第228話学校は問題だらけだったようです!
「あのさ、イナイ」
「なんだ?」
騎士学校に向かう道中で、手元に有る物をひらひらさせながらイナイに声をかける。
イナイはそれをちらっと見るだけで、立ち止まらずに返事を返した。
「これ、渡しそびれたんだけど・・・」
手元の紹介状の事を言うと、イナイは何を当たり前の事をという表情でこちらを見る。
呆れが入ってますね、あの顔は。
「そうだな、渡す暇与えなかったからな。わざと」
「え、そうなの?」
何で態々そんな事。
首を傾げていると、イナイは続けて語る。
「王女殿下が視察に行ってほしいと願った意味、解ってるか?」
「それは、この国の学校の今後の為とか、じゃないの?」
「違う」
俺の答えは即答で否定されてしまった。
違うのか。じゃあなんで学校の視察をしてほしいなんて言ったんだろ。
学校としてウムルとの比較をする為とか、ダメなところの改善の為だと思ってたんだけど。
「目先だけで言えば確かにあの学校の今後の方針の為だ。けどその行きつく先は国にを担う人間達の身の振り方だ。王女殿下は今後の為に、国を担う人間を育てる側の、教職員の認識を見てきてほしいと思ったんだよ」
教職員。ふむ、生徒の状況じゃなくて、職員なのか。
「でもそれじゃ、さっきのじゃダメなんじゃ。あの人としか話してないし。他の職員の人に会わなくて良かったの? その人達の授業とか」
「そうだな。きちんと全員見れば良し悪しが有るだろう。けどな、あの学校の責任者の根本的な意向には逆らえない。あの職員の反応と受け答え。それが今のあの学校の全てだ。勿論王立である以上、殿下が口を出せば効果はあるだろうがな。現状の職員の認識を知りたかったのさ」
つまり、あのやり取りは全て、職員と学校に対する視察の行動であったと。そういう事ですか。
何それ意味解らん。つーか、どの辺に何を判断する要素が有ったのよ。まったく解んねー。
「何を見てきたのか全然解んない」
「そうか?」
イナイは、そんなな事無いだろって顔で見てくるが、解んないよ。
そもそも根本的に考え方が違って見てたんだし、俺の場合。
「そうだな、お前の目から見て、ダメな部分は有るか?」
「うーん・・・あえて言うなら、警備の人の態度くらい」
「そうだな、あれも問題有だ」
お、どうやら正解だったっぽい。やったぜ。
全部不正解は流石の俺でもへこむからね。
「あたし以外、明らかにただの村人って格好なのが原因だろうが、あの男は私達を完全に軽視、侮蔑の目で見ていた。平民ごときが何をしに来た、と」
ああ、最初のあの態度、そういう事なのね。てことは、あの人も多少の身分が有るんだろうか。
まあ、もし身分があったとしても、あの態度は褒められたものじゃ無いと思うけど。
「じゃあ、なんでそれが問題だと思う?」
その態度が問題な理由ですか。
うーん、そうさなぁ・・・。
「誰相手でも、そういう態度は良くないからとかじゃ」
「ある意味間違っちゃいないが不正解だ」
俺の言葉を即切り捨てるイナイ。若干食い気味だったぞ今の。
出来の悪い生徒でも見る目で見られている。
「シガルは解るか?」
「えっと」
イナイはシガルに質問を降り、シガルは顎に手を当てながら考える。
「他国の貴族、この国の人間と価値観の違う貴族や、平民であっても他国の人間だった場合、後で問題になる、かな?」
「正解だ。もし帝国の貴族なんかだったら、あの場で剣抜いてる可能性もあるな」
「あー、あそこそんなに物騒なんだ・・・怖いなぁ」
『シガルなら大丈夫だ』
「そうかなぁ」
シガルの答えに花丸を付けるイナイ。つーか今、帝国って言った?
