第245話技工剣でも勝てません!

「くっ!」


完全起動した逆螺旋剣越しだというのに、相手の攻撃の衝撃で、腕がしびれる。

攻撃を自身の技量では受け流せず、剣の保護と、自身の魔術保護を上回る攻撃に、呻きが漏れる。

一度攻撃をわざと剣で受け、大きく後ろに吹き飛ばされて、間合いを取る。


『穿て!逆螺旋剣!』


技工剣に注いだ魔力を全て放つつもりで、魔力の刃を解き放つ。

その刃は一瞬で相対する存在にまで届き、相手を穿たんとする。

が、ただその掌を刃に向けて受け止め、魔力を周囲にまき散らしながら、完全にその攻撃が無意味だと言わんばかりに真っすぐに突進してくる。

その光景を見て、逆螺旋剣では通用しないと確信する。


「ステル・ベドルゥク!」


真名を叫び、剣はそれに応え、その機能を十全に発揮するための形を取る。

だがその判断など、今更遅いと言わん速度で相手は肉薄し、逆螺旋剣の刺突を防ぐその拳で殴りかかってきた。

全力で技工剣の力を使い、その拳を剣で防ごうとする。

だが、その一撃は、無慈悲にも俺の全てを打ち抜く。


完全起動した、真名で起動した技工剣、そしてその技工剣からもたらされる恩恵、自身の使う、身体強化、身体保護。

それらすべてを、そのすべてを真正面から、全て打ち抜き、俺を吹き飛ばす。技工剣越しだというのに、衝撃を受け止められず、盛大に、だ。


完全に受け止める気だったため、衝撃を殺すつもりもなく踏ん張っていたので、その衝撃はかなりの物だ。

ただ後ろに吹き飛んだだけましだ。完全に打点を捕えられていたらどうなっていた事か。

ゴロゴロと転がりながらそんな事を考えつつ、ちょうどいい所で手をついて勢い良く起き上がる。


起き上がった瞬間目の前には相手の足が視界に映る。眼前にその顎を蹴り上げんとする足が、見える。

起き上がった勢いを殺さずに、背をそって何とか蹴りを躱そうとするが、顎にかする。

そのままの勢いでバク転をして、立とうとしたのだが、どうやら今ので脳が揺れてしまったらしく、後ろに勢いよく崩れ落ちる。

保護魔術も、強化魔術もかけているのに、全てを無視して衝撃を食らってる。とんでもない蹴りだ。


それにしてもまずい状況だ。地に伏して、平衡感覚も狂って、立つことも怪しいこの状態で、技工剣も手放してしまった。

さっきので起き上がる瞬間にちゃんと握るつもりだったのに、一瞬体が上手く動かなくなったせいで剣が握れなかった。相手の後方に落ちている。取りに行くのは難しいな。


拳が、打ち下ろしの拳が、今まさに自分に迫ろうとしているのが分かる。

体は上手く動かない、反撃も中途半端では潰される。防御はおそらく無意味。

現状は最悪。次の一手でとれる行動を考えろ。


転移魔術だ。それでとにかくこの場から逃げ出す。体は上手く動かないが、魔術はまだいける。

短い思考でそう思いたち、転移魔術を使おうとするが、自身が扱える魔力などちっぽけな物だと言わせんばかりの強大な魔力を受け、俺の魔術の構築は霧散する。

あ、これ終わった。体動かない。技工剣も無い。魔術も使えない。


眼前に迫る拳から感じる物は、明確な死のイメージ。

あの拳に、技工剣の攻撃すら上回るあの拳に打たれれば、死は必然。

潰れたカエルになれば良い方だろう。肉片を撒き散らし、ぐちゃぐちゃなミンチか、むしろそこに有った事が認識できないほど吹き飛ばされるかのどちらかだと思う。


久しぶりに感じる、死に対する恐怖。圧倒的な強さに、手も足も出ず、殺される気しかしない。

本当に、一切が、通用しない。


拳が迫る。死が、迫る。









「あたしの勝ちだな」


俺の眼前で、拳が止まる。俺がもはや何も反撃が出来ないと判断し、拳を止めた。

機械の拳が、視界いっぱいに広がっている。


「立てるか?」


拳を引き、俺に問うイナイ。


「ちょ、ちょっとまって、立てない」


立とうと試みるが、無様に崩れ落ちる。しばらく転がってないと無理そうだ。

ぶっちゃけ魔術で体をどうにか維持しているが、頭はグワングワンしてるわ、体中痛いわで、かなりきつい。


「あの状況で転移魔術潰されたらもう、無理だなー」

「まあ、解ってるから潰したんだけどな」


俺のぼやきに、あっはっはと笑いながら言うイナイ。

