気持ちの変化、距離感の変化。

第247話ハクが車に大はしゃぎです!

「さて、忘れた物はねえな?」

「うん、紹介状もちゃんと持ったよ」

「装備もちゃんと確認したよー!」

『私は特に何もない!』

「・・・僕も無い」


宿を出る前に、イナイが忘れ物が無いかを確認する。

俺たちはそれぞれ返事をし、状況報告をする。まあ特に何もないからなぁ。物はなるべく増やしてない。

子供達からの手紙はきれいに纏めて腕輪に入っている。


「んじゃ、いくか」


イナイがドアを開けて先導し、某RPGのように後ろからぞろぞろとついて行く。まあこの人数が横並びになっても邪魔だし。

外に出ると、親父さんが店先を掃除していた。


「よう」

「おはようございます」


早朝に店先の掃除か。珍しい気がする。少なくともこんな早朝からやってるのは珍しい。


「一応礼を言っとこうと思ってたのを忘れててな。掃除ついでに待ってたぜ」

「あ、そうだったんですか?」


どうやら俺達が出てくるのを待ってたらしい。別に部屋尋ねてくれてよかったのに。


「今回の件は助かった。礼を言う」


親父さんはいつもの様な気楽な雰囲気ではなく、ピリッとした空気を纏って礼を言う。

その方向は俺じゃない。イナイに向いている。


「私は何もしてませんよ」

「かもな。けど、あんたんとこの英雄様が居なかったら、俺は死んでたし、娘もヤバかったかもしれねぇ。だから、感謝する」

「ミルカに、その旨を伝えておきます」

「ああ、ありがとう。やっぱあんた達はうちの国の貴族とは違うな」


親父さんの礼に対し、あくまでミルカさん達の成果だと言うイナイ。

だが親父さんはその返答を快く思っているようだ。この人も結構謎の人だよな。なんか、割といろんな人に一目置かれてるみたいだし。

あのガラバウが大人しくいう事聞く相手でも有るんだなよな、今更だけど。


「んで、お前はなんか用か?」

「やっぱ気が付いてたか」


ガラバウが宿の入り口でこちらの様子を窺っていたので、声をかける。

ガラバウは俺に近づいてくると、顔面に拳を突き入れようとしてきたので、軽く躱して腹パンで返す。

まあ、受け止められたので、腹パンになって無いけど。


「お前、やる気じゃないときの動き本当に遅いし、貧弱だよな」

「お前が馬鹿力すぎんだよ。大体普通に鍛えただけでお前みたいな動き出来るか」


俺の拳を受け止めて、ガラバウは悪態をつく。

俺もそれに悪態で返す。


「お前一人ならどっかでのたれ死んでも知ったこっちゃねえが、シガル泣かせんなよ」

「ならねえよ。なんでお前にシガルの心配されなきゃならねえんだ」

「はっ、よく言う」


くっそムカつくなこいつ。こいつの前で醜態を晒したのは一生の不覚だわ。

全力で頭ぶん殴ったら記憶消えねーかな。


「またな」


ガラバウが再会を約束する言葉を口にする。どういう気の吹き回しかね。


「おう、またな」


応えつつ裏拳をガラバウの顔狙ってうち放つが、当たり前に受け止められる。

因みに強化はしてないものの、本気で放ったのでちょっと悔しいです。こいつもなんか、短期間でえらい強くなってね?


俺はガラバウから離れると、シガルがガラバウに近づく。それにガラバウが少し狼狽える。

・・・やっぱこいつ、シガルになんかしらの感情持ってね?


