第262話逃げ出しました!

「おやす・・・・あれ?」


就寝の挨拶をしようとして、言葉に詰まる。


「ん、どうしたタロウ」

「えっと、うん、ちょっとまってね」


言葉に詰まった理由。それはさっきの虎が、なんかえらい動いてるからだ。

なんとなく、あいつの波長を覚えていたので気が付いたのだが、なんか、物凄い動いてる。

ついさっきまでほぼ動いてなかった筈なんだけど・・・。


「さっきの『虎』、じゃなくて、えっと、エバスか。あれが物凄く動き回ってるんだけど、大丈夫なのかな」


流石に探知だけじゃ動きの詳細は解らないが、少なくとも檻の中で暴れてる様な、可愛げのある範囲じゃない。

民家数軒分ぐらいは・・・いや、もっとだな。めっちゃ動いてるな。

んで、なんかわらわらとその周りに人が増えだし、あれと衝突してるらしき動きが有る。あれ、これヤバくね。


「・・・これか。たぶんこっちがエバスだな。もしかして誰か檻から出したのか。いや、逃げ出したか?」


イナイが俺の言葉を聞いて、即あの虎を補足する。

逃げ出したエバスを捕えるためにひと騒動とか、そんな話だろうか。あの支部長何やってんだよ。


「お姉ちゃん!」


シガルが慌てた声でイナイ向かって叫ぶ。シガルは服装こそ寝る前の格好だが、既に装備を付け終わっている。行く気満々だ。

イナイはシガルを見て、自分の姿を見て、若干戸惑った顔を見せながらも、そのまま外に出る。イナイも寝間着だったからね。

でも普通のワンピースみたいなのだし、最初の頃の服装よりよっぽど大人しいと思います。


『ふーん、私がまだこの街に居るのに、暴れる気概が有ったか』


ハクはそんな事を言いながら竜の姿のまま出て行こうとしたので、尻尾を掴んで引き戻す。寝る前だったから、元の姿に戻っている。


『なにするんだ!』

「こっちのセリフだ!騒ぎがさらに大きくなるから竜のまま行くな!」

『・・・そうだった』


尻尾を引っ張った事に怒ったハクだが、俺が言い返すとしまったという顔を・・・たぶんしてる。たぶん。


「・・・おとうさん、行かないの?」

「あ、うん、すぐ行く。ハクはちゃんと服着て来いよ!」

『解ってるよ!』


クロトに急かされたので、応えるついでにハクに忠告しておく。衆人環視の中で服脱いで竜になろうとした奴が解ってると言っても説得力がない。








「おまえら邪魔だ!下がってろ!」


現場に行くと支部長が片手剣を構え、虎と対峙していた。幾人か負傷しているが、重傷者は見た限り居ない。

最初にアイツが居た位置はもっと離れていた筈だ。死者は出てないのだろうか。


「ふっ!」


支部長が虎に踏み込み、剣を切り付ける。だが虎はその剣を正面から前足の爪で弾くと、弾いた前足をそのまま裏拳のように支部長にぶつけようとする。

だが、寸前で剣を手元に戻し、それを何とか防ぐ。あれ、今刃を立ててたよね。あいつそこらの剣より硬いのか。


「くっそ、馬鹿でけえ図体に似合いの身体能力だな!」


支部長が大声で虎に文句を言う。俺より先に来ていたイナイとシガルはその光景を眺めていた



「イナイ、手を出さなくていいの?」

「・・・もしあれが組合のミスの場合、挽回をしたのがあいつなら収まりが良い。本人がどうにかできるなら、手を出さないでおこうと思ったんだが」

「支部長さん、負けそうだね・・・」


俺に見物してる理由を答えるイナイの言葉に、辛らつな言葉を吐くシガル。まだちょっと怒ってるのかな。

でもそれもしょうがない。まともに食らってはいないものの、虎に良いようにあしらわれている。

でも、なんか、気のせいか、あの虎、本気でやって無いような気がする。


「ねえ、シガル、あいつ、あんなもの?なんか、遊んでるように見えるんだけど」

「多分、正解だと思う。私達と会った時は、もっと早かったもん」


どうやらあいつは支部長で遊んでいるようだ。なんつーか、支部長、ドンマイ。

俺が支部長に心の中でエールを送っていると、支部長の横を、大剣を抱えてかけていく女性の姿が有った。

組合で出会ったお婆さんが、どう見ても体格に似合わない大剣をもって疾駆している。何だこの光景。


「よいせぇ!!」


地を擦る様に大剣を下段から振り上げ、虎に切りかかる。虎はその剣を爪で受けようとして、そのまま力負けして後ろにのけぞる。うそだろ、下からの切り上げに対しての振り下ろしの攻撃だぞ。

のけぞった虎に追い打ちをかけるべく、振り上げた大剣を振り下ろす。マジか、あの細腕のどこにそんな力があるんだよ。


「せやぁ!」


気合の一声と共に振り下ろされた剣は、残念ながら空を切る。虎は後ろ足で地面を蹴り、曲芸のように剣の軌道に体を回転させ、振り下ろしを避け、間合いを取った。あの虎すげえ。


