第266話解決のための相談です!
組合に入ると、組合の中央に見世物のように檻が置いてある。なんで中央なのかは俺は知らん。
入れた時は端っこだったし。なんで真ん中に移動してるんだろう。
「お、良い所に。はい、これ」
お婆さんは困惑する俺に一切の説明なく、何か生臭い袋を渡してきた。なんだこれ。
「なんですか、これ」
「こいつの餌」
問うと、お婆さんはシンプルな返事をくれた。てことはこれ、生肉かな。袋の中を覗くと、肉の塊だった。
質感的に鳥っぽいな。
「はぁ、それを何で俺に?」
「腰抜けどもが多くてね、見本を見せてあげてくんないかね?」
腰抜けって何の話だろう。
良く解らず周囲を見渡すと、俺の視線に入った組合員たちは皆目をそらす。
もしかしてお婆さんに餌やってこいって言われて、怖がって逃げたとか、そんな感じかね?
「どいつもこいつも餌をやる程度で怖がってねぇ。あたしがやろうとしてたところにあんたたちが来たってわけだ」
「ああー・・」
でもまあ、このサイズの虎とか普通に怖いと思う。俺はまあ、あの樹海の化け物たちに慣れちゃったからな。
あの樹海、あの鬼とか亜竜以外にも、いろいろ居たんだよな・・・。
まあ、それは良いとして、虎に餌をあげるって事は、処分の方向じゃないって感じなのかな。
ま、とりあえず餌あげるか。
「シガル、剣もっといて」
「うん、わかった」
檻は2重檻になっており、中に入るのに剣が少し邪魔だと思ったので、シガルに預けておく。
外側の檻を開け、中に入ったら外側の鍵を閉める。すると組合員たちからどよめきが起きた。
入る時ならともかく、なんで鍵かけてる事に驚かれたんだ。鍵ぐらいかけれるわい。
それに閉めとかないと、万が一出てったら危ないでしょう。
ああ、逃げ道自分で潰した事に驚かれてんのかな?
そもそも逃げ道作らないと駄目なら最初から引き受けないけどな、こんな事。
悪いけど俺は卑怯で怖がりなので、出来なかったらやって無いです。
それにどうしても怖かったら檻の隙間から餌をあげれば良いんだし、ここに入った時点ではそこまで危なくはない。
因みに、虎はお腹が空いているのか、俺の目の前でがっしゃんがっしゃんやってる。今やるから落ち着け。
・・・今隙間からあげれば良いかなとか思ってたところだけど、サイズ的に入れにくいな。何で切ってないでほぼ丸ごとなんだ、この生肉。
しょうがない、面倒くさいけど中に入ってやるか。
内側の扉を開けると、虎はがばっと覆いかぶさるように飛びかかってきた。瞬間、組合内に悲鳴が走る。
仙術強化をして飛びかかってきた虎の頭を押さえつけ、地面に組みふすついでに小さく気功も流す。
虎はふぎゃっという鳴き声を上げて、驚いたように顔をこちらに向けた。なんか表情が見えて可愛いなこいつ。
とりあえずちょっと危なそうなので魔術強化もかけとくか。強化をかけつつ、内側の檻から飛び出している虎を、背中の肉を掴んで内側に入れる。
虎は驚いてるのか、抵抗せずにずるずると中に入れられる。猫だなこれ。檻の中央まで行くと、虎を離し、袋から肉を出す。
だが、虎の目の前に置いても、虎は食べようとしない。なんかおどおどした顔でこっち見てる。
「えーと、食べていいよ?」
肉を押し出すと、肉と俺の顔を交互に見て、恐る恐る口にしだした。一口二口食べるとこちらを見て、また一口二口食べるとこちらを見てを繰り返す。
でもそのうち、食べていいんだと認識したのか、ガッツガッツ食い始めた。時折美味いというかのようにこちらに向かって「グルァウア」って感じで鳴きながら。
俺はその様子をしばらく眺めてから立ち上がり、外に出る。檻から出た瞬間凄まじい歓声が上がる。
「へっ!?」
俺は何事かと、驚いてビクッと体を震わせてしまった。何だ、なんだ一体。
「すげーなお前!あの猛獣をいとも簡単に片手でとか!」
「うわー、そりゃ支部長簡単にあしらわれるわ。支部長あれに勝てる気しねーもん」
「いやまあ、俺達も無理だけどな」
「婆さん以外、一人ではどうにも出来ねえだろ。こいつ、でかすぎるんだよ」
ああ、うん。なんというか、サーカスの猛獣使いに歓声を上げる感じだな。
とはいえ、サーカスの場合は、ちゃんと信頼関係が有ると思うけど。こっちは単に組みふしただけだからなぁ。
つーか、これ完全に見世物扱いだな。まあ良いけどさ。
「えっと、もしかしてこの為だけに檻を中央に?」
「うん。うちの組合員共の度胸を見るために。腰抜けしかいなかったがね」
お婆さんはため息を吐いて皆を見ると、皆一斉に目をそらした。
いやまあ、それが普通じゃないかね。
俺だって仙術も魔術も使えなかったら、流石にあの中に入るのは怖い。
どうにかできる自信が有るから、素直に中に入っただけだ。
虎はご飯を食べて満足したのか、周囲を見る余裕ができたらしくハクを発見。どうやら空腹が優先されていて、ハクに気がついて無かったらしい。
ハクの反対方向に行くように檻の端で丸くなる。
「さて、あんた達こんな早朝からご苦労だね。もうちょっとゆっくりでも良かったんだよ?」
「まあ、ちょっと早めに目が覚めたので」
