第233話魔剣の本当の力ですか?

馬鹿な!こんな馬鹿なことがあってたまるものか!


「貴様、何だその剣は!」


ヤツの短剣と打ち合うたびに、力が抜けて行き、ひざが崩れそうになる。

剣からあふれ出ている力が、一瞬感じ取れなくなる。なんだ、あの剣は。


「さっき言いましたよ。錬金術師の作った魔剣だって」


魔剣の力で強化された俺の剣戟に、当たり前のように対応しながらやつは言い放つ。

すべての攻撃を、あの短剣に合わされる。そしてそのたび力がどんどん抜けていく。


「ふざけるな!人造魔剣が本物の魔剣に打ち勝つほど強いはずが無い!」


魔剣とは、その能力のみならず、剣その物も高い強度を持ち、真正面からのまともな打ち合いで互角などありえない。

あの剣は、互角どころか、この剣の上を行っている。打ち合う感触で何故か判ってしまう。あの剣と打ち続ければ折れるのは『私』だと。


「打ち勝ててるみたいですけどね」


やつはそれを理解している。あの短剣が、この剣より上だと。

最初の一撃こそ不明であれど、今は間違いなく、やつは自身の優勢を悟っている。


「それに貴様、なぜその左腕を動かせる!」


目の前にいる存在が成している、一番意味のわからない疑問を叫ぶ。

この剣の力は身体強化だけじゃない。事前にこの剣の力を試したから知っている。この剣で切られれば、致命傷でなくともじわじわと死に至る。

少なくとも、切られた時点で、その部位の周囲は機能しなくなる。心臓付近を軽くでも切ればそれだけで終わらせられる。そんな剣だ。

だというのにこいつは、切られたはずの左腕で、何度か私の剣を打ち返した。なんなんだこいつは。


「さって、なんででしょうね」


やつは俺の叫びに適当な返しをする。その声音の適当さがまた苛立たしい。

だがその声とは裏腹に、ヤツの表情は最初のときと違い真剣そのものだ。

的確に、一手も間違えず、完全に俺の剣に合わせてくる。打ち合い始めたときの余裕のなさそうな動きは一切無い。

むしろ、未来を読んでいるのかと思うほど正確無比な剣戟に、恐怖を感じる。


「こんな事が!こんな事が有っていいのか!」


有っていいはずが無い。家宝の魔剣まで持ち出して、やつに挑んだんだぞ。

本物の、手にするどころか、見ることすら稀な魔剣を持ち出してまで戦っているんだぞ。

なぜやつはこの剣と打ち合える。なぜあの剣はこの剣を打ち破れる。なぜあのような短剣を打ち折れんのだ!


「あなたは俺の剣を馬鹿にした。俺の師匠の作品を馬鹿にした。怒りたいのはこちらのほうだ」


やつは俺の言葉に、今度は剣を合わせてこようなどとせず、向こうから剣に打ち付けてきた。

俺にではなく、俺の剣に。『私』に攻撃してきた。こいつ、『私』を壊す気だ。


「何をわけのわからんことを!それに馬鹿にしたのは貴様が先だ!この国を!貴族を!我らを!この俺を!!」


どす黒く渦巻く感情を、呪詛を吐き出すように叫ぶ。

そうだ、悪いのはやつだ。ヤツが我らを侮辱した。

やつは俺の叫びに、一瞬動きが止まる。俺はその隙を見逃さず、剣を振るう。


「そう、だな。その通りかもしれない。けど、それでも」


やつはそう呟き、俺の目の前から消える。剣は空を切り、俺はやつを見失う。

だが、視界に捕らえられていないということは、背後にいる可能性が高い。あせらずに全力で背後に剣を振りぬく。





それが、最大の失敗だと、次の瞬間思い知らされる。

なりふり構わず飛びのいたほうが、賢明だったと。






「その剣は捨て置けないし、アロネスさんの剣を中途半端なんて言わせない!」


やつは今までに無い力で、今までに無い激情を乗せて俺の剣に短剣を打ち付ける。

見えない力が、俺には認識できない力が、俺の剣の中に、『私』の中に入り込んでくる。

剣の内側で、ありえないほどの魔力と、そこから変換される衝撃が『私』を打ち砕こうとする。

先ほどからずっと。ずっとずっと流し込まれていた魔力。『私』の魔力をかき消して、内側から私を砕こうとしていた。


「がっ、あがっ・・・!」


剣にひびが入り、同時に体中に痛みが走る。

なんだこれは、剣にひびが入ったこともそうだが、なぜそれで俺の体がこんなに痛むんだ。

まるで剣が自分になったかのように、剣の痛みを自身が感じるようだ。一体何が起こっている。


「なるほど、クロトの言ってた事はこういう事か」


やつはわけのわからん事を呟き、俺を見下す。ふざけるな、何だその目は。何だそのつまらないものを見るような目は。

そのような目を向けていいのは俺だ!俺が向けていいものだ!

貴族が平民をゴミのように見るのであって、お前達平民が、俺達より頭を高くしている事自体が有ってはならないというのに!


「アロネスさんの剣がそれより上だって言う証明は成した。だから、終わりにさせてもらう」


やつはそう呟くと短剣を懐にしまい、あの剣を、魔導技工剣を取り出して、異国の言葉を呟く。


『ギャクラセンケン』


その言葉と共に、剣は光り、うなりをあげながら回る。

俺が、ただ持つだけすらかなわなかったあの剣。それを当たり前のように起動し、当たり前のように掲げる。


『マトエ、ギャクラセンケン』


また、やつが異国の言葉を口にすると、剣の光りが一層強くなり、剣が光りの柱のようになる。

そしてやつは、あの剣をきっと振りぬくのだろう。『私』を折らんとするために。『私』を殺すために。壊すために。

そんな事が許されてたまるものか。殺されてたまるものか。

俺は『私』を殺さないために、ヤツが剣を振ろうとした瞬間、剣を抱え、自分の体を盾にする。


「・・・・え?」


光が背後に迫る。その様子がひどくゆっくりに感じる。

俺は何をやっている。剣を折られないために、自分の体を盾にする?

何だ、一体。『私』を守るためなら当然かもしれないが、おかしい。何かがおかしい。


『私を守るのは当然。私はお前だから。だから私を守るために死ね。私の糧になれ』


そんな言葉が頭に響いたのを、聞いた気がした。

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