第235話正座で説教されます!
「何か言うことはあるか?」
ただいま仁王立ちのイナイ先生の前で正座をしています。
ちなみに、俺に切られた彼は、治癒魔術をかけ、血は止めた。流石に腕が生えることはなかった。生えたら怖いけど。
やはり剣の影響があったのか、体に力が入らないらしく、担架のようなものに乗せられて運ばれていった。
あの感じだと、ただ片腕がない以外にも、日常生活に障害がありそうだ。
「いえ、その、すみません」
今俺たちの周囲は防音がなされているので、イナイさん、めっちゃ声が荒い。
周囲の人達は声が聞こえていないが、こちらの成り行きを見守っている。シガルとハクとクロトは一応中にいる。
「お前が怒った理由は解ってるつもりだ。けどな、お前なら、お前が最初から本気なら、あの事態は防げてた。それは理解してるか?」
「あの、はい」
「だったら、殺す必要は無い事は解るな?」
「はい、すみません」
彼の腕を切り落とさなくても、確かにやろうと思えば、剣だけ狙えた。
腕の一本と思っていたのも、切り落とすつもりじゃなくて、骨折させる程度のつもりだった。
あの一言。彼女たちに対する一言さえなければ、あそこまでやる気は起きなかった。
「あたしが止めなきゃ、お前は、本当の意味で人を殺すところだったんだぞ」
「・・・うん」
本当の意味での人殺し。俺が、俺の意思で、目の前の人間を、本気で殺す気だった。
激情のままに、彼を殺すところだった。
「確かにあいつのやろうとしていた事は絶対に止めなきゃなんねぇ。だから、まだ、まだ腕の一本は良しとするとしてもだ。
現状あいつはまだ未遂だ。闇討をしてきたわけでもねえ、寝込みを襲ってきたわけでもねえ、真正面からお前に挑んだだけだ。すでに無力化した相手を、お前は全力で屠ろうとしていたんだぞ」
「うん、ごめん」
腕を落として、剣を吹き飛ばした時点で、既に彼は無力だった。
それはわかってた。わかってたからこそ悠長に歩いて彼の目の前に立って、全力で振ったんだ。
殺すために。
「今回のことは、守るためにやった事じゃない。俺が、俺の怒りのままに、あいつを殺そうとしてた」
ふたりを傷つける。ただその一点が、あんな力を持って、彼女たちを傷つけようという意思を持っていることが、どうしても許せなかった。
だから、初めて、本当に自分の意志で、相手を殺そうとしていた。
「そこが解ってるなら、とりあえずは良い。良くはねえが。本当によくはねえがな」
イナイ先生、目が怖いです。
「ったく、大体相手は貴族の息子だぞ。殺しちまったら後々お前が面倒になる」
あれ、そこなの?
「てっきり、犯罪行為をしようとしてたとしても、未遂の人間だからやりすぎだって言われてるんだと思ってた」
「そっちもあるに決まってんだろ。あいつはすでに犯罪者って訳でもねえ。
殺さないと被害が増えるか、殺すしか解決出来ないならともかく、それ以外の手段が取れたのに殺すなんて、タダの思考停止だ」
呆れたようにため息を一度つくと、イナイは彼を見る。
「それに、本来は腕の一本でも、面倒事になるんだよ。あいつは貴族の、この国の貴族の一人だからな。あの時王城にいたのがすべての貴族じゃない。お前とあたしっていうものがどういう者か、理解できてるやつばかりじゃねえ。
お前一人の意志でやった行動を、全て補い助ける事が出来るわけじゃない。あいつが口を滑らせてくれて助かった」
口を滑らしたってのは、多分王都に行って人を殺すと言ったことだろう。
「あたしを切るといったんだ。問題はお前があいつに傷をつけたことより、上位になる。あたしを守るために無力化し、剣を破壊したと言える」
あ、違った。
「てっきり、街の人たちのことだと思った」
「それもあるが、その場合はやりすぎって話になりかねねぇ。お前、殺しかけたからな」
なるほど。そっちが問題あったのか。まあ、うん、全力で振ったからね・・・。
「それにお前、あいつ殺して平気でいられたのか」
真剣な目。何かを問うような目。ついさっきまでの怒った目じゃない。
