第234話全力でブチ切れました!

「・・・え?」


確かにそう呟くのが聞こえた。間違いなく戸惑いの声。

構えていた剣を下げ、俺が振るう剣に背を向け、剣を守るように自身を技工剣の脅威に晒した彼から、聞こえた。


「ざっけんな!」


俺はそのまま彼を切り裂くことを良しとせず、全力で体をひねり、体勢を無理矢理変えて剣の軌道を変える。

魔力の刃を纏った逆螺旋剣はそのまま地面を抉り取り、抵抗なく振り切れた。もしあのまま振り切っていたらと思うとぞっとする。

段々と動きが鈍っていたのに、さっきの一瞬は、今までで一番早かった。


「お、俺は、何を、なんで」


逆螺旋剣が抉り取った地面と、自身が抱きかかえている剣を見て、呆然とする彼。

つまり、既に彼は幾らか剣に自身を食われている、という事だろう。さっき剣にひびが入ったときに苦しんでいる時にもしやとは思ったが、剣の方が持ち主より上に立っている。


「その剣を、渡してください。でないときっと死にますよ」


俺は努めて静かに、穏やかに言った。

なるべく彼を刺激しないように。彼に混乱に乗じて諭すように。


「・・・断る」


彼は俺の言葉に、またさっきまでの薄暗い恨みの籠った眼を向け、俺の言葉を否定する。


「さっきので分かったでしょう。そのまま使っていれば、また自分の意志とは無関係に危険に晒されますよ」


彼だってわかっている筈だ。その剣を使う危険は、今さっき分かった筈だ。

なにの、なぜ。そのまま使っていればいずれ命を落とす。速めに手放した方が良い。

いや、せめて使わないようにした方が、絶対良い。


「貴様に手渡すぐらいなら、死んだほうがましだ」


彼は俺の目を睨み、はっきりと言い放つ。

なにがそこまで、彼をそうさせるのか。けど、悪いけど、断られるなら俺のやる事は決まっている。


「なら、どうします」

「決まっている。続きだ」


彼は剣を構える。だが今の彼には先ほどの様な動きは出来ない筈だ。

なぜなら今の彼には、もう魔力が纏わりついていないから。今の彼は、身体能力の強化の恩恵は受けていない。

ただ、剣に自身の命を食われているだけだ。


でもその方が好都合かもしれない。向かってきてくれるなら、あの状態で向かって来るなら、剣を叩き折れる。


「じゃあ、続けましょうか」


技工剣を構え、彼に向ける。

彼の目は、ただただ恨みの籠った眼が光っている。


彼の速度では対処不可能な速度で、一撃で決める。彼が剣を庇う行動をとらされる以上、それしか方法がない。

・・・頼むから、もう少しもってくれよ、俺の左手。


俺は4重強化を使用して、彼の剣を叩き折らんと、全力で踏み込む。

だが、次の瞬間剣がいきなり魔力を放ち、彼の全身をどす黒く包み込むと、彼は俺に向かってこず、全力で街の方に駆けだす。


「なっ!?」


いきなりの意味の解らない行動に驚き、一瞬動きが止まる。

その間も彼は街へ、王都へ全力で駆けていく。


「何のつもりだあいつ!」


嫌な予感がして、俺は強化を維持しながら全力で追いかける。速度的には追いつける。けど段々左腕の感覚が、肩まで無くなってきた。やばい。

仙術の強化を解き、生命力の正常化を優先する。何とかまだ胸当たりの感覚は有る。けどもはや左腕は無理矢理動かしているだけで、一切の感覚がない。

3重強化だと魔力の消費も馬鹿にならないので、2重強化に落とす。


「おい!街に向かって何をする気だ!」


せめて彼の考えを知るために叫ぶ。

街に向かっている理由がある筈だ。


「何を?決まっている。今のままでは貴様に勝てん。ならば勝てるようにするまでだ!」


勝てるように?


