第259話ちょっとしたお願いだそうです!
「いやー、ごめんごめん。これでいいかなー?」
奥から複数の書類を持ってきた支部長は、その書類をシガルに見せる。
シガルは書類を受け取り、真剣に目を通す。その間に虎を入れる檻を持ってきて、その中に虎を入れた。
なんか、凄い耳垂れながら入ってったな。檻に入った虎は、ハクからなるべく離れるように檻の端に収まっている。ハクは少し残念そうだ。
「確認しました。これで良いです」
「いやぁ、良かった」
シガルが書類にOKを出すと、支部長はほっとした顔で息を吐く。
そこで支部長は手をポンと叩く。
「えっとさ、支払い自体は自業自得として、それだけ払ったんだし、少しお願い聞いてほしいなーと思うんだけど」
「・・・へえ」
「い、いや、ダメならいいんだけどさ、ちょっと聞くだけでも、聞いてくれない?」
支部長は、何か頼みごとが有るようで、シガルにそれを伝える。それを聞いた瞬間、シガルの目がまた鋭くなる。
支部長は慌てて言葉を紡ぎ、聞くだけでもと願って来る。おそらくこれ以上額を上げられてはかなわないと焦ったんじゃないかな。
「・・・」
シガルは無言でこちらに目を向ける。なので俺はシガルの好きなようにでいいよと思い、こくんと頷く。
シガルはそれに応え、小さく頷く。ハクは檻に入った虎をじっと見ている。止めてあげなさい、怯えてるから。
俺はハクの襟をつかんでこっちに連れてくる。
『なんだよぅ。私はあれと遊んでただけじゃないか』
「あれ『で』遊んでたでしょ。怯えてんじゃんか」
『あいつだって、人間で遊んでた事有るんだし、お互い様だろう』
「・・・うーん?そう、なの、かな?」
ハクの言い分に首を傾げつつ、そういう物なのかと、納得しかけるが、それでもあんまり追い込むのも可哀そうだろう。
ハクの言い分に一応は納得しつつも、引きはがす。
『なんだようー、なんだようー』
ハクはぶちぶちと文句を言いながらも、大人しくシガルの横まで来て、座っているシガルの背中に抱き着く。
シガルはそんなハクの頭をよしよしとなでながら、支部長との話を続ける。支部長は少し困惑顔である。
まあ、そりゃそうだろ。ハクの方がどう見ても年上なのに、シガルの方が保護者みたいだからな。
戦闘時はともかく、普段はどっちが年上なのやら。
「え、えーと、それで、続き良いかな」
「どうぞ」
「一応君らの事は、多少は聞いてるんだよ。アマラナの奴からの報告でさ」
王都の支部長さんから聞いてるのか。支部長さん、俺の階級的に、本部以外には報告義務はないし、俺の詳細も回らないって言ってたから、個人的にだろうな。
まあ、国内だし、そういう事も有るか。
「んでさ、すこーし、その少年の実力を見てみたいわけなんだ」
「タロウさんの、ですか?」
そこでシガルは俺の方をちらっと見る。実力ね。たぶん誰かと手を合わせろっていう話なんだろう。
あれだけの額を払ったんだし、聞いてあげるのはやぶさかではない、とは思う。
なので一応頷いておく。
「いいそうですよ」
「おお、それは助かる。お前らも見にくるかー?」
支部長は了承を得ると、手の空きそうな職員や、その場にいた組合員たちに声をかける。
興味があるのか、ぞろぞろと寄って来た。結構な人数いるなぁ。
「さて、戻ってきた後で申し訳ないが、また向こうに行こうか」
支部長は立ち上がり、訓練場に向かって歩いて行く。
もしかして、あの人がやるつもりなのかな。
「本当に良かったの、タロウさん」
シガルが少し心配そうにしながら、聞いてくる。
「ん?うん、大丈夫だよ」
俺はそれにシガルの頭を撫でながら答える。
まあ、多分間違いなく目立つことをやる事になるが、構わない。
英雄と崇められるのは苦手だが、シガル達の実力を示すために、相応の結果を見せるために動くのは、別に構わない。
「なら、いっか」
シガルは撫でている手を頬に持って行って、顔を摺り寄せながら答える。
なんか、ちょっと、猫みたい。
「さて、武器は片手剣で良いかな?」
「なんでもいですよ」
「そ、そうかい?得意な物の方が良いんじゃないか?」
「大体なんでも使えるので、何でもいいですよ」
「そ、そう」
獲物の選択を聞いてくる支部長に、何でもいいと返す。一応使い慣れてるのは、やはり片手剣ではあるが、別にどれでも使える。
そもそも、魔剣や技工剣ならともなく、普通の獲物なら、どれでも構わない。アルネさんのくれた剣みたいな、特殊な剣も無いだろうし。
木で模して作られたものが殆どだし、なんでもいいや。とりあえず渡された片手剣を受け取る。
「支部長まけろー!」
「ぼっこぼこにしてやれぼうずー!」
「いっつもえらそうなんだよ!ボロ屑にされちまえー!」
「むしろヤっちまえー!」
ギャラリーの組合員達は、ゲラゲラと笑いながら口々に支部長へのヤジを飛ばす。
「お前らひどくね!?後で覚えとけよ!」
支部長は、ショックを受けた表情で組合員に言い返し、さらに笑い声が大きくなる。
職員の人達もクスクスと笑っている。
「随分、人望がありますね」
「・・・ドウモ」
今回は少しぐらい嫌味を言っても許されるだろう。