「・・・わかんない。けど、俺の認識は、あの強盗たち相手にするのと、あんまり変わらなかったと思う。止めなきゃいけないやつだって」
ただ違うとすれば、明確な意思を持って『殺す』と思ったことぐらいだ。
いや、それが大事なんだとは思う。正直、本当に手をかけたあと、平気でいられたかといえば、自信はない。
「けど、うん。止めてくれてありがとう、イナイ」
「全くだ、バカタレ」
礼を言った俺の頭にげんこつが入る。いってえ。
「えと、とりあえずお話は終わり?」
シガルがおずおずと聞いいてくる。
「言いたいことは大量に有るには有るが、とりあえずもういい。こいつが完全にワリィ訳でもねえしな」
どうやら、まだまだ言い足りないようだが、彼のしようとした事も考慮されたようで、お許しが出ました。
良かった。イナイ先生、めっちゃため息ついて睨んでるけど、良かった。
「んでだ。とりあえずその話は一旦置いておくとしてだ」
あ、一旦だった。また後日怒られるんですねわかります。
「左腕、大丈夫なのか」
「そうだよ、タロウさん!大丈夫なの!?」
二人は俺の左腕の事を聞いて来る。
肩口まで感覚がなくなっていた左腕。けど、あの剣を消し飛ばしたら、だんだんと感覚が戻ってきた。
今は問題なく、仙術なしで動く。
「今は大丈夫。多分、剣を消滅させたからだと思う」
左腕を握って開いて、感触を確かめる。うん、大丈夫そう。
確認していると、クロトが歩いてきて、切られた所を触る。
何をしているのか様子を見ていたら、黒を俺の腕に広げたと思ったら、すぐに収めた。なにしたんだろ。
「・・・残ってたのは、飲み込んだ。大丈夫」
「は?飲み込んだ?呪いをか?」
クロトの言葉に、イナイが驚きの声を上げる。
「・・・うん。少しだけ残ってたから」
「あはは、クロト君も本当によくわからない力いっぱい持ってるなぁ」
イナイの言葉にクロトが応えると、シガルは少し乾いた笑いで言う。
本当にわけわからん力よね、このこ。
「さて、教員達にも話を通しに行くか」
イナイはそう言って、防音を解く。
「お話は終わりましたか?」
その様子を見て、教員の一人がこちらに歩いてくる。
一応この授業の監督責任者みたいな立場の人だったと思う。
「この事態。いくら彼があなたの婚約者といえど、何も責任を問わずにはいられませんよ?彼の身分を考えるなら、相応の罪を――――」
『平民を殺す。貴様を殺すために、剣の糧を得る。殺して殺して、剣をさらに強化する。そして貴様を殺す!』
「え?」
教員が俺への責任追及をしようとした時に、イナイの手元から声が響く。
『貴様を殺したら、貴様の女も殺してくれる!あの女ども全員だ!両手足を切り裂いて、嬲って遊んでくれる』
それは先ほど、彼の放った言葉。彼の叫んだ声。それがイナイの手元から聞こえている。
イナイの手の中にある技工具から。
「彼は、私とこの国の人民を守るために、あの対処をとりました。あの剣の破壊と、彼の無力化。そこになんの責任が?」
イナイの言葉と突きつけられた音声に、目を見開く教員。
「大方自身の責任を逃れるために、タロウになすりつけようとしたのでしょう。ですが、あの剣の危険を説いたにも関わらず、対処しなかったのはあなただ。あのような男を教育したのも、放置したのもあなた方だ。その時の会話もきちんと記録してありますよ?
さて、私に剣を向けた責は、誰がどう取ってくれるのでしょうね」
イナイさんの獰猛な笑みを向けられて、教員は、完全に血の気が引いている。
「た、他の職員と、それに彼とも少し相談をしますので、しょ、少々お待ち頂けますか?」
「ええ、結構です」
教員が慌ててほかの職員を集めて話し合いを始める。その顔は皆一様に真っ青だ。
「はん、お前らの都合のいいようにやらせっかよ」
その様子を見たイナイの口から出た言葉に俺はこう思った。
イナイ先生まじかっけえ。
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