第241話イナイとシガルに甘えるのですか?

外を見ながら、タロウさんの帰りを待つ。まだ王女様と話をしているんだろうか。少し帰ってくるのが遅い気がする。

まさか、また、王女様に何かされてたりしないよね。


「シガル、そんなそわそわしてねえで、落ち着け」

「う、うん」


自分ではそこまで落ち着きのないつもりはなかったけど、お姉ちゃんから見たらそんな事無かったようだ。

少し深呼吸をして、視線をお姉ちゃんのほうに向ける。イナイお姉ちゃんは今日は、ずっと編み物をしている。クロトくんはお姉ちゃんの膝の上だ。お姉ちゃんの手元をぽやっとした顔ながら、どこか楽しそうに見ている。

ハクは今日あたしが出ないことを伝えると、竜の姿に戻って丸まって寝ている。だって、流石に今日は、気が散るもん。


お姉ちゃんは、クロトくん用の服を作ってるらしい。クロトくんは今、タロウさんの服を詰めて着てることが多いので、お姉ちゃんがこうやって、時間のある時に作っている。

使ってる糸は、いつもどおり特殊なもので、衝撃を和らげる効果が高いらしいけど、クロト君にそんなものいるのかなぁ。

ハクの攻撃を正面から受け止める彼には、あまり必要ない気がする。


とはいえ、服の換えはいると思うし、頑丈に越したことはないか。それにしてもお姉ちゃんは本当に器用だ。

技工士というと、どうしても大仰な道具をイメージしてしまうが、こういう衣服や、小さな部品なども、技工士の技から作られる。

お姉ちゃんは、その技術を全て詰め込んだような人だ。作ったものを上げれば、キリがない。

そして作る物自体も、どんなものであろうと一級品に仕上げる。あの飛行する船だろうと、今手元で作っている服だろうと、だ。

本当に、こうやって何かを作っている所を見ると、ウルズエスの名を冠しているステル様なのだと、認識し直してしまう。


「どうした、興味があるなら、シガルもやるか?」

「え、あ、うーん。興味はあるんだけど、あたし、そういうの、苦手で・・・」

「そっか、まあ無理にとは言わねえけどな。気が向いたら言いな。簡単なのぐらい教えてやるよ」

「うん、ありがとう」


あたしはちょっと、何かを造るのは苦手だ。元々魔術師志望なので、決まった行動の精密作業とか、淡々とした作業なんかは、できないことはない。やろうと思えばだけど。

けど、なんていうか、こういう何かを造り出す系統の作業は、なんか苦手。

料理は出来るんだけどなぁ。まあ、料理は多少大雑把でも許されるからなぁ。

一応、縫い物だって、簡単なのはできる。簡単なのは。おねえちゃんがちょっと凄すぎるだけ。うん。


「・・・帰ってきたな。少し帰ってくるのが遅かったな」


お姉ちゃんが手をぴたりと止め、外を見ながら言う。多分タロウさんが帰ってきたんだろう。


「話はついたのかな」

「流石に結論は出してきただろ。どういう形に落ち着いたかは知らねえけどな」


どういう形に落ち着いたかは知らない。つまりそれは、王女様がタロウさんを一度求める代わりに、その別れを受け入れる、なんてものあり得るということだ。

タロウさんは迫られてもそれには応えないと思う。けど、やっぱり、ちょっと不安。お姉ちゃんはむしろそれでも構わないって感じみたいだけど。


「お姉ちゃんはタロウさんが女遊びするの自体は反対じゃなかったの?」


思わず、お姉ちゃんに聞いてしまう。前回タロウさんが色街へ繰り出した際は、多少の不満は漏らしていた。


「遊びじゃなければ、別に構いませんよー」

「うーん、そう、なの、かなぁ」


遊びじゃない、範囲に、なるのかな、その場合。

あたしにはちょっと、理解できない世界かも知れない。それとも大人になれば解るのかな。


少し悩んでいると、扉が開く。タロウさんがどこか、沈んだ顔で帰ってきた。


「おかえり、タロウ」

「お帰りなさい、タロウさん」

「・・・うん、ただいま」


イナイお姉ちゃんも何かあったのかという表情で、迎えの言葉を告げ、タロウさんも応える。

その声は表情と同じく、あまり元気がない。


「タロウさん、なにかあっ」


少し心配になって、タロウさんに近づきながら尋ねようとすると、いきなり抱きしめられた。


「タ、タロウさん?」


どうしたのと、聞こうとした時に気が付く。彼があたしを抱きしめながら震えているのが。

呼吸の仕方が、いつもと違って、落ち着いてないのが、抱きついてるせいで良く判った。


「・・・どうした、上手くいかなかったのか?」


イナイお姉ちゃんが優しい声で、タロウさんの頭を撫でながら聞く。

後ろだから顔は見えないけど、多分優しい顔してるんだろうな。

なんて思っていたら、お姉ちゃんも抱きしめられて、あたしの横に来た。二人共、タロウさんに抱きしめられる形になっている。


お姉ちゃんは一瞬驚いた様子を見せるものの、すぐに優しい顔に戻って、タロウさんの背中をポンポンと叩く。


「ん、タロウ、大丈夫だ。ここにいるぞ」


そう言って叩くのを止め、タロウさんを抱きしめる。

なんとなく、あたしもそうしたほうがいい気がして、同じように抱きつく。

その間、タロウさんは一度も声を発しなかった。けど、あたしたちに寄りかかっていることだけは、それだけはなんとなく察せた。

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