第232話剣の性能は、思っていたより高かったのですか?

タロウさん達と暫く話していると、イナイお姉ちゃんが戻ってきた。

その顔は少し何かを諦めたような表情だ。

きっと話し合いは上手く行かなかった、という事なんだろう。


「おかえり、どうだった?」

「予想はしていたが、ただ本人が自身の武装を所持しているだけだからな。なんも言えねぇ」


タロウさんが結果を聞くと、お姉ちゃんはやはり話し合いは無駄に終わったと答えた。

でもそれはしょうがないのかもしれない。あの剣の違和感は普通の人には分からない。

あのどす黒い魔力を目で見る事が叶う人は限られている。

ハクはなんとなく嫌な物を感覚的に理解出来るみたいだけど、普通は無理だろうし。


「でも、持ち主にも良くない物みたいだよ」

「あん、どういうこった」


あたしがお姉ちゃんに剣の危険を口にすると、お姉ちゃんは訝し気な顔をして返す。

なのでクロト君が言っていた事を説明すると、お姉ちゃんは片手を顎に添えて少し悩みだした。

全く関係ないけど、こういう時のお姉ちゃんは絵画から出てきたかの様だ。

とても様になっていて綺麗。あたしもこういう風になりたいなぁ。


「タロウ」

「ん、なに?」


お姉ちゃんは考えが纏まったらしくタロウさんに声をかける。

それにタロウさんは気負いなく応えた。本当にとても気楽に。

多分何を言われるのかが解っているんじゃないかな。


「おそらくあの小僧はお前に挑んでくる。それは間違いないだろう。わざわざここにあの剣を持ってくるぐらいだからな」

「やっぱりそうかな」

「まあ、あたしらを狙う可能性が無いとは言わない。だが、その可能性は低いだろう。もしそうなら授業が始まる前にあたし達を襲ってる筈だ。あいつはこの集団の目の前でお前を叩きのめしたいんだよ。いや、殺したいんだろうな」