「ちぃ、やっかいだねぇ!」

「ババア!なんで出てきた!」

「煩いぼんくら!一匹にどれだけ時間かかってんだい!それでも支部長か!」

「うぐっ」


横から出てきたお婆さんに文句を言うが、簡単に言い負ける支部長。だって、まあ、うん。今の見た限り、間違いなくお婆さんの方が強い。

なんか、あのお婆さん居れば何とかなりそう。ただ問題は怪我人だろう。


「イナイ、怪我人居ないのかな」

「今確認してる」

「・・・・え?」

「あたしの分体が今周辺見て回ってるよ」


イナイは手のひらに、ミニイナイを作り出し、俺に見せる。なにこれ可愛い。

つーか、すげえな。そんなに自在にサイズ変えて作れるのか。


「ただ見る為だけの物なら、複数いけるから便利だな」

「普通はそれでも凄いと思うなぁ」


どうやら見るという行為だけの為に、つくりが簡易になっているらしい。でも言うほど簡単じゃないと思うんです先生。シガルも同意見だし。

それに複数か。凄いな。酔いそうだわ。同時操作も大変そうだし。


「今んとこ見た限り、軽傷者しかいねえんだよな」

「そっか、それは良かった」

「そうだな。・・・ん?ふむ。ああ、なるほどな」


イナイは会話の途中で何かを見つけたのか、一人納得した顔をする。


「どしたの?」

「多分、受け渡された屋敷で、馬鹿が檻を開けたみたいだな」

「あー、その際に逃げたと」

「ああ。あいつが檻の中だとえらく大人しかったから、出しても大丈夫だと思ったと言ってるな」


なるほどね。確かに檻に入るのも大人しく入ったし、入ってる間も大人しかった。

けど、だからってよくあんな怖そうな肉食動物平気で解放しようと思うな。前の世界なら絶対やらんぞ俺は。


「ま、これであたしらが手を出しても特に問題は無さそうだな」

「そうだね。あたし行って来ようか?」

「んー、あの婆さん次第だな。まずそうだったら行ってやれ」

「うん、わかった」


えっと、うん。えーと、多分ミスしたのが組合じゃなくて、その受け取った人だから、手を出しても問題なさそうって事かな。

それなら支部長は、単純に街の騒動の為に出張ってきただけになるし。


「しかし、あいつ平均よりデカいし強いな。普通なら、あの婆さんにもう切られててもおかしくねぇ」


イナイが誰に言うでもなく呟く。やっぱりデカいのかアイツ。

その時、虎がこちらを見た気がした。そして一瞬、虎の動きが止まる。


「貰った!」


その隙を見逃さずにお婆さんが切りかかるが、今までにない速度でその斬撃を躱し、こちらに猛スピードで突っ込んで来た。


「なに!?」


お婆さんは、虎がいきなりどこかに走り去っていったことに驚きの声を上げ、虎を追いかけようとする。

が、その先に俺達が居るのを確認すると、立ち止まる。その表情は、やれやれと言いたげな感じだった。


「こっち来るみたいだし、やりますかね」

「おう。・・・ん?」


剣を抜き、皆に戦闘に入る様に言い、イナイが応えるが、クロトが俺達の前に出た。


「・・・多分、戦う気無いと思う」


俺達を見上げ、クロトはそう言った。戦う気は無いって、あの虎の事かな。そうは言うけど、今も猛スピードでこっち来てるんだけど。

だが虎はクロトの言葉が正しいと言うかのように、俺達の手前でスピードを緩め、体勢を低くしながらゆっくりと寄ってきて、シガルに猫のように体を擦りつけ始めた。

めっちゃゴロゴロ言ってる。


「・・・こいつもしかして、シガル探してただけかな」

「・・・そうかも。どうしようお姉ちゃん」

「どうしようつってもなぁ・・・」


懐かれてると思ったけど、逃げ出した後シガルの元に来るほどだったか。


「最初からあんた達探しに行った方が早かったかねぇ」


お婆さんが自分より大きい大剣を肩に担ぎながら、こっちにてくてくと歩いて来た。凄い絵面だ。


「あー、もう、無様晒しただけじゃねえかようー」


支部長もその後ろを脱力しながら付いて来る。


「あんた達には迷惑をかけるけど、少しついて来て貰っても良いかい?最低でもそちらのお嬢ちゃんだけでも来てくれると助かるんだが」

「あ、はい。わかりました」

「すまないね、助かるよ」


俺達について来てほしいという言葉に応えると、お婆さんはすまなそうに礼をいい、後ろを向く。


「あんの爺、覚悟しろよ・・・」


顔が見えないので、どんな表情してるのかは分からない。けど、怒りなのは良く解るほどドスの効いた声だった。

なんていうか、この世界怖い女性多いよね。

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