がよく餌食になってるみてーだが。
「開始の合図は要るのか?」
「要らねえ」
答えた瞬間、ロウは剣を抜き、俺に斬りかかってきた。これだよ。リンもロウも、本気の勝負で不意打ちとか舐めた事を言うなっていうタイプだ。
武に生きる身ならば、それこそ女抱いてる時ですら戦えるのが武人とか言ってたしな。この辺ミルカはまだ緩いな。
そんな事を思っているうちにすでに剣が首元まで迫り、ロウは棒立ちの俺の首元で剣をきれいに止める。
「・・・どうした、合図は要らないのではなかったのか?」
「おう、要らねえよ。だから、捕まえたぜ」
俺は剣を掴み、逆手でロウ抱きしめて捕まえる。
「何!?」
そのまま硬質化していき、金属の塊のようになり、ロウの動きを封じる。
「甘いぜ、俺がお前相手に何の仕込みも無く、目の前に立つと思ったのか」
俺は今まで動かしていた作り物の体の操作を放棄し、ロウの背後に転移で現れる。
あれは俺が作った魔導媒体。元は今の通り硬質な金属のような物体だ。魔力を通し、操作しようという意思に呼応し、操作者の思いの形に変形できる。
元に戻せばこの通り、ロウですら捕まえられる硬度を持つ。
「さって、どうする?負けを認めるならこれで終わりだけどな」
「・・ふふっ、なるほど。甘く見ていた。だが、お前こそ甘く見るなよ」
「あん?」
勝ちを確信してロウに声をかけたが、ロウは不敵に笑う。
あれを破壊するには、強化をかけたロウの全力でもないと無理な筈だ。そしてもし魔術を使うつもりなら、あれを破壊する前に俺の攻撃が刺さる。
流石にこの状況なら俺の方が早い。
「ふっ」
「くそ、ふざけんな!」
なんて思ってたんだけどなぁ、師弟共に常識破りだな畜生。
軽い掛け声とともに魔術強化無しでアッサリあれを切りやがった。その場での身体操作のみで掴まれている部分もご丁寧にぶち壊しやがって。そのまま俺への攻撃もしてきやがった。
その攻撃を避けて魔術を放つも、全て躱され間合いを取られる。くそったれ、雷避けんじゃねえよ。自然の力の形のまま放ったのに、当たり前に避けんな。
「さて、手品は後幾つあるかな」
「くっそムカつくわー。普通なら今ので終わりだぞ」
「はっはっは、お前こそ甘いぞアロネス。私の剣はあの程度では止まらん」
あーはいはい、そうですね、甘かったですよ。あの剣のせいも有るか。アルネの作った名剣だし。
俺は内心やっぱり普段からはやりたくないなと思いつつ、短刀を両手に四つずつ持ち、両手をそのままロウに向かって振り切る。
間合いはかなり遠い。ロウの間合いですらない。完全な遠距離。そしてその距離を全て埋め尽くす様な魔力の斬撃が辺りいっぱいに広がる。この8本は全て魔剣だ。
躱す余地はない。躱せる場所などない。すべての範囲に対する面の攻撃。
「シッ!」
その魔力の斬撃を、いともたやすく剣技のみで切り裂き、真っ直ぐにこちらに突っ込んでくる。化け物だな。
だが、あの速度はまだ魔術を使ってない。俺も強化を使ってないからだろうが、やっぱ手加減してやがるな。
「あんま、なめんなよ」
ロウの魔術阻害で防げないよう、全力で魔術の操作をし、ロウの足が地に着いた瞬間、土をロウの足に絡みつけて固める。
ロウは一瞬動きが止まるものの、魔力を孕んだ震脚でそれを破壊する。だがそれでいい、一瞬でも動きは留めた。
俺はその瞬間、魔導結晶を複数投げ、巨大な火の魔術を放つ。真っすぐにロウを貫くような、シンプルな火炎魔術。
だが、その攻撃を容易く避け、すぐにこちらに突っ込んでくる。いや、来ようとしたが、あいつは途中で罠にはまった事に気が付いた。
『残念、そっちは囮』