「答えになってない!」


何をするのかが、具体的な答えが無い。

何するつもりだあいつ。


「平民を殺す。貴様を殺すために、剣の糧を得る。殺して殺して、剣をさらに強化する。そして貴様を殺す!」


ああ、そうか、なるほど。

つまりお前は、その剣の強化のために、人の命を捧げて、その力で俺を殺すと。

そういう事か。なるほど分かったよ。お前の事を気遣うのはもう止めた。俺だけにその殺意を向けているなら、別にかまわなかった。

けど、その殺意を全く関係ない人達に向けるなら、もうお前の体を気遣っている意味はない。片腕程度は我慢してもらうぞ。


「貴様を殺したら、貴様の女も殺してくれる!あの女ども全員だ!両手足を切り裂いて、嬲って遊んでくれる」


―――あ?


「どうやら貴様は俺に追いつく事が出来んようだしな!俺は貴様を殺せるまでこの剣を強化して、必ずきさ――」

「黙れ」


俺は奴の前方に転移して、そのまま奴の右腕を切り落とす。


『うち払え、逆螺旋剣』


振り下ろした剣を切り上げ、腕ごと剣を全力で吹き飛ばす。

上空に扇状の魔力の光が伸びる。光が消えた後には、剣も、腕も残っていなかった。


「げあっ!がうぐ!」


やつは強化が切れた事で膝を崩し、そのままの勢いで転がっていく。


「ぐ、あっ、な、なにが」


起き上がり、自分何が起きたのかわからず、キョロキョロと周りを見回した後に、大事な事に気が付く。


「う、腕が!俺の右腕が!け、剣はどこに行った!」


右腕が無くなった事と、剣が無くなった事が同じなのか。いや、それほどまでに剣に食われていたという事なんだろうか。

けど、だからどうした。こいつは俺にとって、一番言っちゃいけない事を言った。絶対に許せない事を言った。


「おい、お前、さっきなんて言った」


俺は技工剣を全力起動させながら、奴に歩み寄る。


「ひっ、ひいっ!!」


奴はそんな俺を見て、怯えながら後ずさる。右腕が無いせいか、動きづらそうだ。


「両手足を切り裂いてとか何とか言ってたな。彼女らを。よりにもよって、俺に対し、彼女らに害を与えると言ったな!」


怒りのあまり、思考が完全に停止している。

そんな事は百も承知だが、それでも止まれない。こいつはシガルを、イナイを傷つけると言った。

それも、胸糞が悪くなるような内容でだ。


ああ、解ってる。シガルはともかく、イナイはこいつなんかに負けはしない。そんなこと分かってる。

けど、許せない。許せるわけが無い。なぜならこいつはもしその機会が有れば、間違いなくやっているからだ。こいつはそれをやってしまう人間だからだ。

でなければ俺に勝つために他人を犠牲にしようなどと考えない。


「お前は、いない方が世の中の為だ」


俺は技工剣に魔力を注ぐ。逆螺旋剣の状態で十分だ。こいつ一人をこの世から消し去るには、それで十分だ。


「跡形もなく、消え失せろ」


俺はイナイとシガルに向けられた害意への怒りのままに、剣を全力で振り下ろす。

だが、振り下ろした剣は何かに防がれ、魔力の刃が散り散りに飛び、周囲に被害を撒き散らす。


「ばっかやろう!」

「げはっ」


その大声と共に、俺は凄まじい衝撃を腹に食らい吹き飛ばされる。

そのまま宙を舞い、地面に激突し、ゴロゴロと大分転がって、やっと止まる。


「うぐっ・・がっ・・」


いてえ。めっちゃいてえ。ひっさびさに食らった気がする。

今のはイナイのボディーブロウだ。でもいつもの内臓に響くような物じゃなくて、俺をあの場から離すために放った一撃に感じた。


「ったく・・・」


俺のいたところを見ると、そこにはやはりイナイが居た。

右腕にいつか見た覚えのある機械の腕を付けて、彼を見ていた。


「・・・先ほどの言葉、しっかりと聞きました。あなたは生きて、責を負って貰います」


イナイが彼に言うと、彼は一瞬目を見開き、何かを諦めたような表情で、俯いた。


「タロウ!こちらへ来なさい!あなたには少し説教が有ります!」


成り行きを見て、一件落着なのかな、なんて思っていたら、イナイから怒号に近い言葉が飛んで来た。

めっちゃ怒ってらっしゃる。


「あ、はい・・・」


今回は何怒られるのかと怯えながらイナイの所へトボトボと歩いて行く。

二人の事を言われたせいで頭に血が上りすぎた・・・・。

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