第263話文句を言いに行きます!
「おらぁ!出てこい爺ぃ!」
お婆さんはとある豪邸の前で、凄まじくドスの効いた声で叫ぶ。因みにその豪邸は正面門の塀と門、家の入口周辺が破壊されている。
ドアだったものの木片とか、家の骨組みとか、すげー破壊後だ。
「なあ、これ、お前がやったの?」
俺が虎に聞くと、虎は軽く首を傾げ、俺には興味がないとばかりにシガルにすり寄る。
子供に次いで、シガルに懐いた動物にすら興味対象外である。いやまあ、最後に構ってくれたけど、あいつら。
俺がちょっと寂しく思っていると、虎がビクッと体を震わせた。
『見つけた。なんだ、暴れてないじゃないか』
ハクが俺達を発見して近づいてくると、虎は怯え、ハクから隠れるように、シガルにくっつく。
まあ、図体デカくて全く隠れてないけど。
「出て来ないなら入るよ!」
お婆さんは自分の言葉に家主が応えない事に業を煮やし、ずんずんと歩いて行く。ちなみにまだ大剣を抱えてらっしゃいます。
あれ、素で持ってんだよなぁ。どうやったら重そうなもの片手で振り回せるんだ。
「ったく、しょうがねえなあのババアは」
支部長さんは頭をぼりぼりかきながら、お婆さんについて行く。途中でくるりとこちらを向き、手招きをして来た。
「行こうか?」
「うん」
「・・・うん」
『良く解らないけど、ついて行けばいいのか?』
俺達は支部長の後ろをついて行く。ハクはとりあえずシガルが居るから来てる感じだ。
因みにイナイさんはいったん帰っております。着替えてから来るそうだ。
家の中に入ると、エントランスには負傷者らしき人達が複数人、手当てを受けていた。虎にやられた傷だろうか。見たところ重傷者は一人も居ない。
家の外、街の中でも、軽傷者は居るものの、重傷者はい居なかった。もしかすると、虎は暴れる気なんて全く無くて、攻撃されたから反撃しただけなのかもしれない。
「全く、変わらず騒がしいババアだな」
「はん、あんたこそ相変わらず間抜けな爺だね」
奥からエントランスに現れたお爺さんは、お婆さんに文句を言い、お婆さんもそれに負けじと言い返す。知り合いなのだろうか。
「あんた、言い訳は考えてんだろうね」
「何の話だ?」
「とぼけんな!あんたが無様なのはいいが、そのおかげで街に猛獣が放たれた上に怪我人も出たんだよ!怪我人だけで済んだからよかったが、この落とし前、どうつけるつもりだい!」
「知らんな。何の事だ。言いがかりはよしてもらおうか」
「ああん?」
「うちにも賊が入ってこの有り様だ。お前の戯言に付き合っている暇はない」
「はあ!?あんたいうに事欠いて賊にやられたってかい!どこの世界にこんな破壊をやってく人間がいるかね!」
お婆さんが目の前の爺さんに怒鳴りつけると、しれっとした顔で何のことかわからないと答え、この惨状を賊の仕業という。
いやー、無理がないかね。壁の傷跡とか、思いっきり爪痕とかあるし。
「あんな跡を人間がつけるのかねぇ!」
「付けていかれたのだ。仕方ないだろう」
お婆さんも同じ事を思い、爺さんに言うが、爺さんはそれすらも関係ないと言う。
この爺さん酷くね。多分素直に言って、何か責任だったり賠償だったりをするのが嫌でああいう返ししてるんだろうけど。
こんな騒ぎを起こしておいて、ふてぶてしすぎんだろ。
「・・・へえ、そうかいそうかい、そういう事を言うんだね、あんたは」
「当然だ。それとも何かね、この屋敷から何かが出て行く所を見ていたのかね?」
お婆さんが睨みつけるが、一切の効果は無し。すげえ怖いんだけどな。
時間が時間だったから目撃者はいなかったのかな。それともいくらか金でも払って握りつぶしたか。
「そうかい、解ったよ」
「そうか、それは何よりだ」
「なら、あんたが高い金払って手に入れたものが、もし生きてても、返す必要は無い訳だ」
「なに?」
お婆さんは一瞬こちらを向くような動作を取り、爺さんはこちらに意識が行く。
今までお婆さんしか見えていなかったようで、今になってこちらの存在に気が付いたようだ。