「そうかい、話が楽で助かるがね。ま、お茶でも入れてくるからそこに座ってな」
お婆さんはお茶お入れに奥に行くと、交代で支部長がやってくる。
「いやー、悪いね、街のゴタゴタに巻き込んで、その上助けてもらちゃって」
支部長はにこやかに俺達に声をかけてくる。この人、虎を相手にしてた時の方が信用出来たな。あの時のこの人は、皆を守ろうという感じで格好良かった。
なんて思っていると、支部長はさっきまでのにやけた表情を引っ込める。
「今回の事、君たちがまだ街に残っていなければ、大惨事になっていたかもしれない。本当に、感謝する」
支部長は真剣な声で頭を下げる。俺は失礼だが、この人、ちゃんとする時はするんだななんて感想が浮かんだ。
「いえ、惨事にならなくてよかったです」
俺が応えると、疲れた顔で支部長は顔を上げる。
「ほんとだよー。あいつの前足一振りで子供なんか一瞬でしんじゃうからねぇ。ババアも止められるか怪しかったし、本当に助かった」
さっきまでの真剣な声音はもうすでになく、なんかどこかいい加減そうな気配戻っている。だが、言っている内容は街の安全だ。
やっぱりこの人、悪い人じゃないよな。
「それで、あいつはどうするんですか?」
「暫くは処分したくないんだよ。あの爺咎めた時、どこにそんな猛獣がいる、連れて来いとかぬかしやがるからな」
「あのおじいさん、すっとぼけ続けてましたもんね」
「ん?いや、違う違う、領主にだよ。あのくそ爺から結構金貰ってっからな。相当はっきりした証拠と証人用意しないといけねーんだ。あの爺を破滅させられなくても、何かしら損させたい」
俺の問いに答える支部長は、領主かおじいさん、もしくはその両方が嫌いなのか、目元にしわが寄っている。
しかし領主か。こういう時、ちゃんとした判断を下してほしいのだけど、こっちにはまだウムルの人達や、王女様の意向を理解している人が来てないのかな。
「とりあえず俺は目撃者が一切いねえってのは、信じてねえ。いくら夜中だって言っても、あれが暴れたのは相当な騒ぎだったはずだ。それを聞いて、誰も何も関心を持たないなんて、有りえねえ」
支部長は真剣な顔で自分の考えを告げる。
「が、現状証人はいねえ。騒ぎの初手の時点で、周囲に金配りに行ったんじゃねえかなって、俺は思ってる。てなると、言葉を引き出すのは面倒なんだよなぁ」
そこで俺をちらっと見る。なんだろう。
「そこで、だ。迷惑だとは思うが、あんたの嫁さんに、ちっとお願いできねえかな。嬢ちゃんも騒ぎに巻き込まれたって事にしたいんだ」
俺はその言葉を聞いて、シガルを見る。まだ結婚したわけでは無いので、嫁ではないが。
シガルを巻き込むというか、シガルは見方を変えれば当事者の一人になりえると思うんだけど。
「あ、違う違う、あの子じゃない。もう一人の方だよ。貴族の嬢ちゃん」
「イナイですか?」
「そうそう。彼女、ウムルの大貴族だろ?流石に大国の大貴族がこの騒ぎに巻き込まれてて、内情も知っているって場合、下手なごまかしは出来ねーと思ってさ。
王都の方から今までの方針を変えるっていう話はこっちに来てるんだ。上手く行きゃあ、あの爺に罪をちゃんと負わせられる」
なるほど、一応王都の出来事の影響はここにも来ているんだな。ただ北側より少し反応が遅いだけで。
俺としてはこの提案は別に蹴る気は無いんだけど、今日は無理だな、これ。
「俺としては構わないんですけど、イナイに相談してみないと」
「いいよいいよ、それで。すぐ終わる話だとは思ってないからね」
俺の言葉にお茶を持ってきたお婆さんが答える。戦っていた時の荒々しさを感じさせないゆったりした感じで、熟練の秘書さんって雰囲気である。いや秘書に会った事無いけど。
「じゃあ、今日はとりあえず、その話を持って帰って相談って事で?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「わかりました。俺も、人が死にかねない騒ぎ起こして白を切るのは腹が立ちますし」
「くくっ、そりゃよかった」
支部長は俺の言葉を楽しそうに笑う。なんか変な事言ったかね?
「そういや、まだ一回も名のってなかったよな?」
「え、ええ、そうですね」
「貴族様にお願いするのに名も名のらずはちっと怖いから伝えとくよ。それも含めてよろしく言っておいてくれ。俺の名はヴァッド。あのババアはメリエブだ」
「よろしく頼むよ、坊や」
ヴァッドさんにメリエブさんね。うし、覚えた。
「解りました。伝えておきます」
「・・・すまない、助かる。本当に申し訳ないが、お願いする」
支部長はまた、さっきまでのいい加減そうな雰囲気を消し、頭を下げる。
本当に、この件に真剣に対処しようという気持ちが、伝わってきた。
まあ、演技だったらなんていうか、俺間抜けだけど。
とりあえずその場は出来る事は無かったので、まずはイナイと相談という事で帰る事になった。
ところでイナイは今更だがどこに行ったんだろ。まあ、帰ってくるの待つついでに、今日の訓練でもしてこよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます