第252話シガルとハクは二人で依頼を受けるのですか?
「そうだよ、そもそも二人きりの時間が最近あんまりなかったんだよね」
うんうんと頷きながら、組合への道をハクと一緒に歩く。
『それはシガルも同じじゃないのか?』
「そうでもないよ?」
あたしの言葉にハクが疑問を投げる。
それがそうでもない。あたしは最近、タロウさんと二人きりの時間は多かった。
皆が戻ってきて、クロト君が居ても、二人だけでいる時間は有った。
けど、お姉ちゃんは違う。クロト君の面倒を殆ど見てたし、何かしらばたばたと動いていたし、タロウさんと二人きりになれる時間は、最近殆どなかったはずだ。
二人きりになれる機会も、タロウさんがいつも通りだったから無くなっちゃったし。
「ま、クロト君が居るから、完全に二人きりってわけじゃないのが気になるけど」
『・・・連れて来るか?』
あたしの言葉に、嫌そうに聞いてくるハク。以前よりは関係がマシになったとは思うけど、相変わらずダメみたい。
流石に二人が衝突したら面倒を見れる気がしないし、申し訳ないけどクロト君の存在は許してもらおう。
それに多分だけど、あたしたちの目的をタロウさんが理解したら、クロト君の目とか気にしない気がするし。
「いいよいいよ。とりあえず、今日はこれで」
『わかった』
どこかほっとした感じで、答を聞くハク。ホントダメなんだなぁ。何がそんなに嫌なんだろう。あの子いい子だと思うんだけどな。
まあ、あの子もハクと話すときはちょっと口調がきつめだけど。
「えーと、こっちだっけ」
宿の人に教えてもらった方向を思い出しつつ、歩いて行く。なんというか、民家が多く、似たような景色が続くので、どこをいけばいいのか分かり難い。
まあ、今回の主目的は組合に行くことじゃないし、最悪辿り着けなくても問題ない。
帰り道わからなくなっちゃうと困っちゃうけど。
『あれじゃないか?』
「あ、そうっぽい」
民家の通りを何度か抜けた先に、他より少し大きめの建物が見えた。
大きいけど、2階が無いから、ここまで来ないと解らないな。何か目印でもつけてくれたらいいのに。
「行こう、ハク」
『うん』
ハクに声をかけ、そちらに向かう。ここまで来ると、ちらほら荒事に慣れてそうな人が増える。
とはいえ、もうお昼過ぎだ。今この近辺に居る組合員は、そう多くない。
ちらちらとハクを見る視線を理解しつつも、無視をして組合に入る。
一階建てでやってるだけあって、中はとても広い。あたしたちが中に入ると、少しざわつく。視線は間違いなく、ハクに注がれている。
そのまま気にせず、どんな依頼があるのかを見に行く。
「やっぱりお昼過ぎだし、殆どないね」
『そうだな』
ハクは依頼を見てあたしの言葉に応える。あれ、ハク、手元に引き寄せて読んでる?
「ねえ、ハク、もしかして読んでる?」
『ん?うん。少しだけ、そのままでも読めるよ』
「読めるんだ・・・」
魔術を使って読む事が出来るのは知ってたけど、今のハクはそのまま読んでる。つまり人間の使う文字を覚え始めてる。
少しって言ってたけど、ここの文字が読める時点で、大分読めるようになってるよね、これは。
「ハクは凄いね」
『そうなのか?』
「うん、凄いと思う」
『そっか』
誰かに教わったとかとかでもなく、独学だし、本当に凄い。そもそもハク自身は学んだつもりもないのかもしれない。
なんとなく、何度か読んで、方向性を理解して、意味を読み解き、理解しただけなんだろう。そう改めて考えると、やっぱり凄いな。
私の言葉に気分を良くしたハクは、鼻歌を歌いながら依頼を眺める。
かすかにキュルキュル言ってるのが可愛い。ハクはキューとかキュルーっていう泣き方だけど、大きくなった時はその鳴き方を聞いた事が無い。
大きくなるとあの鳴き方しなくなるのかな。そう考えるとちょっと残念だ。可愛いのにな。
「おい、見ろよ、亜人の女と、ガキが5や6の依頼なんかみてんぞ」
「あんなガキどもに何が出来んだよ」
「いやいや、亜人は見た目じゃねえぞ。あいつらわけわかんねぇ力持ってる時あるからな」
「つっても、ひょろそうな女じゃねえか」
「うざってえ、大きな顔で歩きやがって」
不意に、そんな言葉が聞こえた。思わずそちらに顔を向けると、にやにやしながらこちらを見る連中が居た。
そうか、今の聞こえるように言ったのか。そうか、此処も、ああいうのがやっぱり居るんだ。
・・・あたしもギーナさんやタロウさんに会うまでは、『亜人』という者に対する考え方は良い方では無かったと思う。
だから、本当は、自分の事を省みれば、あたしだって人の事は言えない。あたしは侮蔑の感情ではなく、『怖い』だったけど。
歩み寄る感情はあまり無かった。ウムルの人達も、元々関わりある『亜人』なら別だけど、ギーナさんの時のように、その種族だというだけで恐怖を覚えることは、確かに有る。
けど、だけど、それがどうした。今のあたしはハクの友達だ。ギーナさんって人がどんな人なのかも知っている。