イナイは今、何時か俺に見せた、魔道技工外装と呼ぶ技工具を纏っている。

こないだ久々に腕だけ見たけど、全身に纏うとやっぱ圧巻だな。魔力の量が半端じゃない。セルエスさんでもこの量の魔力を放ってくるのは、見た事が無い。


「知ってたけど、つよいな・・・」


十分承知してるつもりだった。彼女自身の強さも、あれを纏った時の強さも。

解ってるつもりだったけど、やはり『つもり』だったんだなと思い知らされた。

あれは完全に手加減をされていた。最初の方に技工剣で斬り結んでいた時は特に。


刃を穿ち、真名起動をした後の動きは、まさに目にも止まらぬ速さ、だった。

恐らくあれも、手加減をされている。だってイナイはあのリンさんと戦えるのだ。あの機械の鎧を身に纏い、全力で戦えば、あのリンさんと引き分けられるんだ。

それを、今日初めて、この身に思い知らされた。自分が守りたい女性は、こんなに強いのだと。


イナイの思い付きでこの手合わせをすることになったが、やっておいてよかったかも。

本当の意味で力量を理解したよ。やっぱつええわ。


「凄いだろ?」


ちょっと得意げに笑うイナイ。可愛い。この人は時々こういう子供っぽい所も見せるから、とても可愛い。

普段が大人すぎるせいかもしれない。見た目は可愛いのに、行動が頼りになる大人。

なのに、こういう見た目にそぐう可愛さを見せられる。その装甲越しに抱きしめてやろうかと思う。体動かないけど。


「でもま、タロウもすげえな。あたしはいろんな奴と出会ったけど、この短期間にそこま強くなったやつは知らねえぞ」

「そうなの?」

「おう。ま、お前の場合、単一を極めんとしている訳じゃないってのが、大きな理由だろうけどな」

「そうだねぇ。何か一つだけだと、多分全然駄目だろうねぇ」


よくいえばオールマイティ。悪く言えば器用貧乏。多分それが俺の状態だ。

一つの事に特化せず、雑多にいろんな事が出来る。だからそれを複合させて、単一特化した相手に何とか食いつける。

今の俺はそんな感じだろう。あえて言うなら魔術だけは、そこそこのレベルかなー?ってぐらいだ。


「・・・お母さん、強い。凄い」


キラキラした目で、どこか興奮した様子のクロトが、いつの間にか傍に立っていた。

イナイは装甲を仕舞って、俺とクロトの傍に歩いてくる。


『さっきのは初めて見たが、イナイはそんなに強かったんだ』

「あたしも、お姉ちゃんがあれを纏ってるところ、初めて見た」


ハクとシガルも傍まで歩いて来て、先のイナイへの感想を口にする。


「ま、普段は要らねえ強さだがな。ここまでの力はめったに必要ねえ」


クロトの頭にポンと手を置き、俺の横に立ち、俺を見下ろす。


「ちょっとやりすぎたか?一応手加減してたんだが」

「あ、大丈夫大丈夫。加減されてたのは解ってる。ちょっと休めば大丈夫」

「ならいいが」


あまり心配させてもよくないと思い、治癒魔術も使って、体の調子を戻す。

仙術も多少使ってるんだけど、現状ダメージが大きくて、無理して立たなきゃいけないわけじゃないなら、あまり使いたくない。

剣越しに受けた衝撃が、まだ体に残ってるんだよな、実は。結構痛い。


「ま、無理して起き上がらなくていい。転がってな」


そう言って俺の頭を自分の膝に乗せ、頭を撫でる。


「そんな事言ってると、寝るよ、俺」


体は痛いが、全力で動き切った疲労感と、心地良い体温と、イナイの手のひら。

こんなん寝るなって言うほうがきつい。


「べつにいいぜ?今日は何もないんだろ?」

「うん、まあ、イナイが良いなら甘えるけど」


俺はそう言って目をつぶる。


「あはは、可愛い」


シガルの声が聞こえ、撫でる手が増えてるのは、多分気のせいじゃないと思う。

けど、それはそれで心地いので身を任せる。


『私も相手してほしかったなぁ』

「わりいな、また後でな」

「・・・邪魔、するな」

『解ってるよ!』

「まあ、まあ」


なんかちょっと騒がしいけど、そんな事を一切意に介さず俺の意識は落ちていく。

思いっきり深い眠りではなく、ふわふわとした、心地いい眠りを。

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