「ま、そんな気はしてた。あの子の目、普通じゃなかったし」


お姉ちゃんが自分の見解を述べると、タロウさんは当然のように受け入れる。

彼がタロウさんを睨むその目は憎悪そのものだった。

あの目を思い出せば何も変な事じゃない。


いや、それだけならともかく態々あんな剣を持ってきたんだ。

何がしたいのかは想像に容易い。


「だからタロウ、そうなったらあの剣ぶち折れ」

「あ、そういう結論」

「持っている事に異は唱えられない、持ち主本人にも危険な剣、て事ならそれしかねえだろ」

「了解、まあ頑張ってみる。ちょっと怖いけど」

「ああ、やり方は任せる。あんな物を持ち出してきたんだ。怪我の一つや二つは覚悟してもらわねえとな」


タロウさんは少しやりたくないなという感じの声音をしつつ了解の言葉を返していた。

けどタロウさんは気がついてない。本人はきっと気が付いて無いんだろうな。

タロウさんはこういう時「面倒くさい、怖い、やりたくない」と言葉では言う。


いや、事実そう思っている部分も嘘ではないのだと思う。

その声音はまさしくそう思っていると感じる声だ。

けどその表情には、どこか少しだけ楽しげなものを含んでいる。

きっとこの表情は無意識なんじゃないかな。その真意は測りかねるけど。


「彼の剣を折るとして、彼には特に何も言えないんだよね?」

「模擬戦で、明確な意思をもってお前を殺しに来たなら、多少は言える、っていう程度か」

「なるほど。でもそれ俺が大怪我しないとダメだよね」

「そうなるな」

「じゃ、だめじゃん」

「まあ、あの小僧の心は折れるだろ」

「ああ、なるほど」


心を折る。つまり完膚なきまでも敗北を彼に与える。

単純な技量もタロウさんに及ばず、あれを持ち出して挑んでも叩きのめされる。

きっと自尊心はボロボロになるだろうな。

とはいえ自業自得だし、あの手の種類の人間だから折れるんだけど。


でも、やっぱり心配だな。クロト君が危険だと言った。それがどうしても気になる


「タロウさん、気を付けてね?」

「ん、ちゃんと気を付けるよ。無駄に怪我はしたくないしね」


心配になりタロウさんに声をかけると、彼は優しく頭を撫でながら応えた。

そこに気負いは何も感じない。それがやっぱり少し心配。
















「私の相手には、平民、貴様を望む。まさか逃げたりはせんよな?」


休憩が終わり模擬戦を始める段になると、彼がタロウさんに剣を向けて言い放った。

予想通り過ぎて少し呆れる。

でも剣の被害者が出る前にタロウさんが対処できると考えれば悪い事ではないかも。


「はいはい、やりましょうか」


頭をかきながら面倒くさいという感じで彼の下に歩いて行くタロウさん。

その様子が気に入らなかったのか彼が口を開く。


「舐めおって・・・地獄を見せてくれる・・・」


怨嗟の声。そう表現するに相応しい声音でタロウさんに告げる。

だがそれはタロウさんに向けたというよりも、自分の感情を口にしただけの様にも感じた。

彼が纏っていたどす黒い魔力は休憩中より一層多く纏っている。気持ち悪い。


二人が少し離れた位置で向かい合うと、お互いに剣を構える。

タロウさんはいつも通りの剣を使っている。技工剣じゃなくて良いのかな。

身体保護は使っているっぽいけど、それ以外の特殊な魔術を使っている様には見えない。


「あの馬鹿・・・叩き潰せつったろうに」

「あ、やっぱりあれ、加減しようとしてるよね、タロウさん」

「剣をぶち壊して心を折れ釣ったからな。本人にはなるべく怪我させない様にと思ってんだろ」

『本人殴れば早いのに』


今のタロウさんは強化魔術も使っていない。

多分相手に合わせて段階を上げていくつもりなんだろう。


「・・・始まるぞ」


お姉ちゃんの言葉で自分の思考を切ってタロウさんに意識を向ける。

まだお互いに見合っている状態だが、すぐにでも打ち込みに行きそうな雰囲気だ。

勿論、魔剣を持つ彼が。むしろ抑えが効かないというのが正しいかもしれない。


そしてその予想通り彼は踏み込み、タロウさんに斬りかかる。

学校で見せた時とは段違いな速さだった。あの速さは私じゃ対応は辛いかも。


「やべっ」


タロウさんはそう呟きつつも、剣撃をうまくいなして後退しようとする。

だが彼はそれを許さず更に追撃を、更なる追撃をとタロウさんに斬りかかっていく。

タロウさんは攻撃を全ていなしているが、余裕でやっているようには見えない。

かなりギリギリで対処しているように見える。


「ったく、やっぱり全力でやりやがらねぇ」

「だねぇ・・・怪我しないと良いけど」


今のタロウさんは多分全力ではやってない。

予想外は予想外の速さだったんだろうけど、対処出来る範囲でしか自分の力を使ってない。

無駄に力を使う必要は無いと判断しているんだろう。


そういう時の彼ははた目から見ていると余りにも必死なように見える。

彼の実力を、その実力を知らなければ、あれが彼の本気と勘違いするぐらいに。

だけどそれには少しだけ他にも理由が有る。