「ガラバウ、あの時はありがとう。元気でね」

「おう、お前もな。今度は無茶するなよ」

「あはは、それは約束できないなぁ」

「・・・じゃあな」

「うん、じゃあね」


なんかもやもやする。ものすごいもやもやする。

でもここで口出すのは流石にシガルに悪いもんなぁ。


「シガルが態度をはっきりさせてるのに、嫉妬はどうかとおもうぜ?」


にやりと笑いながらイナイがこっちを見る。

いや、まあ、俺もそう思うけど、なんかあいつの態度見てるともやっとするんですよ。

俺がそんな事を考えていると、シガルが戻ってくる。


「行こう、タロウさん」

「ウン、行こうか」


シガルの言葉に応え、宿を後にする。

向かう先は南の門。早朝だからか人は少なく、まばらだ。


「英雄の旅立ちだが、静かだな」


イナイが俺を見てそんな事を言う。けど、英雄って言っても、実際に俺の活躍が完全に信用されているわけじゃない。

むしろ、比重的には目撃者の多いミルカさんの方が街中で噂されている。

当たり前だよな。見てない戦闘と、その目で見た戦闘なら、見た方を取る。


「それでいいよ。英雄なんて、やっぱりガラじゃない」


誰かに感謝されるのが嫌とは思わない。誰かを助けられたのが嫌とは思わない。

けど、英雄と呼ばれる人間は、何かを救うけど、何かを背負うんだと思う。

イナイ達を知っていると、そう思う。だから俺は英雄なんて名乗れない。そんなものは背負えない。

俺が背負えるのは、精々今傍にいる人間と、助けを求めてきたその場の人間ぐらいだ。


『そう言えば、歩いて行くの?なんなら飛んでいくよ?』


ハクが門へ向かう途中で、移動方法を聞いてくる。そういえば教えてなかったな。


「乗り物は有るから大丈夫だよ。ハクもちょっと面白いんじゃないかな」

『そうなのか?じゃあ楽しみにしとく』


ハクの疑問に答えると、見るからに楽しげな表情をする。


「それにお前が飛んで行ったら、向こうでひと騒ぎになりそうだ」

「あはは、そうだね。あたしもそう思う」


イナイとシガルはそもそもハクが飛んでいくことの騒ぎの方を気にしていた。

そうだね、竜が飛んで来たら大騒ぎよね。この場合ハクは成竜の姿で行くわけだし。


そんな風にのんびり雑談をしつつ南の門へ到着。普通に歩いていたから、ついた時点で既に結構な時間が経ってたりする。

宿出たの早朝だったけど、もう普通に人が活動している時間だ。

門の兵士は俺達を視界に入れると、佇まいを直し、直立する。


「お気をつけて!」


最近、俺の身分確認はこれだけで、完全にスルーである。でも、イナイが立ち止まる。


「貴方方の職務は門の出入りの管理。たとえタロウがあなた方にとって周知の存在であろうと、私達の確認を怠ってはいけませんよ」


イナイが身分証を出して、兵士に言う。実際今の兵士とイナイが顔を合わせるのはおそらく初めての筈だ。

兵士は戸惑いながら身分証を受け取り、内容を見て顔を青くする。


「ウ、ウムルの、も、申し訳ありません。わ、私は」


兵士はイナイに何かしらの処分を告げられると思ったのだろう。声を震わせながらイナイに何かを弁明しようとする。


「今後は気を付けるように。良く知る者の連れ合いが善良とは限らないのですから」

「え・・・・は、はっ!」


一瞬何を言われたのか分からない表情をするが、ただ注意をされただけなのだと理解し、応える兵士。

イナイはやっぱり男前だねぇ。

そして俺達も皆、身分証を出す。ただ俺だけは結構ですと言われてしまった。イナイもそこは何も言わなかったので、まあいいか。








門から出て、少し歩くとイナイは立ち止まる。


「さて、この辺でいいか」


そう言って、以前国境を超えた時に乗った車を出す。この車見るのもなんだか久しぶりな気がする。


『なんだこれ!なんだこれ!!』


ハクがおおはしゃぎである。いやまあ予想してたけど。


『これか!?さっき言ってたのこれか!?これにのってくのか!!?』

「あはは、そうだよ、ハク」


早く乗りたくてたまらないハクに応えるシガル。

そんなシガルも楽しそうである。まあ前に乗ったときはシガルも大はしゃぎだったもんな。


「・・・?」


クロトが首を傾げながら車を見てる事に気が付いた。どうしたのかね。


「クロト、どうしたの?」

「・・・あの空飛ぶ乗り物もそうだけど、これも不思議。お母さんは不思議」


クロトがイナイを見て、不思議そうに言う。そうか、クロトがもし大昔の人物だとすれば、今の技工具なんかは不思議な物だよな。

それこそ魔法みたいなものだろう。いや、昔から魔術は有ったみたいだからそれも違うか。

ただ、イナイが作る道具は魔術が使えない者も使える物だ。ま、技工剣みたいな例外も有るけど。


「人数的にちょっと狭いが、皆小柄だから大丈夫だろ。ほら、のったのった」

『うん!』

「はーい」

「・・・はーい」


イナイに言われてみんな乗り込み、イナイは車を発進させる。


『おお、動いた!勝手に動いたぞ!魔術使ってないよな!』


ハクが大はしゃぎだ。こういった技工具に使われる魔力は、完全に動力として変換されるからか、魔力の流れみたいなものは基本的には感じない。

基本的にって言うのは、俺の技工剣や、イナイの外装みたいな例外も有るから。あれは魔力が駄々漏れてる。

といっても、無駄に放出しているわけじゃなく、漏れてる魔力で魔術を構成しているので、あれは必要な機構として組み込まれている意図的な物だ。


「・・・」


クロトはぼんやりと遠くを眺めている。さっきまで車を不思議そうに眺めていたけど、もうあんまり気にならなくなったのかな。

この子も何というか、状況の受け入れが素直だよな。リンさんのこと以外は特に何もなく、そうあれかしという感じだ。


「そう言えば、こっち方面って、これで走ってて大丈夫なの?見られたりとか」

「別に問題ねえな。前も言ったけど、騒ぎになったら少しめんどくせえってだけだ」


そう言えばそんな事言ってたな。領主様とか元気かなー・・・。


「あっ!!」

「うお!?」

「きゃあ!」

『おおお?』

「・・・」


俺が大声を出したことで、イナイが驚いてハンドル操作を誤り、車体が揺れて後ろからシガルの悲鳴が聞こえる。


「な、なんだ一体。どうした」


イナイが車を止め、俺に問う。


「ご、ごめん、大事な事、忘れてたの思い出した」

「驚かせるなよ。どうした、何忘れた。待っててやるから行ってこい」

「あ、えっと、俺一人でいいのかな・・・」


俺の問題では有るけど、俺一人で行っていい事かどうかわからない。


「あん?」

「王都に来る前の街、また来るって言って、行けてないのを今更思いだしたんだ・・・」

「ああ、それなら問題ねえよ」


俺の言葉にため息をしながら答えるイナイ。


「組合と、あの街の貴族の事だろ。問題ねえよ。もううちの人間が行ってる。ヴァーガナの領主様の所にもな」

「あ、そ、そうなんだ。なら俺行かなくても大丈夫かな」

「気になるならとりあえず次の街着いたら、数日そこに滞在することにして、あの街にいって来るか?」


えっと、これは転移でって事かな。でもそうするとクロトが置いてけぼりになる。


「あたしは行かねえからな。お前一人か、シガル達とで行ってこい。クロトの面倒見てるから」

「あ、はい」


イナイは行かないのか。まあ、国から派遣された人を信用してるって事かな。


「じゃあ、もう大丈夫だな。行くぞ?」

「あ、ごめんなさい。どうぞ」


俺のせいで止まる事になった車が、再度走り出す。

まあ、行くって言ったし、一度ぐらいは行かないとな。とりあえず今度パパッと行って来よう。

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