確か、アロネスさんに聞いたはず。
国土的にはここより南東の方のでかい国の事を言うんだったかな。
国名を言わず、帝国とだけ言う時はそこを指すらしい。
「えっと、つまり?」
「つまり今この国は、他国の脅威に晒されるのが当然となった認識が薄い。殿下や亜竜討伐に連れてかれた連中は理解してるが、他の連中は自分達が窮地にいる事を理解していない」
これは王女様達以外の貴族、って事で良いのかな。
イナイの言葉を咀嚼していると、彼女は静かに続ける。
「この国に竜の守護はもう無い。なら今までの様な外交をしては攻め滅ぼされる可能性が有る。兵の練度は低く突出した個人も居ない。居ても軍に関わりない人間だし、戦争の準備がなされているわけでもない。血の気の多い国が攻めてくればどうしようもないだろうな」
竜に頼って生きてきたから、それが無くなった事により自力で撃退するしかない。
魔物じゃなくて、人間を。
そこに関しては解ってるつもりだけど、あの門番の態度程度でそこまで大事になるのかな。
「勿論謝罪の類は必要だと思うけど、今の言い方じゃ戦争になるぐらいの話に聞こえるよ?」
「あの学校に限った話じゃねえって事だ。近い身分の連中が皆同じ様な認識であり、同じ様な態度を取る。それが問題だって言ってんだよ。外でやる可能性があるって事だ」
「あー・・・でもあの責任者の人は穏やかだったし、ああいう風であればそこまで問題にならないんじゃ」
「あの女は義務を果たしてないし殿下の意向を理解していない。何より責任者の立場にありながら国の状況を理解出来ていない。その時点で大問題だよ」
イナイは目を細めながら言う。義務って何だろ。
「その紹介状は本来向こうが受け取る旨を言い出すべき物だ。責任者なら書類の手続きも有るんだしな。何よりお前が本当に受けたという確認の為でもあるんだ。それをしなかったあいつは人の命を背負ってる自覚がねえ。一番はまず最初に警備の人間が確認する事だけどな」
イナイの目つきがだんだんきつくなっていく。
物凄く不機嫌そう。
「後は下の者の不始末を、下を処分する事で済ませてきた風潮が浸透しすぎてる。あの女、門前での出来事が解ってるくせに謝罪しなかった。下のやった事は自分達の責任だって認識がねえ」
謝罪。そういえば王様相手の時も言ってたな。
きちんとその意思を見せろって。
「そもそも元から話が通ってるんだから、警備にお前が来る事を先に通すべきだ。その伝達すらしていない。責任者と言ったくせに最後まで名乗らなかったのもひでえな。あたしが必要最低限の行動しかしなかったのに、それに対する引き留めも無かった。向こうからの伝達は何もなし。根本的にあたしを軽く見てるのがよーく解る」
イナイを軽く見てる、のかな。
なんか光栄ですって言ってたような気がするけど。あれはポーズか。
「この国はウムル王国とギーナの共和国の国交が有る事になったから、そうそう馬鹿な事仕掛けて来る国はねえと思う。あたし達も守りはするしな」
やっぱそこはそうだよね。その為に前の後ろ盾どうこうの演説した訳だし。
実際そういう話を進めたらしいから、外交的には強いカードだと思うんだけど。
「けど限界はある。攻めてきた国に大義名分を作る様な行為をされると手を貸せない場合が有る。この国は竜に頼って強気だったからな。そのツケが来ないとも限らねぇ。あの女はその認識が無さすぎる」
「・・・んー、つまり俺達に対するあの態度が、外交的な態度になって、そうなると助けられないから問題だと」
「それだけじゃねえよ。態々『あたし達』が来たのに、あの態度なのも問題だ」
「・・・ごめん、どういう事?」
はぁ、とため息を付いて、イナイは頭をかく。
イナイさんの呆れ顔を見るのは今日何度目でしょうか。
「要は王女殿下は、この国の誰とでも良いから少しでも縁を繋ぎたいって思いも有ったんだよ。あの女は国の状況を正しく認識してないから、そういうのが解ってねえ。あたし達がここに来た一番の理由はそこだよ」
ああ、成程。納得。些細な事でも困ったら助けてくれる様な人脈作りをして欲しかったわけね。
「それに教える側が甘い認識って事は、そこを出た人間の認識もまた甘い。国内だけならともかく、国外でやらかす可能性の有る人間を輩出する機関になっちまってるし、問題だらけだ」
「成程ね・・・でも真面な人間も中には居たりしないのかな」
「どうかな。国自体がそういう風潮だった国だ。子供の頃からの意識が固定されてる可能性はある。それを是正する側の人間が、あれだからな」
子供の頃からのか・・・確かに幼い頃に定着した常識、価値観っていうのは覆し難い。
けど今までの様な横暴をやっていれば、この国から人が消えるのは間違いない。
もう当たり前に守ってくれる存在はいないのだから、という訳だ。なんだかねぇ。
「この分だと騎士学校の方も中々愉快な事になってそうだな。多分あっちの方が、分かり易い反発が有ると思うぜ」
「分かり易い反発?」
「おうよ。お前の実力は見ないと分かり難いからな」
俺の実力がどうして愉快な事に繋がるのだろうか。
あれか、お前の実力を確かめさせてもらう! 的なイベントですか。
「面倒だなぁ」
「全くだ」
俺と一緒にイナイも溜め息を吐く。
「イナイも面倒だったのか」
「あたりめーだろ。なんで国内の事でもねーのに、こんな事に出ばんねーといけねーんだよ」
「別に無理しなくてよかったのに」
「この状況を作った一端では有るからな。いるうちに出来る事はやっとかないとな・・・」
イナイはもう一度ため息を吐く。イナイはイナイでこの国の事に責任を感じているんだろう。
俺よりももっと。いや、俺なんかとは違う認識で。
「辛い時は言ってよ」
「ああ、甘えさせてもらうよ」
イナイは後ろに軽く倒れ、俺の胸元に頭を当てて上目遣いで言った。
やばい、可愛い。思わず抱きしめそうになったぞ今。
多分この往来でそこまでやったら殴り飛ばされると思うけど。
「あたしも手伝えることは手伝うよ。ね、ハク」
『任せろ!』
「・・・僕も、何か、出来る?」
イナイに向かって言った3人の言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに皆の頭を撫でた。
あー、シガル、頭ぐっちゃぐちゃだ。
「なんかさぁ、あたし子供産んでないのにもう親やってる気分だわ」
クロトとシガルを抱きしめながらイナイは言う。
「クロトの場合、もうそういう感じだよね」
「くくっ、まだ慣れきってなさそうだな、お父さん?」
「そっちはもう慣れたみたいだね、お母さん」
イナイは心底楽しそうにくっくっくと笑いながら先行し始める。
イナイが母か。世話焼きで優しい人だ、とても似合うのは簡単に想像できる。
というか、クロトの面倒を見てる時のイナイが完全にそれなんだよな・・・。
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