第240話いろいろ挨拶に回ろうと思います!

「ありがとうございます、タロウ様」


泣き止み、赤い目を細めながら笑う王女様の表情は、今まで一度も見たことがない表情だった。

とても柔らかい、年相応の可愛らしい笑みだと、思った。


「・・・大丈夫?」

「ええ、もう大丈夫です」

「・・・文句の一つぐらい言っても、バチは当たらないと思いますよ」

「ふふ、本当に大丈夫ですよ」


くすくすと笑いながら、大丈夫という彼女。その言葉を信じていいのかどうか悩むが、あまり気にしすぎるのも失礼だろう。

俺は彼女に応えられない。応えられないのにいつまでも気にするのは、彼女に対して酷な行為だろう。

彼女は俺から離れると、佇まいを直す。


「では、タロウ様。息災で」

「ありがとう。貴女もお元気で」


なぜかわからないが、今日、この日、今になって初めて、ちゃんと『彼女』を見た気がする。

彼女の言葉が、何も気にならず、聞くことができる。本当に言葉通りなのだと。だから自然に、こちらも彼女が元気であることを願った。


「そうだ、ひとつ、ワガママを思いついたので、聞いて頂けませんか。もしお嫌でしたら断ってくださって構いません」


ふと、何かを思い出したように彼女はいった。我が儘と彼女は言うが、何故かそれに対し、嫌な感じがしなかった。

あれだけ、彼女の口にする言葉に警戒心を抱いていたのに、不思議だ。


「なんですか?」


当たり前のように、その内容を聞く自分が、その嫌悪感のなさを示していると思った。


「もし、もしよければ、親しい方たちと同じように話して頂けませんか?」


親しい人と同じように。つまり、イナイやシガルと同じように。

いやこれはきっと、ガラバウや、ミルカさんと話すように、かな


「わかった。君がそれでいいなら」


俺がそう答えると、とても嬉しそうに彼女は笑う。本当に、嬉しそうに。これこそが望みだったと言わんばかりの笑顔を見せた。


「ありがとうございます。ふふ、今日は今まで頑張ったご褒美の日ですかね?」


初めて会った時のような笑顔でも、王女様としての笑顔でも無い。素のままの彼女が、そこにはあった。

もし、最初から今の彼女と出会っていたのなら、また違う形があったかもしれない。けどそれは、かもしれない、だ。

俺は彼女に対して、友愛以上の感情は、きっと持てない。


「それじゃ、そろそろ行くよ」

「はい。また・・・いつか」

「うん、また、いつか」


彼女は再会を望む言葉を口にし、俺もそれに答える。友人との再会を、いつかと。

部屋を出て、城を後にする。俺が外に出ても、あの部屋から動かない彼女をのことを案じつつ、彼女の為にも、城に戻ることはしなかった。

俺は、彼女に、応えることが出来ないのだから。








「どうせ今日は身軽だし、組合にも挨拶に行くかな」


ふと思い立ち、組合に向かう。中に入ると、視線がいつものように痛かった。今日は一人なので、また集まられるのかなーと思っていたら、見覚えのある人達が目に止まる。

この町に来るきっかけになった護衛の仕事で、一緒に護衛をしていた人達だ。けど、フェレネさんがいない。あのお姉さんと一緒に仕事してたと思うんだけどな、あの人達。

ちょっと挨拶をしていこう。フェレネさんのことも知っているようなら、あの人にも挨拶しておきたいな。


「こんにちは、お久しぶりです」

「え、あ、タ、タロウさん!」


話しかけられると思って無かったのか、慌てる彼ら。


「お、俺たちのこと覚えてたんですね」

「ええ、ちゃんと覚えてますよ」


あれからそんなに経ってないし、覚えてますがな。


「そろそろこの街を離れるつもりなので、見かけたついでに、挨拶をと思いまして」

「そ、そうですか。わざわざ有難うございます。お気をつけて・・・は必要ないですかね」


アハハと笑いながら言う彼ら。いやまあ、そう言ってもらえるのは有難いけどなぁ。

世の中、何があるかわからないからね。


「あの、フェレネさんにも、挨拶が出来るならしておきたいんですけど、今はこの街にいるんですか?」


フェレネさんの事を聞くと、彼らは皆一様に、表情が固まる。

なにか、有ったんだろうか。喧嘩別れとかでもしたのかな。


「あの人は、この街に、居ます」


言いにくそうに、一人が口を開く。


「なにか、有ったんですか?」


以前、彼らと彼女の応答を見た覚えが有る身としては、この反応は何かがあったとしか思えない。

そんな硬い表情をして会話をしていた覚えはない。


「・・・そうですね、ありました。もし彼女に御用でしたら、案内しますよ」


