第256話だまされました!

「じゃあ、その子とこの中で誰か代表になって勝負って事で良いか?」


職員の男が俺達と男たちの間に立って問う。


「それでそちらが納得するなら。もししないならその後何度でも」


シガルがそう言うと、明らかに男たちの顔が怒りに染まる。


「嬢ちゃん、流石に舐めすぎだろ」

「代表が負けたら何も言わないと思える人達では無かったので。ちゃんと納得できるならそれでいいですよ」

「自信満々だな。・・・後悔すんなよ」


男たちは移動して少し冷静になったのか、怒りを見せる表情であっても怒鳴り散らしはしなかった。

・・・なんか、違和感あるな。なんだろ。


「じゃ、いつでもどうぞ」


シガルはそう言って、舞台の上に上がる。

男たちはその様子が気に食わないというのが、はっきりと見て分かる。


「俺が行く。いいな?」


ある男がそう言うと、皆頷いて下がる。どうやらあれがこの中で一番実力があるようだ。

とはいえ、女の子に全力で行く大人ってホントどうなんだと、正直思う。


「嬢ちゃん。こうなってから言うのは何だが、引くなら今の内だぞ」

「・・・お気遣い感謝します。けど、引く必要が無いので」


男は木剣をもち、舞台に上がるとシガルを気遣うような声音で言う。

シガルはそれに対し笑顔で応え、剣を二振り構える。いつものスタイルだ。

しかし、あの男、なんであんなに静かなんだろう。怒りの気配もない。やっぱ、何か違和感あるな。


「じゃあ、いくぞ。はじめ!」


職員の男が開始を宣言すると、シガルが駆ける。強化を使っている様子はない。

だが、シガルはウッブルネさんに鍛えられ、今もハクやイナイと手を合わせてどんどん伸びてきている。

強化無しとはいえ、動きはその辺に居る女の子のそれとはケタが違う。あっという間に懐に潜り込み、下から地を這うように剣を切り上げる。


男はシガルの動きに面くらったものの対応して見せた。なかなかやるなぁ、あの人。シガルの剣を弾き、体勢が崩れたシガルの肩に剣を叩きつけようとするが、その剣をシガルはあっさりと躱す。

それは体勢が崩れたのではなく、崩れたように見せて打ち込ませたシガルの罠だ。完全に決まると思っていた男は、シガルの次の動きに後れを取り、シガルの横なぎの剣をもろに食らいそうになるが、加減をしていて振り切ってなかったのだろうか、何とか剣で防いで見せる。


「マジかよ、嬢ちゃん」


男は驚きの表情でシガルを見る。


「ある程度は信じて頂けましたか?」


シガルは笑顔で言う。なんか、さっきまで言い合っていた雰囲気とは違う物を感じる。なんだこれ。


「多少はな。けどそれじゃあ、あれには敵わねえだろ」

「そうですね、このままだと無理でしょう」

「あん?」


男の言葉にシガルが応えると、意味が解らないという表情になる男。

シガルはそれに応えるかのように詠唱を始める。強化魔術の詠唱を。だが男は動かずに、その詠唱が終わるのをじっと待っていた。


「優しいんですね。待ってくれるなんて」

「はんっ、良いから来いよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


シガルは強化した体で男の周囲を駆ける。男の目は、間違いなくシガルを捕えられていない。

いや、かろうじて、多少の動きは追えているのだろうが、周囲を駆けるシガルの動きに付いて行けていない。


「――嘘だろ」


男の小さな呟きが聞こえた気がした。その瞬間、シガルは剣を男の顔に向けて軽く投げる。

剣は確実に男の視界を塞ぐ。その一瞬さえあればシガルはどこからでも攻撃できるだろう。

視界を塞がれた男は剣を払いのけ、その先には――。


「はっ!」

「ゲフッ」


素手による直打を繰り出すシガルがきっと見えただろう。速さで攪乱しておきながら、真正面からの攻撃を素手で行うシガルが。

シガルの直打を食らった男は、直打の瞬間を何とか認識はしていたのだろう。打点をずらそうと後ろに重心を置いていたのか、シガルの打撃により後ろに吹き飛び、訓練場の壁に激突する。