ギーナさんと初めて会った日の後、タロウさんと会った日の後、あの時の考えも改めるようにした。
だから、だからこそ、あいつらの様な言葉が気に入らない。本質を見ない、本人を見ない、その発言が。それがどれだけ馬鹿な事なのか分からないあいつらが。気に入らない。
「・・・」
あたしは無言でそちらに歩いていこうとすると、ハクに肩を掴まれる。
『気にしなくていい』
「でも、ハク」
『明確にこちらに絡んでくるならともかく、あれは世間話みたいなものだ。ほっておけばいい』
「・・・わかった」
ハクがそう言うなら、頷くしかない。言われている本人がいいと言ってるのだから。
『それよりも、これはどうだ?』
「ん、どれ?」
ハクに言われた依頼を読んでみると、野生動物の生きたままの捕縛だった。
エバスという名の大型肉食獣。正直な所、下手な魔物よりも危険だ。魔力を流してないから未熟な魔術でも通るとはいえ、その身体能力はかなり高い。
『なんで捕縛なんだろう』
「飼う、のかな?」
『それなら自分で捕えないと、後で暴れられた時どうにもならないと思う』
「確かに、そうだね」
何がしたいのかは解らないな。人に懐きやすいダバスならわかるけど、エバスはそうそう懐かない。自分より強い者に服従はするけど、それだけだ。
捕えて渡したところで、後で大事件にならないと良いけど。
「はっ、女二人でエバスの捕縛だってよ!」
「あははは!馬鹿じゃねの!?」
「出来るわけねえだろそんなん」
「おいおい、笑ってやるなよ、本人は真剣なんだからよ。それより捕らえられるかどうか賭けねえか?」
「賭けにならねえって。あははははは!」
さっきの連中が煩い。声は聞こえて無い筈だが、依頼を指さしてるのを見てそう判断したんだろう。暇人なんだろうか。
少なくともあなた達よりは強い自信が有りますよーだ!
こんな所で女二人に管をまく様な人達に、言われる筋合いも無い。
「どうする、これする?」
『シガルの訓練にちょうどいいんじゃないか?』
「あたしの?」
『生きたままって事は、相手より力量が大きく上回ってないと厳しい。もちろんある程度の大けがをさせるなら別だけど。あまり怪我させずに捕らえるのは、意外と面倒だよ?』
そっか。生きたままって、ただ生きたままじゃなくて、あんまり怪我させないようにも気をつけなきゃいけない。
向かってきてくれればまだ簡単だけど、もしかしたら逃げられるかもしれない。そんな相手を捕えるんだから、難しいか。
「ありがと、ハク。やってみる」
『うん』
ハクに礼を言うと、嬉しそうに笑うハク。人型状態のハクはやっぱり美人だなぁと、笑う顔を見て思ってしまう。
もしかすると、竜の姿も、竜の中では美人なのかも。あたしとしては可愛いだけだけども。
ともかく受付に行き、依頼を受ける旨を話すと、受付の人は難色を示す。
「あの、申し訳ありませんが、エバスは非常に狂暴な動物でして、貴女がやるには、その、少々危険かと」
あたしを見て、受付のお姉さんが言う言葉に、客観的には最もだと思う気持ちと、まず先に組合証を出すように言うべきじゃないの?という気持ちが生まれる。
でも、きっと多分、純粋に心配してくれてるのだろう。
ただそれをにやにやしながら見てる連中に、少しイラッとする。
「これを」
「え、はい、え!?」
とりあえず組合証を差し出すと、驚いた顔で見るお姉さん。そもそも魔術師は見た目を信用しちゃいけない力量だったりするから、お姉さんの対応はあんまりよくない。
あそこにいる連中と違って、実力に裏打ちされた評価があるのかどうかを見てから言葉を発するべき仕事だ。
「そ、その、申し訳ありません、まさか、こんなに高い階級だとは思ってなくて」
「いえ、いいんですけど、受けれますか?」
「は、はい、その、そちらの方は?」
ハクは受付の言葉に、無言で組合証を差し出す。多分喋ったら面倒くさいなと思ったんだろう。
実際、声の聞こえない距離ならともかく、聞こえる距離で話して、言葉じゃなくて鳴き声だと分かると大体皆驚く。あたしも驚いたしなぁ。
「か、確認しました。お二人でお受けになるという事で、よろしいですか?」
「はい」
あたしは言葉で答え、ハクは頷いて応える。
お姉さんは手続きを済ませると、組合証を私達に返す。
「お気をつけて」
少し困惑気味のまま、見送りの言葉をくれる。
さっきまで私達を馬鹿にしていた連中は、依頼を受けられた事に驚いていた。多分、無理だと言われて、とぼとぼ帰ると思っていたんだろう。
「じゃあ、頑張ろうか!」
『うん、いこう』
ふんと手を握り、気合を入れる。エバスか、魔術無しではちょっと厳しいだろう。使っても、逃げられるのを捕えられるかどうか。
まあ、やるだけやってみよう。
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