彼らと彼女たちの間に、何かがあったのは確定らしい。でも、会えない程の何かがあったわけではないようだ。

なら、せっかく提案してくれたし、乗っておこう。


「もしよければ、お願いします」

「・・・分かりました」


彼らの内の一人、一番年が上そうな男の子が、俺の案内を買って出てくれる。

男の子と評したが、俺より一寸下ぐらいかな。背は俺より高いけど。


組合を出て、彼の後を付いていくと、だんだんと街の中央から外れたところに向かっていく。

なんか、ちょっと寂しいところだな。建物よりも、植物が多い気がする。ちょっとした林になってるところもちらほらあるし。

静かな雰囲気だ。あ、こういうところが好きで住んでる感じなのかな。


そう思っていると、彼は、家なんて全く無い所で、立ち止まった。

俺はそれを見て、思わず息を呑む。

彼が立ち止まった先には、どう考えても、人が住む場所ではないからだ。人が生きていく場所ではないからだ。


いや、でも、まだ、もしかしたら、ここの管理をやっているのかもしれない。

そんな、自分でも本音では全く思ってない事を思いつつ、彼に尋ねる。


「ここ、は」


普通に聞くつもりだったが、声がうまく出なくて詰まった。


「ここに、この先に、彼女はいます」


俺を案内してくれた彼は、その敷地に入っていく。中に入っていく。

俺は、戸惑いつつも彼についていく。彼はとある場所で、立ち止まり、膝をつく。

小さな、墓標の前で、膝を、ついた。


「フェレネさん、タロウさんが、街を離れる挨拶がしたいそうで、案内してきたよ」


墓標に向かい、彼は言う。ああもうわかってるさ。間違いない。

『ここ』にいるんだ。彼女は、ここに、この中に、居るんだ。


「・・・フェレネ、さんは、いつ」


彼女は、いつ命を落としたのだろう。何故、亡くなったのだろう。


「先日の、王都を守る為の戦いで、俺達を庇って、竜に」


うつむきながら、悔しそうに言う彼。その手が強く握られている。

王都側の騒動で、数人の死者が出たというのは聞いていた。規模を考えれば、奇跡的なほどに少ない死者数だったと、聞いていた。

けど、確かに死者は出ていた。間違いなく出ていたんだ。そして彼女は、そのうちの一人。


「マジ、かよ」


そんなに親しくなったわけじゃない。あの護衛の間、そこそこよく話した程度だ。あの護衛の間だけの関係ではあった。

けど、それでも。あの人を多少知っている。結構気のいい人だった。人の面倒を見るような人だった。面倒事だと見てわかるはずなのに、俺達に加勢するような、人のいい女性だった。


「俺の、せい、だ」


口に出したその言葉を聞いて、彼は視線をこちらに向ける。


「それは考えすぎですよ。タロウさんは離れた地で戦ってたんですから」


彼は俺にそう言う。けど、違う。違うんだ。もっと最初に。もっと単純に。その出来事の始まりがあるんだ。


「――っ」


居た堪れない。彼女の死は、あの出来事がなければ、無かったことだ。

いや、それだけじゃない。今なら、冷静になっている今なら、出来ることがある。考えることが、出来る。

あの時、亜竜を片付けた後、即座に王都に戻るという選択肢が有った。その選択をとっていれば、この結末は無かったかもしれない物だ。

そう。かもしれない、だ。これも、もう、起こりえない。やり直すことなんて、出来ない。


墓標に跪き、頭を下げる。俺は祈る神を持たないから、神に祈るわけじゃない。けど、それでも祈りたくなった。

何に祈るのかは自分でも解らない。でも、何かに、何かを祈りたくなった。








「タロウさん、有難うございます」


しばらくして、跪いて動かない俺に、彼が言った。

礼を言われるような事をした覚えはない。


「英雄に冥福を祈られるなんて、彼女も、心安らかに眠れると思います」


墓標を見て、悲しそうな、寂しそうな目をする彼が、俺に言う。


英雄。俺はそんな大したものじゃない。英雄なんてガラじゃない。あれもタダの八つ当たりだ。

だから。


「彼女にも、君にも申し訳ないけど、俺は、ただ、一個人として、彼女の知人として、祈りたい」


我が儘だな。うん、俺は本当に、我が儘だ。

けどそんな我が儘に、彼は快く応えてくれる。


「むしろ、喜ぶと思いますよ。そっちのほうが」


なんて、笑いながら言ってくれた。

俺は、あの事件の傷跡を、まだちゃんと理解してなかったんだ。

あの街だけじゃなかった。王都にも、その傷痕は刻まれていたのだと。

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