「がっ、はっ」


そのまま男は地面に膝をついて咳き込み、苦しそうに手足を震えさせる。多分鳩尾に入って呼吸が出来ないんだろうな。

とはいえ完全にとらえ切れてないので、そこまで長時間影響はないだろう。完全にとらえてたら後ろに吹き飛びはしない。おそらくその場で崩れ落ちているだろう。


「な、なんだよ、あれ。何だよあの動き!」

「嘘だろ、早いなんてもんじゃねえぞ」

「それにさっきの魔術、あれだけの動きをしながら自分で制御してんのかよ。ありえねぇ」

「あいつが、あんな子供に負けるとか、信じらんねぇ・・・」


代表の男が吹き飛ばされたのを見て、男たちは口々にその様に対する感情を表に出す。


「げはっ、かはっ・・くぅ・・ふぅ・・」


男は何とか呼吸を整え、立ち上がる。苦しそうにしているので、完全な状態ではないだろうが。

まあ、強化したシガルの一撃を貰ったんだ。ずらしたとはいえ、相当苦しいだろう。


「まだ、やりますか?別にあたしはそれでも構いませんけど」


にっこりと言いながら男に言うシガル。男たちはそのシガルに対し、怒りの表情を見せなくなっていた。

むしろ困惑の方が近い表情だろう。あれは一体何なんだという困惑。

まあ、みたままだと、でかい男を小さい女の子が殴り飛ばしてるわけだし、意味わからんな。


「ふぅぅぅぅーーー。・・・まいった。降参」


男は先ほどの組合の中での連中の粘りとは違い、あまりにあっさり引いた。


「そうですか、ではそちらの方たちはどうします?別に今のが納得いかないのでしたら、お付き合いしますよ」


にっこりと言い放つシガルに誰も声を荒げない。むしろヤバいのに手を出したのではという表情だ。


「おい、これでいいんだろ。あんたの我儘に付き合ったんだ。こっちにゃ迷惑かけねえでくれよ」


シガルと戦った男が職員の男に言う。それを見て、シガルがはぁと息を吐いた。


「やっぱり。なんとなくそう言う事じゃないかなって思った」


と言い、職員を見る。そういう事?ていうかやっぱりってどういう事ですか。

二人の言葉を受け、職員の男はニッと笑い拍手をする。


「いやいやいや、聞いていた以上に出来るねお嬢ちゃん。お嬢ちゃんでそれだと、あの女性と少年はもっと・・・なんだろうねぇ」

「一応言っときますけど、タロウさんと、ステル様はこういうの嫌いですからね。あの二人が怒ったら、だれも手が付けられないですからね」

「いやはや怖いねぇ。けど一応ちゃんと聞いてるからね。その辺も大丈夫だよ」


うん?なんだこれ、どういう事だ。シガルは全部気が付いてたみたいな感じだが、あの職員なんなんだ。

ふとシガルに絡んでいた男達の声に耳を向けると、なんか口々にやっと終わったとか、女の子に集団でとか罪悪感が洒落にならなかったとか、さっきまでの自分たちの行動を否定的に言っている。

あれ、これ、もしかしてまた騙された?


「失礼。私はこの組合支部の支部長をしている。アマラナ様とは知り合いでね。君の情報は聞いている。ただこの目で確かめたくてね」


男は支部長だと名乗ると、悪びれた顔もせず、俺達に言った。

つまり俺は今回も遊ばれたという事です。なんかもう暴れちゃおうかな。やんないけどさ。


「つまり、シガル達の力を見るために、彼らを使ったという事ですか?というかそれ、支部長として問題ないんですか?」

「いやいや、支部長だからね、組合の仕事でもし犯罪をされてたら困っちゃうからね。実力が本物で、自力で捕えてきたって確証が欲しかったのさ」


よくいう。嘘なんてついてないよって顔で言い放つその言葉を信じるわけが無い。

とりあえず、アラマナさんと同類で、基本的に何考えてるのか解らないタイプだな。


「言ってることは最もかも知れませんが、こんなまどろっこしい手を取る必要は無いですよね」

「あー、それを言われると痛いなぁ。けど、職員としては依頼は依頼で処理せざるを得ないから、その手前で止めたかったんだよねぇ」


あくまで目的は、依頼を本当にこなせる実力が有ったのかの確認と言う。


「素直に言って謝ったほうが良いと思いますよ。タロウさん、自分の非を認めない人嫌いだし、そういう人には興味を持たないし」


シガルが俺達の会話に割って入り、俺ことを言う。いやまあ、それは普通じゃない?


「あれ、お人好しって聞いてたんだけど」

「限度がありますよ。少なくとも目的があまりにも分かり易いのに、それを語らず、謝りもせずじゃ、あなたがどうなろうとタロウさんは興味がないです」

「・・・そりゃあ、不味いな」


職員の男はシガルの言葉を受け、真面目な顔になる。そして俺に向き直り、頭を下げる。


「申し訳ない。亜竜事件の内容を聞いてはいたが、どうしても信じられなかった。故にどうにか試す場を、貴方方の誰か一人でもその力を見れる機会を作りたかった」

「はぁ、じゃあ、全部わかっててやったって事ですよね?」

「そうなるね」

「割と真剣にむかついてるんですけど、どうしましょう」

「うーん、真顔で言われると怖いねぇ」


うそつけ、全然怖がってない癖に。というか多分、王女様との関係を信じているけど、俺の実力は全然信じてないパターンだろこれ。

いや別に、それは良いんだけどさ。俺が怒ってるのはそこじゃないし。


「・・・シガルに怪我が有れば多分完全に頭に来てたでしょうね。理性的に行動できるのは、身内に被害がない間だけですよ」


男たちとの揉め事で怪我をしていたら、きっと男達をのしていたし、その原因が目の前の男だという事に、少なくない怒りを覚えている。

シガルに手を出したこと自体に、俺はイラついている。


「了解した。以後気を付ける」


男は一応は真剣な顔で言うが、どこまで信用できるやら。


「とりあえず、シガル達の依頼の処理、やって下さい」

「はいはい、勿論。じゃあこっち来てねー」


男は先ほどまでの真面目な表情を崩し、笑いながらシガル達を受付の方へ連れて行く。

うん、やっぱあいつ腹が立つな。まあ、シガルが何も言ってない以上、これ以上は俺のいう事じゃないか。

とりあえず男達もぞろぞろと戻っていったし、俺も行くか。




くっそ腹立つ。

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