支部長は口を大きく一文字にしながらつまらなそうな瞳で応える。
でも、ある意味本音でもある言葉だ。いくら何でも、支部長という役職についている以上、何かしらの権限はあるだろう。
そんな人にああも堂々と言い放てるというのは、この人が言って大丈夫な人だと思われてるという事だ。
舐められている可能性も無くはないが、多分、ある程度信頼されているのだろう。
「さて、じゃあどっちも準備はいいか?」
組合員の中から、さっきシガルとやった人が出てくる。この人は比較的まともそうだ。
シガルとやってた時も、シガルを気遣ってた気配が有ったし。
「いつでもどうぞ」
「いいよー」
彼の言葉に応える俺と支部長。この人、常に軽いな。
「はじめ!」
彼が開始の合図をすると、支部長は剣を構え、こちらをじっと見据える。
顔つきは相変わらず笑ったままだが、雰囲気が少し変わった気がする。
「んー、こないの?ていうか、構えないの?」
対する俺は片手剣をだらんと下げ、いつもの青眼の構えすら取っていない。
なので、支部長はそんな俺に訝し気な顔をする。
「まあ、そちらから来ないなら、行きますけど」
「どうぞどうぞー」
ふむ。これはあれかな、俺の実力を見るために、わざと待ってる感じなのかもしれない。
なら、こっちから動くか。
とはいえ、今回、俺は実は、まだ少し怒りを引きずっております。
シガルへの懸念は致し方ない所も有るだろう。俺達は見た目が見た目だから、疑わしいって気持ちはわかる。
けど、それならそれで、素直にその実力の提示を求めてくれれば、受けただけの話だ。あんなまどろっこしいやり方をしなくても良かったろうに。
その上、その謝罪が軽い。それもシガルにじゃなくて、こっちにだったし。多分だけど、俺が貴族とつながり有ると分かった上での行動だろう。
やっぱ、ちょっと、腹立つ。組合員たちの反応から、悪い人じゃないのは解ってる。けど腹立つものは腹が立つ。
なので――。
「じゃあ、いきます」
俺はそう言うと、剣を持っていない腕で軽くジャブをする。
俺の行動に、組合員たちは不思議そうな顔をする。当たり前だ。俺と支部長の距離はジャブが届く距離じゃない。
普通に踏み込んだとしても、一歩で届く距離じゃない。そんな距離で棒立ちからのジャブだ。意味が解らないのが当然だ。
けど、結果は見ての通りになる。
「うぅ・・ぐっ・・・」
支部長は胸を抑え、苦しそうにうめく。足は震えて、何とか膝をつくのをこらえている様子だ。
俺はそんな支部長にゆっくりと近づき、剣を顔に突き付ける。
「勝負あり、でいいですか?」
俺が自身の勝利を認めろと言うと、彼はあまりにも不可解だと、意味が解らないと思っているのがはっきり分かる表情で俺を見る。
まあ、何されたか分からないだろう。タネは単純だけどね。
単純明快に、仙術を大気を通して支部長の鳩尾に突き入れただけだ。
威力は抑えめにしたけど、人間って、ダメージを食らう覚悟がないと、結構ダメージデカくなる。
見えない打撃を急所に食らった支部長は、意味が解らないまま無防備になり、隙をさらす、という訳だ。
仙術の遠距離攻撃は、やっぱり反則に近いな。カグルエさんは、どうやってんのか知らないけど躱されたけどさ・・。
「まい・・た・・」
かすれた声で敗北を宣言し、崩れ落ちる支部長。それをみて、慌てて駆け寄ってくる職員と組合員。
やっぱ、結構人望あるなこの人。皆心配の声をかけている。
「だーから言わんこっちゃない。馬鹿だねぇ」
頭をぼりぼりかきながら、煙をふかして、細身で美人のおばあさんがやってくる。若い頃の顔のまま皺が出来たような女性だ。
「坊や、さっきのは命に別状はないんだろ?」
「あ、はい。単純に打撃入れたのと変わらないです」
「なら、少し休めば大丈夫だね。誰か、こいつ抱えてやってくれ」
おばあさんが言うと、職員たちはすぐに応え、支部長を抱えて行く。
「たく、馬鹿だねぇ」
「あのー」
「ああ、すまないね。あたしは此処で昔から働いてるババアさ。うちのぼんくらが迷惑をかけたね。申し訳ない」
おばあさんは何者なのかと思い声をかけると、キチンと応えてくれた上に、頭も下げられた。
支部長をぼんくらって言えるぐらいの人か。
「あ、いえ、いいですよ。シガルもやり返したようなものですし、俺もさっきので少しすっきりしましたし」
「そう言ってもらえると助かるよ。ただ、あいつもアイツで考えが有ったんだ。あんた達には迷惑だったと思うけどね」
「みたい、ですね」
考えなしの馬鹿を常にやる人に、あんなに人はついてこないだろう。そこは、分かる気はする。
でも、組合員たちの反応から察するに、ああいう事を言われることもやってる人なんだろう。
要するに、付き合いが長くなればいいとこが見えるが、短いと悪い印象の方が強い人なんじゃないかな。
「ま、お茶ぐらいは出すから、あんたたちも戻っておいでよ」
「あ、はい」
おばあさんの言葉に応え、俺達も受付の方に戻る。
とりあえず、俺もすっきりした。うん。
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