そしてその目は驚愕に開かれている。多分、この虎を見てるんだろう。
「な、何をしている!あの猛獣を捕まえないか!」
「なんであんたにそんな事言われなきゃなんないんだい。あれはあの子のだよ。大人しいし、懐いてるのを見ればわかるだろう」
「ば、馬鹿を言うな!何時暴れるか分からんものを檻の外に、それも縄も何もつけずなどと!」
「へえ、なんでそんなこと知ってんだい?」
「ふざけるな!エバスが狂暴な事など、常識だろう!」
「・・・あんた、なんであれがエバスだって言うのかね?ダバスとの違いが判るのかい?あんな大人しくて人に懐いてるんだよ?」
「何を言っている!あれはエバスに決まっているだろう!」
「なんでかねぇ?」
「とぼけるな!それは――」
「それは、なんだい?」
「そ、それは・・・」
先ほどと真逆に、叫ぶ爺さんと、ニヤッとした顔で対応するお婆さん。段々と、爺さんの言動は怪しくなっていき、とうとう言葉に詰まる。
俺が見分けがつかなかったエバスとダバス。イナイも言っていたが、基本的に見分けがつかない。
見分けがつくとすれば、細かい差なりが見てすぐわかるほど、その生き物を見てきた人か、生態なりを研究してきた人。
もしくは、元から知っているか、だ。
もし、ここでこの虎がエバスだと言い切るなら、きっとこの爺さんはこいつがエバスだと知っていた事になる。
この爺さんが、見分けがつくような生き方をして来たとは、流石に思えない。
「き、貴様が先ほど言ったんだろう!猛獣が放たれたと!」
「あたしは一度も、あれがそうだとは言ってないがねぇ。何であれが暴れたって思うんだい?あんた、賊の対応で大変だったんだろ?」
「なっ!お、お前があれを見て、それにさっきあんな事を言ったくせに!」
「はんっ、何の事か分からないね。それにあんな事って何の事だい?はっきり言ってくれないと分からないねぇ?」
「ぐううう、このババアめ・・・・!」
最初のしれっとした雰囲気はどこへやら、お婆さんに対して唸る爺さん。お婆さん、あの爺さん嫌いなのかね。俺も好きにはなれないけど。
「ま、知らぬ存ぜぬって事らしいから、たまたま街中で猛獣が現れて切り捨てった処理するかね。騒がせて悪かったねぇ?」
「・・・そうだな、とっとと出て行ってもらおうか」
「はいはい、とっとと出て行くさこんな胸糞悪い屋敷」
お婆さんはこれ以上は無駄だと判断したのか、会話を切り上げ、屋敷を出て行く。
俺達だけ残るわけにもいかないので、俺達も一緒について行く。その間、爺さんの目は、虎に向いていた。
「悪かったね、付き合わせて。胸糞悪かったろ」
「あ、いえ、いいですよ。でもあれでよかったんですか?」
「良かないがね。目撃者がいないってのは、事実なんだよ。騒ぎになった時には、そいつはこの屋敷から離れた位置だったからね。誰もあそこから出てきたのは見てないのさ。あの屋敷の人間以外は、ね」
「俺達が戦ってる間に、周囲の人間の避難と同時に、聞き込みも職員や、信用できる組員にやってもらってたんだよ。目撃者無しはめんどくせえわ」
どうやら目撃者の確認もしていたらしい。凄いな、支部長さん、優秀じゃないっすか。
でもなんか、悔しいな。この虎の存在を知ってるって事は、少なくともあの時組合に居た人間か、受け取った人間か、その関係者しかいない。
その中ならあの爺さんは、間違いなく受け取った人間だろう。
「今回はこのまま文句言えず、かねぇ」
「全くなしってのは、有り得ねえと思ってんだけどな、俺は」
「まあ、そっちは任せるよ」
「あいよ」
支部長はお婆さんの言葉に応え、ニヤッと笑う。何か考えが有るのだろうか。
とりあえず俺達は、明日この虎の処分と、今回の騒動を修めた礼の相談をしたいので、明日組合に来てほしいと頼まれ、とりあえず今日は帰る事になった。
因みにちゃんと虎は檻に入れてから帰った。帰り道でイナイと合流し、説明をすると、イナイの目が鋭くなったのが少し怖い。
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