タロウさんの使う力の幾つかは代償が存在するからだ。


特に仙術は使い過ぎると負荷が大きい様で、単発で放つ以上の使い方は訓練以外で余りしない。

対処出来るならなるべく後に負担が残らないの様にと、多分そう思って戦っている。

今回に限っては出来ればそれは止めて欲しいんだけどな・・・。


「ふん! 逃げるのは上手いじゃないか! だが何時まで逃げ切れるかな!」


逆に魔剣を振るう彼は学校の時が嘘の様に、尋常じゃ無い速度で動いていても疲れる様子は見えない。

むしろその速度をどんどん上げている。あれは最早私では対処不可能だ。

魔剣の身体強化はあそこまで行くのかと、自分の魔術の未熟を歯噛みしながら魔剣を睨む。


「気にすんな。あれはその代償を背負ってる。本人が気が付いてねえだけでな」


私の思考を読むかの様に優しい言葉をかけてくれるお姉ちゃん。

代償。あの剣の場合、殆ど自分の命を糧に戦っている様なもの。

それだけの気持ちでやれば、もっと強い魔術になるかな・・・。


「くあっ!?」


タロウさんの苦悶の声が聞こえ、少しだけ逸れていた意識をタロウさんに向ける。

すると剣を弾かれて隙を晒すタロウさんが見えた。魔剣はその隙を逃すかと彼に迫る。

けどタロウさんは先程までの動きが嘘の様に、目にもとまらぬ速さで剣を躱して少し下がった。


「なに!?」


完全に魔剣で捉えたと思っていた彼は驚きで目を見開き固まっている。

タロウさんがそのスキを見逃すはずがない、と思ったが何故か彼は動かない。

いや違う、動けなかったんだ。左腕を抑えて苦しそうな表情をしている。


「ぐっ・・・くう・・・・」


抑える手を放して片手で剣を構える。見ると衣服の左腕部分が少し切れている。

タロウさんは左腕に力が入らない様な感じでだらんと下した状態だ。

傷自体はどう見てもかすり傷だ。腕が動かなくなる様な深い物じゃない。


まさかあれが呪いの効果?


「ふん、どうやら躱しきれなかったようだな」


心底楽しそうに顔を歪ませる彼。とても邪悪に歪んでいる。


「あの剣を使わなくていいのか? あの技工剣を。それでも何の意味もなく叩き潰すがな」


彼は今完全に自分が優位に立っていると思い、タロウさんを見下して挑発をしている。


「この剣は本物の魔剣でな、お前の持つまがい物や錬金術師が作る半端な物ではない」


にやにやと笑い言い放った彼の言葉に、タロウさんが眉を寄せたのが見えた。

するとタロウさんは剣を納め、留め具をしっかりと止める。


「イナイ!」


そしてその剣をお姉ちゃんに投げ、お姉ちゃんは受け取ると両手で前に持つ。

それだけなのに凄く様になってるし可憐だ。何ていうかイナイお姉ちゃんは狡いと思う。


「ふん。さあ、だせ! あの剣を! 魔道技工剣を! それを叩き折らねば俺の気が済まん!」


彼はタロウさんが技工剣を使う為に剣を手放したと思った様だ。

そしてそれこそを望むと告げる。

だけどタロウさんはそんな彼の期待を裏切るように、懐から短剣を取り出した。

彼はその行動に困惑を隠せない表情になっている。


「さて、続けようか」


短剣を構えて続けようと告げるタロウさん。

だが言われた本人はわなわなと肩を震わせ、怒りの表情で睨んでいる。


「いいだろう、舐めるなよ、平民」


言い放つが早いか駆けるのが早いか、一瞬でタロウさんに肉薄していた。

けど彼には予想外な事が起こる。


振りきった彼の剣に合わせて、タロウさんは真正面から短剣を振るう。

そして剣同士が打ち合う音が響くとタロウさんの持っていた剣に青い、とても綺麗な青い魔力が走ってどす黒い魔力を吹き飛ばした。


「なに!?」


その瞬間がくんと膝を崩しかける彼と、それを見てにやりと笑うタロウさん。


「錬金術師が作った魔剣は半端といいましたね。その半端な剣に負けてるみたいですが」


タロウさんの言葉に目を見開き、短剣を凝視する彼。


「貴様! それは魔剣か!」

「ええ、貴方の言う、錬金術師が作った、半端な魔剣です」


魔剣。いつもタロウさんが懐に入れていた短剣。あれ魔剣だったんだ。


「ふん、関係ない! その魔剣も叩き折ってくれる!」


彼はまたどす黒い魔力を纏って剣を構える。

タロウさんは左腕が動く様になったらしく、手を握ったり開いたりして状態を確かめていた。


「さて、この剣と技工剣を馬鹿にした報いは受けて貰いましょうか」


そして、タロウさんは明らかに怒りの表情で言い放つ。

ああ、そうか成程。彼は押してしまった様だ。タロウさんが本気になるスイッチを。


彼はお姉ちゃんの技工剣とあの魔剣を馬鹿にした。

タロウさんは自分の事よりも人の事で怒る人だ。

彼にとってあの二つを馬鹿にされるのは、本気になるに相応しい物だったんだろう。


「アロネスの剣か。そういやあんなの持ってたなあいつ」


なんてお姉ちゃんが呟いたのを遠くに聞きながら成り行きを見守る。

もうあれに斬られないようにだけ心配しながら。

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