「の、ようだな」
今の攻撃は、当てるために放ったわけじゃない。そいつが傍まで近づいているのを気が付かせないための攻撃だ。
今ロウの背中には、炎の精霊が取り付いている。俺の合図でロウはまる焦げになる。普通の魔術と違い、精霊の魔術をあの距離で無効化は、あいつには出来ない筈だ。
炎の精霊に炎は効かない。だから、巨大な炎の中を通ってロウに近づいてもらい、背後からの攻撃。
間合いを取った上、強化せずに突っ込んで来たのが敗因だ。ロウが勝つつもりなら、間合いを取るべきじゃなかった。
勿論本気の実戦ならここからまだやれることはお互いある。が、この場でそこまでする意味はない。これはあくまで訓練だ。
「久しぶりだな。バッパラボッポだったか?」
『ええ。それでどうするの?続けるの?』
「降参だ。この距離でお前の炎を受けては、無事では済まんし避けられん。今も私に怪我をさせないようにしてくれているから焼けていないだけだろう?」
『だってさ』
ロウは精霊との距離を見て、敗北を宣言する。それを聞き、報告してくる精霊。
今ロウの体には完全に精霊が覆いかぶさっており、奴の炎を纏った長い髪の毛もたれかかっている。
あいつが攻撃の意志を見せていないから、ロウは無事な状態だというのは真実だ。
「いつまでも手加減して勝てると思うなよ」
「そういうつもりではなかったんだがな。まあ、負けた以上いい訳か」
「ま、本気なら、まだどうなったか分かんねーけどな」
「今のは本気だ。魔術を使っていようがいまいが、関係はない」
「あっそ」
剣を握り、戦った以上、それに全力を出せなかったからという言い訳は通用しない。だったっけ。
多分以前こいつが言ってた、そういう意味合いの事を考えてんだろうな。
俺としては、魔剣の8つ重ねの斬撃も、見せてなかったとっておきの媒体も、あっさり体術で破られてへこんでるっつうのに。
結局精霊使っちまった。使い勝手良過ぎるし、つえーんだよなこいつら。
「わりーな、また適当に呼び出した」
『気にしてない。私はそういうのどうでも良いわよ』
「そうだったな」
『そんな事より、報酬を』
「あー、はいはい、わかってますよ」
これさえなければ気軽に呼びだすんだけどなぁ。ヌベレッツ以外は無報酬で動いてくれる奴いないからな。訓練で使うとか、本当はしたくなかったけど、なんか手加減されてんのムカついたからしょうがない。
「これで終わりか?別に何度でも行けるぞ?」
「こいつ呼び出してなかったら2本目やっても良かったんだけどな・・・」
『やるなら別にいいわよ。その代りその分の報酬も貰うから』
「って事なんで、これで終わりで」
「そうか、ならば私は詰所に行って足りなかった分の汗を流してくる」
「おう、わりい」
「気にするな」
一応謝っておくと、ロウは立ち去る体勢のままこちらを向かずに手を振り、転移した。多分詰所に直接だろうな。
『では、行くわよ』
「はいはい・・・」
俺は手持ちの金を確認し、王都の劇場で、劇を見れそうな所を思い出そうとするが、普段いかないのでやってるかどうかわからん。
まあ行ってみりゃ分かんだろ。
『ほら、早く、何してるの。速く劇を見に行くのよ』
「あー、はいはい、今行くよ。とりあえずお前、炎しまってちゃんとの人族の女の振りしててくれよ」
『街に行ったらちゃんとやるわよ』
「たのむぞ、ほんとに」
若干不安に思いつつ、いつもの事だし諦める。偶に我忘れて元の姿になってるけど、俺が誤魔化すしかないだろ・・・。
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